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第二十一話 私があいつであいつが私で② 〜盆踊れ! 月下に浮かぶ白うなじ〜

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【よくわかるあらすじ】
 私と飼いマングースのグッさんの身体が入れ替わってしまったわけで……。

 どうにかこうにか元に戻ろうと試行錯誤しているわけで……。







 連休初日。

 朝起きると同時に私は自分の手を見た。肉球も爪もある。残念ながらまだ元に戻ってはいないようだ。

「おはようございます。良いお天気ですね」

 隣で目を覚ましたグッさんが滑らかな日本語でこう言ったから驚いた。あのカオスなラジオ番組だけでここまで上達するとは……思っていたよりもずっと優秀な男だ。

「ピュピョウニンッ(おはよう)」

 伸びをしていると、グッさんはこう提案してきた。

「寝ながら考えたのですが、昨日の回って壁に衝突する動きをもう一度やってみませんか?」

「ピィエウン(一理ある)」

 私達は昨日の地獄車を再現しようと絡み合った。しかし勢いをつけて壁にぶつかろうとするも、互いに恐怖心があるのかなかなか激しく衝突出来ない。何度かやってみたがタンコブが増えていくばかりだ。

 二人で息を切らして座り込んでいるとチャイムが鳴った。

 ……まずい。やり過ぎたか。

 グッさんが立ち上がり玄関に向かう。心配で私も後に続いた。

 ドアの外に立っていたのはやはり隣のじいさんだった。当然ながら眉が吊り上がっている。

「何なの、今の音?」

「申し訳ございません」

 グッさんは頭を下げ謝る。

「あんたねぇ、昨日からうるさいよ! 何回もドシンドシンって……部屋の中で一体何やってんの!」

 じいさんは大変おかんむりである。直ぐには帰ってくれそうもない。

 さて、どうしたものか。するとグッさんが口を開いた。

「盆……踊り……」

「え? あんだってぇ?!」

 じいさんが聞き返す。

「盆踊りです」

「何、あんた……家の中で盆踊り踊ってたの?」

「はい。私は親子三代に渡って、盆踊りマイスターです」

「ピャニャップ(ちょっと! 何言ってんのグッさん)!」

 何故か唐突に日本語講座の例文を口にしたグッさんを止めようと、私は声を上げた。このままではふざけていると思われ火に油を注ぎかねない。

「へぇ、すごいじゃない。こんな時期から練習してんの? 感心だねぇ。盆踊りかぁ……懐かしいねぇ……」

 ところがじいさんは遠い目をしている。そしてマシンガンの如く喋り出した。

「僕の故郷の盆踊りはねぇ、二歩進んで三歩下がるんだよ。珍しいでしょう……」

 それから彼は出身村の祭りについて長々と話し始めた。やがて話は飛躍し、彼の壮絶な過去にまで及んだ。

 内容を簡潔に記すとこうだ。じいさんは十七の頃に祭りで出会った人妻に恋をし、その旦那がやっているガラス細工工房に弟子入りする。やがて人妻と相思相愛となるが、旦那にバレて遂には駆け落ちまでしてしまうのだ。

 じいさんの話にグッさんは「え、そうなんですか!」「すごいですねぇ!」「……それは大変でしたねぇ」の三パターンのみで応じている。グッさんが実に表情豊かに手振り付きで相槌を打つものだから、次第にじいさんの口調は熱を帯び、しまいには感極まって涙ぐみさえした。

 例えばこんな風にだ。

「盆踊りでさ、僕の前で踊ってる女のうなじが妙に艶かしいんだよ。よろけて僕にもたれかかればいいのにって強く念じてたら、ホントにそうなってねぇ」

「すごいですねぇ!」

「僕とヨネ子(奪った人妻の名)が工房から手と手を取り合って逃げた翌朝見た朝焼け、今でも瞼に焼き付いてるよ。なんと恐ろしかったことか。松明たいまつを持った追手達がすぐ背後に迫っているかと思ったよ」

「……それは大変でしたねぇ」

「ヨネ子は僕より十三も上だったからね、四年前に風邪を拗らせて亡くなったんだけど、一昨年の彼女の命日にたまたま捨て犬を見つけたんだ。これが若い頃のヨネ子にそっくりでねぇ……」

「え、そうなんですか!」

 なんて聞き上手な元マングース……! グッさんはじいさんの胸にひっそりと仕舞われし恋バナを引き出し、最終的にはタンスの上から三番目の引き出しの裏側に五百万のタンス貯金をしていることまで暴いてしまった。

 しゃべりにしゃべり倒したじいさんは「そろそろヨネッチの散歩の時間だから」と言って満足気に引き上げて行った。

「キュニェ~ピョ(グッさんすごいね、うまく誤魔化したよ)」

「日本人との会話に困ったらとりあえず盆踊りの話題を出しておけと、昨日のラジオで言っていました」

 するとまたチャイムが鳴った。グッさんは既にドアノブに手をかけているが、嫌な予感がする。隣のじいさん以外に我が家にやって来るものと言えばあれしか……。

「ピェイノアピュミノ(何かの勧誘かもしれないからちょっと待って)!」

 しかしグッさんはドアを開けてしまっていた。遅かった。

「やっとお会いできましたねぇぇ~! 今まで何度も伺ったんですよぉ!!」

 満面の笑みを浮かべたスーツの若い男が、ドアの隙間から素早く入り込んで来た。

「今日はとってもマーベラスでファビュラスな商品をお持ちしました! お時間取らせませんので、ちょっとご覧になってくださいよぉ!」

 男は鞄から虹色の小さな箱を取り出して、立板に水のごとく喋り出した。

「今や世界はどんどんグローバル化してますでしょう、お姉さん英語話せますか? そうでしょうそうでしょう、なかなかね、でも大丈夫! この機械ね、一日二回朝晩の食後に手をかざすだけで、半年後には英語がペラペラになってるんですよ!!」

「ぐ……」

「一台八百万する所を、今ならなんと九割引! たったの八十万で提供させていただきます!!」

「わ……」

「え? まだちょっとお高い? うんうん、わかりますわかりますぅ! だったら分割払いも可能でございます! 最大六十回払いで、月々なんと二万円!!」

「し……」

 男はぐいぐい来る。グッさんの発言はことごとく遮られた。「お姉さん」とおだられ少し気持ちが揺らいだが、どう考えても詐欺である。

「さっそく使い方を説明させていただきますね! ここの電源を入れますとシューベルトの『魔王』が流れて光ります! すかさず両手をかざして下さい、こんな風に! ね、簡単でしょう?!」

 男は玄関口に座り込んでしまった。テコでも動きそうにない。しかし一介のマングースでしかない私に出来るのは、成り行きを見守る事だけだ。

「私はかつて、パイナップル入りコッペパンの大食い競争で優勝した経験があります」

 男が箱に手をかざし一瞬の沈黙が降りたその隙に、グッさんはまたラジオで学んだ文章を口にした。

「ん……?」

 男の手が止まる。

「私はかつて、パイナップル入りコッペパンの大食い競争で優勝した経験があります」

「コッペパン……ですか?」

 グッさんが繰り返す。男は困惑している。

「パイナップル入りコッペパンは私の心を非常に陽気にしてくれます。何故ならパイナップルは私の最も好きな食べ物の一つだからです」

「あ……」

「多くの人々はパイナップルが熱帯及び亜熱帯地方の果物であると知っています。あなたがパイナップルを食べる時、あなたはその果実が多くの汁と豊富な甘味及び酸味を持っていることに気づくでしょう」

「べ……」

「あなたがパイナップルを焼き肉と共に食べることは、あなたの焼き肉生活全般をより有益で快適なものに変えてくれるでしょう。何故ならパイナップルに含まれるタンパク質分解酵素であるブロメラインによって、肉の消化が容易に行われることが期待できるからです」

「し……」

 完全にグッさんの独壇場だ。なるほど。あの例文はこんな時に使うのか。

「しかし、もしあなたがパイナップルに熱を加えてしまったならば……」

 グッさんは昨日までマングースだったとはとても思えない語彙力ごいりょくでもってパイナップルトークを続行している。

「なんだか無性にパイナップルが食べたくなってきました! 失礼します!」

 男はついに音を上げ、虹色立方体をそそくさと鞄にしまい立ち去った。二度と来ることは無いであろう。グッさんグッジョブ。

「キュッピョプ(グッさんすごいね、うまく煙に巻いたよ)」

「悪質な訪問販売に会って困ったらタンパク質分解酵素の話に持っていけと、昨日のラジオで言っていました」

 思うに、グッさんは元々賢いマングースだ。人間の身体に移り脳容量が増えた事で、より一層その聡明さに磨きがかかったのではないか。

 それから我々は、立て続けの来客でお腹も空いたし、並んで朝ごはんを食べた。
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