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第二十話 私があいつであいつが私で①〜カズダンスを踊るなかれ〜

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 私はルンルン気分で帰宅した。明日からは久々の三連休なのだ。

 帰りに奮発して普段食べないようなちょっと良い食材を買ったりして、最高に充実した引きこもり生活を送ろうと意気込んでドアを開けた。

「ただいま、グッさん!」

「ピュイッ!」

 飼っているマングースのグッさんが出迎えてくれる。

 買ってきた食材を仕舞い、きたるべき三連休への期待のあまりカズダンスを踊り狂った。

 何度も何度も繰り返していると、

「あっ!」

 七度目を踊り終えた瞬間に脚を絡ませ転倒してしまった。その先にはグッさんが!

 私とグッさんはぶつかってもつれ合い、地獄車状態になって部屋の端まで転がった。壁に激突してやっと回転が止まる。

 イタタタ……

 あまりの痛さに頭を抱えながら起き上がると、どうも様子がおかしい。

 1Kのはずの部屋が広く、天井も高くなっている。おまけに目の前にはうずくまる巨人の姿が……!

 く……駆逐してやる……!!

 そう言おうとするが、自分の喉から絞り出されるのは「キュルルル! キュルルル!」と言う奇妙な音声だけであった。

 巨人が顔を上げこちらを向いた。目が合う。私はその顔を見て息を呑んだ。

 なんと、巨人の正体は自分自身だったのだ。思わず自分の手を確認すると、密集した毛の中に肉球が埋め込まれ、爪まで生えている。……ということは……!

「ピュイ~ア~(私たち)!」
「オレタチ!」
(同時発話)

「キェンピィングゥゥ~~(入れ替わってるゥゥ~~)!!」
「イレカワッテルゥゥ~~!!」
(同時発話)

 おそらくは激しい回転及び衝撃によって、私とグッさんの精神が入れ替わってしまったようだ!

 ゴメンね、グッさん……私が興奮のあまりカズダンスなんて踊り狂うから……もう絶対にカズダンスなんて踊り狂わない!!

 いつも冷静沈着なグッさんも予想外の出来事に動けないでいる。

 やがて彼は口を開いた。

「オレ………モドルホウホウヲ……カンガエル」

 さすがグッさん、たどたどしくはあるものの、既に人語を操っている! 頼もしいヤツだ!

 彼ならやれる気がする。三連休が終わるまでになんとか解決策を見つけて欲しい。私は期待を込めて鳴いた。

「ピェムピェラピェロ~~ムッ! (早く人間になりた~~い!)」







 こんな状況ではあるが、腹が減っては戦は出来ぬ。とりあえず腹ごしらえをすることにした。

「ピェリィキャンムリ~(先にご飯食べよう)」

「……ワカッタ」

 彼は元マングースであるから、私の言葉を難なく理解できるらしい。

 グッさんは台所と部屋とを隔てる引き戸を開け、脚でピシッ! と閉めた。行儀がすこぶる悪い。私の行動をよく見ている。人間に戻ったら気を付けよう……。

 グッさんは見よう見真似でいつも私がやっている通りに冷凍ご飯をチンして食べ、私はストックしておいた果物を齧った。美味い。

 ふと思いついて、ラジオをつける。確か今はあれをやっている時間だ。

『さぁ今週も始まりました。明日から使える日本語講座の時間です……』

 丁度始まった。私はマングース語しか話せないし、グッさんに言葉を教えるにはこれが一番だろう。言葉を流暢に話せた方が何かと便利なはずだ。

『さっそく私の後に続けて言ってみましょう。私は親子三代に渡って、盆踊りマイスターです』

「ワタシハ……オヤコサンダイニ……ワタッテ……ボンオドリマイスターデス」

『私はかつて、パイナップル入りコッペパンの大食い競争で優勝した経験があります』

「ワタシハカツテ……パイナップルイリコッペパンノ……オオグイキョウソウデ……ユウショウシタケイケンガ……アリマス」

『彼らの入れ歯を盗んだ犯人はあなたですね』

「カレラノ……イレバヲヌスンダ……ハンニンハ……アナタデスネ」

「キィニョウピェンピャイッ(どんなシチュエーションで使うんだよ)!」

 奇妙な例文に思わず突っ込んだが、グッさんは復唱を続けている。真面目だ。

『これはキャベツの葉に光る朝露ですか?』

「コレハ……キャベツノハニヒカル……アサツユデスカ?」

『いいえ、それはモンシロチョウの卵です』

「イイエ……ソレハモンシロチョウノ……タマゴデス」

 腹も膨れたしラジオが子守唄代わりとなり、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
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