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第十話 魔法少女はつらいよ

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 日曜の午前中。

 チャイムが鳴った時、私は愛マングースのグッさんが見守る中、ひたすら爪楊枝つまようじを床に並べていた。

 暇さのあまり、ディスカウントショップで購入した1000本入りの爪楊枝がちゃんと1000本入っているのかを確認していたのだ。

 やっと900本を超えてあと少し! という時にチャイムが鳴ったが、どうせ何かの勧誘だろうと無視していたらもう一度鳴った。また無視した。

 すると今度は窓がコツコツと鳴った。磨りガラスなので外は見えない。

 私には部屋の窓を叩かれる心当たりが全くない。例えばやんちゃな幼馴染みが窓から侵入してきてラブロマンスが始まる予定も、遠距離恋愛中の恋人から伝書鳩で書簡が届く予定も無い。めっちゃ怖い。

 留守を確認した空き巣が入って来るのか?!

 しかし爪楊枝の本数に対する興味の方が恐怖に打ち勝ったので、窓コツコツは続いているがそのまま爪楊枝を並べに並べ続けた。

 990本まで数えた時、窓のクレセント錠の横のガラスがギギギと丸く切りとられ、穴から手が伸びて来て鍵が開けられた。窓が開き、金髪のキューピー人形の様な姿の1、2歳くらいの男の子が入ってきた。全裸だ。

「全然開けてくれないから強硬手段に出ちゃいましたよ」

 窓から部屋に降りた男の子は爪楊枝の列を踏んでぐしゃぐしゃにしてしまった! 私はキレた。

「あと少しだったのにぃぃぃぃ! あと少しで1000本だったのにぃぃぃぃ!! グッさん、君に決めた!!」

 私は怒りのあまりマングースのグッさんをけしかけた。

 だがグッさんは大人なので、男の子を攻撃せずに爪楊枝を並べ直してくれた。なんて冷静沈着で余裕あるマングースなのだろう。私は幼児に対する大人気ない行動を反省しつつ、彼に言った。

「今、すっごくキリが悪いから隅っこで待っててくれる?」

「わかりました」

 キューピーは大人しく隅っこで体操座りをしている。

 それから爪楊枝を全て並べ終え、私は満足した。なんと爪楊枝は1004本もあったのだ! なんて良心的な爪楊枝メーカーだろう。後で感動したという内容のメールでも送っておこうと決めて、本題に入った。

 このキューピーは何者だろうか。見た目は全裸の幼児なのにしっかり喋る上に、窓を破壊した挙句不法進入してケロッとしている。しかもさっきは気付かなかったが背中に羽が生えている。単刀直入に聞いてみた。

「君は何者?」

「僕は魔法の国から来ました。実は今魔法の国に危機が迫ってまして、あなたに助けを求めに来たんです」

 魔法の国とかファンシーな事を言っているが、全裸なのが気になりすぎて話が全く入って来ない。バスタオルを持って来てふんどしを締めてあげた。羽とふんどしの組み合わせが素晴らしいハーモニーを奏で出す。

「すごいフィット感だ!」

 彼も感動している。私は質問を続けた。

「名前は何て言うの?」

「ここの人達には発音が難しいので好きに呼んで下さい」

「じゃあ『ふんどし赤ちゃん』と『キューピー』とどっちがいい?」

「二択と言う名の一択じゃないですか」

「じゃあ『ふんどし赤ちゃん』だね」

「『キューピー』の方でお願いします」

「歳はいくつ? 親御さんは?」

「今年で108歳になります。玄孫やしゃごが12人います」

「え?! どうみても幼児だけど……」

「魔法の国の住人はここの人達とは姿が全然違うんです。驚かれないように姿を変えました。ある名作アニメのラストで主人公が『何だかとても眠いんだ……パトラ◯シュ……』と言って天に召されるシーンを参考にしました」

「天使じゃなくてそれまで散々出て来た主人公か、せめて犬の方を参考にするべきでは……」

「それより、魔法の国の危機を救って下さい。国王の予言では、ここ中崎市で今日一番暇してる人が救ってくれるとの事でした。僕は国王の使者です」

 私は市内で一番の暇人なのか……複雑だ。

「別にすること無いから良いけど、具体的に何をすればいいの?」

「国王の予言では、あなたが魔法少女になって困っている人を助ければ良いそうです」

「私はもう少女じゃないけど」

「いいんですよ、薄目にしてモザイクかければ少女に見えない事もないです」

「薄目の意味……」

「とにかく今から困っている人を助けに行きましょう」

「待って。何か服を買ってくるから」

 ふんどしのまま連れ歩くと児童相談所に通報されかねない。私は子ども服専門店「東松屋」に走り、「夏にぴったり! 耳なし芳一セット」と書かれた、帽子とロンパースのセットを買ってきた。店で一目惚れしたのだ。小さな字で書かれたお経がびっしりとプリントされていて耳なし芳一の気分も味わえる上に激カワな御洋服だ!

 キューピーに着せてやるとよく似合う。琵琶を持たせてやりたいくらいだ。羽も上手い具合に隠れた。

 グッさんに留守番を頼み、キューピーと共に出掛けた。途中、職場の同僚に出くわしたので「甥っ子だよ」と誤魔化したら、キューピーが「ママ~」と叫びやがった。同僚は「聞かなかった事にするね」と言って去った。明日が憂鬱だ。

 私達は当てもなくそこら辺をウロウロした。

「どこに行けばいいのかな」

「国王は一番の暇人に全て任せろって言ってました」

「暇人って言わないで……」

 国王の予言が漠然とし過ぎて私が一番困っている自信がある。

「そう言えば、魔法少女と言うからには魔法が使えるようになってるの?」

「いえ、魔法少女と言うのは『魔法の国を救う少女』の略です。少女じゃないですけど」

「もういいよ、魔法おばさんで……」

 私達は歩き疲れて公園のベンチに腰をおろした。

 キューピーは「魔法の国の危機」というのが何なのか説明してくれた。

 魔法の国を覆っているバリケードの力が弱まり、隣国の「ナナフシ王国」のナナフシ戦士達が攻め入ってくる危険性が高まっているそうだ。

「ナナフシって節足動物の?」

「そうですが? 逆に聞きますけど、節足動物以外のナナフシに心当たりがあるんですか?!」

 逆ギレされたので、ナナフシ王国について深入りするのはやめておいた。どうせ納得できる答えは返って来ないだろうし。

 すると50代くらいの女性がやって来てとなりに座った。

「可愛いねぇ。坊やおいくつ?」

「一歳半です」

私は適当に言った。女性はマシンガンのように喋り出した。

「私の孫はもうちょいで2歳なんだけどね、息子夫婦がたまにしか遊びに来ないし、嫁がもう強くて強くて。この前孫にピーナッツをあげたら顔真っ赤にして怒ってねぇ。『昔とは育児の常識が違うんです!』なんて歯向かって来るの。生意気でしょ?」

「はぁ」

 とりあえず相槌を打つ。

「先週なんかも食事前に桃ヨーグルトとビスケットとクッキーと苺とマルボーロと黒棒とキムチをあげたら『ご飯が入らなくなります!』って喧嘩売られてねぇ……」

 女性の話は絶え間なく続き、私はする事も無いのでスマホでナナフシについて調べてみた。自重の40倍の物を運搬出来るそうだ。枝そっくりだし健気だし、可愛いヤツだなぁ。

 私がナナフシにすっかり夢中になっていると、いつの間にか2時間が経過していた。女性はやっとベンチから立ち上がった。

「あなたに喋ったらスッキリしたわぁ。じゃあね」

と言って彼女は去って行った。

 ナナフシについて調べていただけなのに感謝されてしまった。不思議だなぁ。

 その時ピピピピピと音が鳴り響いた。

「僕のポケベルです」

魔法の国の住人の割に、魔法を全く使わないどころか今だにポケベルとは。

「ふむふむ。『0451059638890[86731』、お仕事ご苦労さん早くお帰りなさい、か。解決したみたいです」

「何が?」

「国王の予言によるともう大丈夫だそうです」

「何が?」

「だから、ナナフシ戦士はもう攻めて来ないんです」

「私何もしてないけど」

「つまり、風が吹けば桶屋が儲かるって事ですよ。ありがとうございました」

 ナナフシについて調べていただけなのに感謝されてしまった。不思議だなぁ。

 キューピーはスゥーッと消えていった。お経のプリントされていない部分もちゃんと消えた。




 後日、郵便受けに手紙が入っていた。「キューピーより」とある。あいつか。

 魔法の国を救ったお礼と共に、今ふんどしスタイルが大流行りしているという世界一無駄な情報が書いてあった。

 最後に、魔法の国の危機が去るまでの過程についての説明もある。以下の通りだ。



①暇人の私が、嫁と上手くいっていない女性の話を聞いてあげる

②女性のストレスが一時的に軽減される

③嫁サイド→姑からの攻撃が一時的に弱まり夫婦仲がちょっと良くなる

④なんやかんやある

⑤魔法の国を覆っているバリケードの力が回復する

⑥ナナフシ戦士は襲って来ない!

⑦めでたしめでたし



 私は雑過ぎる文章に対して心中で突っ込みまくった。

 特に③と⑤文章の乖離っぷりが気になるところだ。夫婦仲が良くなる事とバリケードの関連性が見えて来ない。それに④の何やかんやって何だ。一番肝心な部分をぼかしてある。

「一時的に」という表現も見過ごせない。また暇人の私が巻き込まれるかもしれないので、休日に爪楊枝を数える行為は二度と行わないと誓った。

 ところで、爪楊枝メーカーには忘れずに感動のメールを送った。

 割れた窓に関しては、アパートの管理会社に「天使が降りて来て窓を破壊したんです」と言ったら修繕費用が自費になった上、精神科受診を勧められた。

 だから魔法少女はこりごりなのである。
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