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林が入院してきたのは、その少し前だ。
彼が事あるごとに由衣子を病室に呼び出したせいで、ただでさえ山積みの仕事がさらに滞った。彼女は林が自分を気に入ったことをその場で分かっていた。
由衣子は父親くらいの年代の男に異様にモテる。林は48歳だ。一方、同年代にはあまりモテない。
彼女は今年33歳になるが、学生に見られることもしょっちゅうだった。だから舐められる。彼女は自分を冷静に分析していた。
――つまり私は、丁度良い垢抜け具合なのだ。性格も大人しいし、こいつなら俺でもどうにか出来る、そんなレベルの女なのだ。
由衣子は自身を気にいる人間の気持ちが手に取るようにわかる。こう言ったら喜ぶ、あぁ言ったらもっと喜ぶ、このボタンを押したらあの扉が開く。
服薬指導や配薬の度に中年男性からしつこい程のアプローチを受けたり、無駄話を延々と聞かされたりするうちに自然とそうなったのだ。
林はやがて退院し、病院の外でも由衣子を待ち伏せするようになる。ここまでする男は初めてだ。ただでさえ仕事でいっぱいいっぱいなのに、鬱陶しい彼の相手をするのは非常にしんどかった。
薬剤室長の意味不明の提案と、林のナプキン発言はほとんど同時に起きた。
そして彼女は遂に、そうだ、邪魔なモノは消せばいい、簡単な事だ、そう思うに至った。相談したり退職するという選択肢は無かった。
由衣子は林のナプキン発言の次に彼に会った時、「あなたの熱心さには負けました」と言ってアドレスと電話番号を教えた。
その夜に早速、一緒に何処かへ行こうよとラインが送られて来た。由衣子の提案で次の休みにバスに乗り海へ行く事になった。林は何か食べに行きたいと言ったが、由衣子がどうしても海がいいと言い張ったのだ。
翌日由衣子は朝礼で「今日はどうしても外せない用事があるので絶対に定時で帰ります」と宣言し、それでも1時間弱残業をして病院を出た。
何年振りかで服屋に行き、自分がこれまで着た事も無いしこれから先2度と買わないであろう服を購入した。白いショートパンツとキャミソール型のヒラヒラしたトップスと厚底のサンダルとつばの広い黒の帽子を選んだ。
最近の流行りも全く知らないし30過ぎでこれは痛いのかもしれないが、目的は知り合いに会っても自分だと分からなくする事と目撃者の証言から由衣子へたどり着くのを防ぐ事なので問題はない。
それからドラッグストアで1日だけ髪色を変えられるヘアカラースプレーとアイシャドウとマスカラを買った。化粧品を最後に買ったのはいつだろう、と由衣子は考えたが思い出せなかった。
1日で結構な散財をしてしまったが、例えそれが望まない逢引のためだとしても、パァッとお金を使うのはなかなか気持ちが良かった。
彼が事あるごとに由衣子を病室に呼び出したせいで、ただでさえ山積みの仕事がさらに滞った。彼女は林が自分を気に入ったことをその場で分かっていた。
由衣子は父親くらいの年代の男に異様にモテる。林は48歳だ。一方、同年代にはあまりモテない。
彼女は今年33歳になるが、学生に見られることもしょっちゅうだった。だから舐められる。彼女は自分を冷静に分析していた。
――つまり私は、丁度良い垢抜け具合なのだ。性格も大人しいし、こいつなら俺でもどうにか出来る、そんなレベルの女なのだ。
由衣子は自身を気にいる人間の気持ちが手に取るようにわかる。こう言ったら喜ぶ、あぁ言ったらもっと喜ぶ、このボタンを押したらあの扉が開く。
服薬指導や配薬の度に中年男性からしつこい程のアプローチを受けたり、無駄話を延々と聞かされたりするうちに自然とそうなったのだ。
林はやがて退院し、病院の外でも由衣子を待ち伏せするようになる。ここまでする男は初めてだ。ただでさえ仕事でいっぱいいっぱいなのに、鬱陶しい彼の相手をするのは非常にしんどかった。
薬剤室長の意味不明の提案と、林のナプキン発言はほとんど同時に起きた。
そして彼女は遂に、そうだ、邪魔なモノは消せばいい、簡単な事だ、そう思うに至った。相談したり退職するという選択肢は無かった。
由衣子は林のナプキン発言の次に彼に会った時、「あなたの熱心さには負けました」と言ってアドレスと電話番号を教えた。
その夜に早速、一緒に何処かへ行こうよとラインが送られて来た。由衣子の提案で次の休みにバスに乗り海へ行く事になった。林は何か食べに行きたいと言ったが、由衣子がどうしても海がいいと言い張ったのだ。
翌日由衣子は朝礼で「今日はどうしても外せない用事があるので絶対に定時で帰ります」と宣言し、それでも1時間弱残業をして病院を出た。
何年振りかで服屋に行き、自分がこれまで着た事も無いしこれから先2度と買わないであろう服を購入した。白いショートパンツとキャミソール型のヒラヒラしたトップスと厚底のサンダルとつばの広い黒の帽子を選んだ。
最近の流行りも全く知らないし30過ぎでこれは痛いのかもしれないが、目的は知り合いに会っても自分だと分からなくする事と目撃者の証言から由衣子へたどり着くのを防ぐ事なので問題はない。
それからドラッグストアで1日だけ髪色を変えられるヘアカラースプレーとアイシャドウとマスカラを買った。化粧品を最後に買ったのはいつだろう、と由衣子は考えたが思い出せなかった。
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