1 / 1
電話応対マニュアル・伏魔殿ヴァージョン
しおりを挟む
(某病院薬剤部にて)
田中君、今日で3日目だけど、どう? 薬局の雰囲気には慣れた? ……だよねぇ、3日じゃまだまだか。
でも人手不足だし、今日から電話取ってもらうから。とりあえず内線だけでいいよ。外線はおいおいね。言い忘れたけど、俺が薬剤部の主任として君の教育係を担当するからよろしく。
電話の応対をするにあたって前もって知っとくべき事が結構あるから、今からレクチャーするね。
これは基本なんだけど、電話受けたらまず部署名と名前を名乗る。君の場合だったら「はい、薬剤部田中です」ってな風に。受ける時はもちろん、こっちからかける時も部署と名前をしっかり言って。
簡単な事だけど、うちの病院では出来てない人も多いんだよね、特にベテランの方々。若いスタッフはみんな出来てるんだよ。勤務年数が上がれば上がるほど、名前を言わなくなる。管理職クラスはもはや伏魔殿だ。何なんだろうね、アレ。指摘してくれる人がいないのかね?
という訳で、薬局に良くかかってくる電話で、クセのあるパターンを教えとくね。え、わざわざメモ取るの? 君、マジメだねぇ。
最初にドクターから。
まず外科の坂本先生だけど、あの先生電話取った途端「オレ! オレオレ‼︎」って大声で怒鳴るから覚えといて。そして口を挟む間も無く用件に入るから要注意ね。
俺さ、新人の頃全然知らなくて、「うちには息子もいないし金もねぇんだよ‼︎」ってガチャ切りした事があって。そしたら薬剤部長を介してめちゃくちゃ叱られたよ。だってオレオレ詐偽だって思うじゃん。内線で詐欺なんてあり得ないけど、俺もテンパってたし。
彼、今だに俺を見るたび「オレを通報しかけた薬剤師」って言ってくるから軽いトラウマとなって俺の精神を蝕み続けてるよね。
あと特徴あるのは血液内科の片淵先生。あの先生は蚊の鳴くような、か細いか細い声でかけてくるから、すかさず音量ボタン連打して音量上げてね。うん、マックスまで上げてやっと丁度いいくらいの音量になる。「すみません、今お時間よろしいですか……」ってすごく低姿勢なんだけど、何でか名前言わないんだ。匿名を希望してんの? って勘ぐっちゃうね。
絶対に忘れないでほしいのが、片淵先生と電話した後は必ず音量を戻しておく事。俺は昔、運悪く戻すの忘れたまま坂本先生の「オレオレ‼︎」攻撃受けた事あるけど、その日は左の鼓膜が使い物にならなかったよ。あの二人を足して二で割れば丁度いいのに。
ナースにも名乗らない人結構いるな。
例えば、出た瞬間「もっしもっしかっめよ~♫」って童謡歌い出すのが、小児科病棟の葉山師長。彼女もしゃべり方が独特だからすぐわかるよ。小児科に移動して長いからか知らんけど、小さい子にしゃべるみたいに語りかけてくるから頭に入れといて。
この前なんて、患者さんの点滴急いで下さいって言うのに「お友達がお薬待ってるよ、10数えるうちに用意してね、できるかな? じゅ~う、きゅ~う……」って電話越しにカウントダウン始めるから参ったよ。マッハで調剤したら「やればできるじゃない!」ってめちゃくちゃ褒めてくれたな。一種の職業病なのかね? 褒めて伸びるタイプなら相性いいかもね。
次に、外来の看護主任の江平さん。彼女は今だにバブル引きずってる。なんせ第一声が「しもしもー」だもんね。花金になるとテンションがマックスになって、切りぎわに「バイビー」とか言ってくるよ。
私服もバブリーでさ、いつもワンレンのソバージュで肩パッド入りのボディコン姿なの。昔、ねるとんパーティーで3高のヤンエグ捕まえたけど、タカビー過ぎて成田離婚しちゃったんだって。飲み会ではジュリ扇持ってランバダ踊り出すらしいから、おったまげーのゲロゲーロだよね。え? 何言ってるか全然わからない? 大丈夫、俺自身もわかってないし、わからなくても業務に差し障りは全く無いから。
あとは事務所の総務主任の泉君。見ての通り事務所は薬局の向かい側だからほら、ここから見えるでしょ。こっそり覗いてみて。あの、キーボードを親の仇のように叩いてる、襟足長めのソフトモヒカンの彼が泉君ね。
地の底から湧き上がるような声で「もしもし……?」って言ってくるけど、驚かないように。しかも彼、電話しながらこっちをガン見してくるから怖くてかなわないよ。初めての時は夢に出てきて三日三晩うなされたくらいだ。もうさ、直に会って話した方が早いし穏便に会話が出来るんじゃないの? っていつも思うよ。
……ぱっと思い付くのはこれくらいかな。
まとめると、オレオレ坂本、デリケート片淵、シッター葉山、バブリー江平、ヤンキー泉ね。ここ重要。ちゃんとメモっといて。
……げっ、もうこんな時間だ! 会議あるの忘れてた! 5分も過ぎてる! 今から行ってくるから、あとは先輩たちの言うこと聞いといて。……一応遅れるって電話しとくか。
……あっ、もしもし。すぐ伺いますんでー!(ガチャリ)
これでよし。えっ? 今俺、名前言わなかった……? いやいやちゃんと名乗ったよ。絶対言ったって、気のせいだろ。じゃあ、あとよろしく。
✳︎
(2日後)
何だって? ……田中君それマジ⁈ おとといメモった電話応対マニュアル伏魔殿ヴァージョン、どっかに落としたって……メモ帳ごと⁈
なんて事だ……俺が変なあだ名つけてるの、オレオレ坂本とかヤンキー泉にバレたら……ここここ、ここここ、殺される……ッ‼︎
せめてもの救いは、ここは病院だから深手を負ってもすぐ治療が受けられることだよね。ポジティブシンキング、ポジティブシンキング……
いや泣いてねぇし……これは、頰を伝って流れ落つる、ただの老廃物だし。心配すんなし。
田中君、今日で3日目だけど、どう? 薬局の雰囲気には慣れた? ……だよねぇ、3日じゃまだまだか。
でも人手不足だし、今日から電話取ってもらうから。とりあえず内線だけでいいよ。外線はおいおいね。言い忘れたけど、俺が薬剤部の主任として君の教育係を担当するからよろしく。
電話の応対をするにあたって前もって知っとくべき事が結構あるから、今からレクチャーするね。
これは基本なんだけど、電話受けたらまず部署名と名前を名乗る。君の場合だったら「はい、薬剤部田中です」ってな風に。受ける時はもちろん、こっちからかける時も部署と名前をしっかり言って。
簡単な事だけど、うちの病院では出来てない人も多いんだよね、特にベテランの方々。若いスタッフはみんな出来てるんだよ。勤務年数が上がれば上がるほど、名前を言わなくなる。管理職クラスはもはや伏魔殿だ。何なんだろうね、アレ。指摘してくれる人がいないのかね?
という訳で、薬局に良くかかってくる電話で、クセのあるパターンを教えとくね。え、わざわざメモ取るの? 君、マジメだねぇ。
最初にドクターから。
まず外科の坂本先生だけど、あの先生電話取った途端「オレ! オレオレ‼︎」って大声で怒鳴るから覚えといて。そして口を挟む間も無く用件に入るから要注意ね。
俺さ、新人の頃全然知らなくて、「うちには息子もいないし金もねぇんだよ‼︎」ってガチャ切りした事があって。そしたら薬剤部長を介してめちゃくちゃ叱られたよ。だってオレオレ詐偽だって思うじゃん。内線で詐欺なんてあり得ないけど、俺もテンパってたし。
彼、今だに俺を見るたび「オレを通報しかけた薬剤師」って言ってくるから軽いトラウマとなって俺の精神を蝕み続けてるよね。
あと特徴あるのは血液内科の片淵先生。あの先生は蚊の鳴くような、か細いか細い声でかけてくるから、すかさず音量ボタン連打して音量上げてね。うん、マックスまで上げてやっと丁度いいくらいの音量になる。「すみません、今お時間よろしいですか……」ってすごく低姿勢なんだけど、何でか名前言わないんだ。匿名を希望してんの? って勘ぐっちゃうね。
絶対に忘れないでほしいのが、片淵先生と電話した後は必ず音量を戻しておく事。俺は昔、運悪く戻すの忘れたまま坂本先生の「オレオレ‼︎」攻撃受けた事あるけど、その日は左の鼓膜が使い物にならなかったよ。あの二人を足して二で割れば丁度いいのに。
ナースにも名乗らない人結構いるな。
例えば、出た瞬間「もっしもっしかっめよ~♫」って童謡歌い出すのが、小児科病棟の葉山師長。彼女もしゃべり方が独特だからすぐわかるよ。小児科に移動して長いからか知らんけど、小さい子にしゃべるみたいに語りかけてくるから頭に入れといて。
この前なんて、患者さんの点滴急いで下さいって言うのに「お友達がお薬待ってるよ、10数えるうちに用意してね、できるかな? じゅ~う、きゅ~う……」って電話越しにカウントダウン始めるから参ったよ。マッハで調剤したら「やればできるじゃない!」ってめちゃくちゃ褒めてくれたな。一種の職業病なのかね? 褒めて伸びるタイプなら相性いいかもね。
次に、外来の看護主任の江平さん。彼女は今だにバブル引きずってる。なんせ第一声が「しもしもー」だもんね。花金になるとテンションがマックスになって、切りぎわに「バイビー」とか言ってくるよ。
私服もバブリーでさ、いつもワンレンのソバージュで肩パッド入りのボディコン姿なの。昔、ねるとんパーティーで3高のヤンエグ捕まえたけど、タカビー過ぎて成田離婚しちゃったんだって。飲み会ではジュリ扇持ってランバダ踊り出すらしいから、おったまげーのゲロゲーロだよね。え? 何言ってるか全然わからない? 大丈夫、俺自身もわかってないし、わからなくても業務に差し障りは全く無いから。
あとは事務所の総務主任の泉君。見ての通り事務所は薬局の向かい側だからほら、ここから見えるでしょ。こっそり覗いてみて。あの、キーボードを親の仇のように叩いてる、襟足長めのソフトモヒカンの彼が泉君ね。
地の底から湧き上がるような声で「もしもし……?」って言ってくるけど、驚かないように。しかも彼、電話しながらこっちをガン見してくるから怖くてかなわないよ。初めての時は夢に出てきて三日三晩うなされたくらいだ。もうさ、直に会って話した方が早いし穏便に会話が出来るんじゃないの? っていつも思うよ。
……ぱっと思い付くのはこれくらいかな。
まとめると、オレオレ坂本、デリケート片淵、シッター葉山、バブリー江平、ヤンキー泉ね。ここ重要。ちゃんとメモっといて。
……げっ、もうこんな時間だ! 会議あるの忘れてた! 5分も過ぎてる! 今から行ってくるから、あとは先輩たちの言うこと聞いといて。……一応遅れるって電話しとくか。
……あっ、もしもし。すぐ伺いますんでー!(ガチャリ)
これでよし。えっ? 今俺、名前言わなかった……? いやいやちゃんと名乗ったよ。絶対言ったって、気のせいだろ。じゃあ、あとよろしく。
✳︎
(2日後)
何だって? ……田中君それマジ⁈ おとといメモった電話応対マニュアル伏魔殿ヴァージョン、どっかに落としたって……メモ帳ごと⁈
なんて事だ……俺が変なあだ名つけてるの、オレオレ坂本とかヤンキー泉にバレたら……ここここ、ここここ、殺される……ッ‼︎
せめてもの救いは、ここは病院だから深手を負ってもすぐ治療が受けられることだよね。ポジティブシンキング、ポジティブシンキング……
いや泣いてねぇし……これは、頰を伝って流れ落つる、ただの老廃物だし。心配すんなし。
0
お気に入りに追加
3
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】○の奇妙なショートストーリーズ
MIA
大衆娯楽
オムニバス形式で、それぞれのジャンルの短編集となっています。
最後のお話だけは私の実体験からのものです。
あなたは『喜』『怒』『哀』どれで『楽』しみますか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる