重度の厨二病の浅間君が朝っぱらから「魔界の扉が開きて闇が溢れ出せり」とかほざいてますが、通常運転なので問題ないはずです。

たんぽぽ。

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重度厨二病の浅間君が朝っぱらから「魔界の扉が開きて闇が溢れ出せり」とかほざいてますが、通常運転なので問題ないはずです。

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キンコンカンコン──

午前八時半ちょうど。古びた放送設備ゆえに間延びして聞こえるチャイムの音と共に、某市立某中学校二年一組の後ろ側の扉が勢いよく開いた。

息を切らして駆け込んだ男子のカッターシャツの袖口からは、腕に幾重にも巻かれた包帯がチラリとのぞいている。

「突如開きし……魔界の扉……!」

彼は呼吸も整わないうちからそう叫んだ。

クラスの一軍女子たちは一様に白い目を彼に向け、一軍男子たちは顔を見合わせ苦笑いし、思春期ならではの一連の儀式を既にやり終え我に返った一部の生徒は共感性羞恥により顔を赤らめた。

──また浅間の邪気眼が発動してる。

それが二年一組全生徒の共通認識であった。

生徒たちは浅間を無視して早々に雑談を再開したが、浅間は天を指差して「刻々と迫り来る闇! 汝ら、速やかに退避せよ!」と、叫ぶことをやめない。

「チャイム鳴ったぞ! いつまで騒いでるんだ!?」
担任教諭である岡田の出現に、浅間以外の生徒たちはバタバタと着席する。

教諭は後ろ手に教卓側の扉を閉めながら浅間をやんわりと注意した。

「おう浅間、今日も闇の力に満ち溢れてるな! とりあえず席に着け!」

だが浅間は教諭の側に走り寄り、

「我が聖域サンクチュアリにて、前世に失われし聖典との邂逅を求め……」

と、なお話を続けようとするのである。

岡田教諭は浅間を「ちょっと待て」と手のひらで制し、

「すまん西村、通訳頼む!」

と、こめかみを押さえながら一人の男子生徒を指名した。

浅間のご近所さんであり幼なじみであり親友であり唯一の良き理解者でもあるところの西村──浅間の言うところによれば『我が親愛なる光の眷属』──は浅間直属の通訳として日々活躍しているのである。

西村は岡田教諭の前に歩を進め、

「『理科室に昨日忘れた教科書を取りに行ったら……』と申しております」

と淡々と言葉を発した。

なお浅間は理科部に在籍しており、『聖水調製の儀式』などとと称して様々な水溶液を混ぜくり返していることは周知の事実である。

浅間は続ける。

「未知なる扉の封印が解かれしその刹那、閃光を伴い現れたるは冥府よりの使者なり」

「『理科室の床が突然光って魔物が現れた』と申しております」

すかさずそう通訳する西村。彼は将来大いに出世するに違いない、というのが二年生の教師たちに共通した意見である。

「あのなぁ浅間、自分の世界があるのは悪いことじゃないけどな、周りに迷惑かけるのは違うんじゃないか?」

生徒たちに理解があると定評のある岡田教諭も、今度ばかりは浅間をピシャリと叱りつけた。

実はこの時、浅間のご近所さんであり幼なじみであり親友であり唯一の良き理解者でもあるところの西村は通訳に初めて迷いを感じていたのである。

今もなお「回廊を渡り刻々と迫り来る冥府よりの使者……その邪気は混沌、虚無、及び阿鼻叫喚をこの地平へもたらすであろう!」などと絶叫する浅間を西村は注意深く観察した。

「浅間、いい加減に席に着け!」

「汝ら! 平穏の地へと疾走せよ! 闇の使者が降臨する前に!」

岡田教諭の叱責にもめげずに口角泡を飛ばし地団駄を踏む浅間を見て、彼が関節痛に苦しむ祖父のコンドロイチン錠を持ち歩き「右腕に封印せし魔物の暴走を止める薬だ……」とポリポリかじって見せた時も、散歩中のマルチーズに向かってアルト・リコーダー片手に「ケルベロスめ! 我が聖剣エクスカリバーの餌食にしてくれようぞ!」と突進して行った時も眉ひとつ動かさなかった、ご近所さんであり幼なじみであり親友であり唯一の良き理解者でもあるところの西村もさすがに眉をひそめた。

──いくらなんでもこれはやり過ぎではないか。おばさんに会って、しかるべき病院に連れていくようそれとなく助言をするべきなのかもしれない。

それとも、と西村は考える。

──それとも、いつまで経っても彼のことを「浅間健二アーサー・マッケンジー」と、誰ひとり呼ばないことに憤っているのだろうか?

その時だ。
教室の後ろ側の扉がガラリと開いた。

一歩一歩確かめるように教室に踏み入るのは、腰にまでかかる大量の白髪を靡かせ頭頂部と側頭部より雄牛のような角を生やし顔面には十数個の細い目らしき物を刻み胴体を黒紫色のマントで覆った、二メートルを優に超える者であった。

浅間以外の生徒たちは呆気に取られたがそれも一瞬だけで、すぐさま騒々しい笑い声を教室中に轟かせた。

彼らは侵入してきた者を、某中学校教師の中で最も茶目っ気があると名高い保健体育教諭であり二年一組の副担任でもある青山──去年の体育祭では女装により校内を大いに沸かせた──の変装だと思ったのである。

お調子者の男子生徒がふざけて甲高い声を上げながら侵入者へと駆け寄り、その巨躯に鬱陶しく被さるマントをひらりと捲ってみせようとした。

が、その瞬間、男子生徒は「うぐおぇッ」と生まれてこの方発したことのない呻き声と共に吹き飛ばされることになる。彼は窓に体をしたたかにぶつけ、うずくまった。

ここで初めて全員が、侵入者が茶目っ気あふれる青山教諭でないことを、さらには人ならざる者であることを認識したのである。

異形の者が自ら払ったマントの下にのぞくのは蠢く何本もの触手である。その濡れた光沢やなめらかな動きが機械などではとうてい再現できないことは、わずか十余年しか生きていない中学生の目にも明らかであった。

男子生徒に駆け寄る岡田教諭以外の生徒たちは一斉にドアへと殺到するも、脱出に成功した者は一人もいなかった。何故ならドアは引こうが押そうが叩こうが体当たりしようが、びくともしない。

教室には悲鳴や怒号が充ち、先ほどの浅間の言の通りに混沌と阿鼻叫喚がもたらされた。

「だから言ったじゃんよォ~~~!! なんで信じてくれないんだよォ~~~!!」

浅間は鼻水を垂らし激しく足を踏み鳴らしている。

──そういえば浅間が俺たちとの共通言語でしゃべるのって、ほぼ一年振りだよな……。

ご近所さんであり幼なじみであり親友であり唯一の良き理解者でもある西村は、のんきに計算していた。

──さぁ、まずは貴様らを我が配下におくとしようか。

異形の者は杖と思しき棒状の物を掲げ、聞かせる、というよりは脳に響かせると言った方が正しいやり方でもってその場にいる者皆に語りかけた。

語りかけるやいなや教室は異形の者の杖から発せられたドス黒いモヤに包まれた。モヤを吸引した生徒たちと担任教諭の頭からはニョキリと鋭利な角が生え出て、口は耳まで裂け眼は充血し爛々と輝くのであった。

──何で第一発見者がよりによってヤツなんだよ……。

薄れゆく意識の中で、某市立某中学校二年一組の浅間以外の全生徒および担任教諭はそう思った。
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