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【野生のチューリップ】
殉職宣言
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……その時、立方体に異変が起きた。
「海に着いて安心したか?」
立方体から紐状のものが数本伸びてきて、ユキの体を右腕を残しぐるぐると操縦席に縛り付け、きつく固定してしまった。
次いで、立方体の底面がどろりと溶け出し座面と融合した。
なかなか器用な立方体である。
「俺とあんたとヘリはこれで一心同体だ。武器を置いてきたのは失敗だったな。さぁどうする?」
白羽の形見である隼は万一に備えて置いてきた。爆発に巻き込む訳にはいかなかったのだ。
ユキはしばらく抵抗を試みていたが、固く椅子に巻き付けられ上手く身動きが取れない。
右腕の力だけでは紐状のものを剥ぐことは出来なかった。
「操縦のために右腕だけは自由にしてやるよ。俺が動けないと思って油断したろ。あんた、俺と心中するしかないんだよ」
ユキは力を抜き背もたれに体を預けた。ヘリのスピードが極端に下がる。
「そういうの、早く言ってよね。性格悪いね」
ユキは慌てるどころか、顔には徐々に笑みが浮かんできた。
やがて鼻歌まで歌い始めた。
立方体はユキの行動を理解しかねたのか、怪訝な声色で聞く。
「……イカれちまったのか?」
「あはは、その逆よ。イカれてたのは今までの方。なんなら右手も拘束してくれていいよ。自動操縦モードあるし」
「あんたクソ生意気だな。殺しがいがある。
……俺はあんたみたいな奴が一番ムカつくんだ。綺麗なツラしやがって、ヘリの操縦まで出来んのな。何の苦労も知らないみたいに……そのすました顔、いつまでもつか楽しみだな」
「そう見えるんだ? ……最高の褒め言葉よね」
ユキは満面の笑みを浮かべた。凄味のある笑みだった。
立方体は少し怯んだ。
「ねぇ、私二十七年生きてるけど、男の人とデートしたことないの。あなた、よかったら遊覧飛行に付き合ってよ。ダメ元で聞くけど、爆発までどれくらいあるの?」
立方体はユキの意図することを推し量ろうとしたが、不可能だった。
ペースを完全に崩され、
「意味がわからねぇ。……二十五分ちょいだ」
と、つい素直に答えてしまう。
「思ったよりあるんだね。こういうのの相場は知らないけど」
「長くあんたらの慌てる様を見たかったからな。当てが外れちまったが。……でも意外だな。あんた、男とっかえひっかえ遊んでるように見えるんだよな」
「へぇ、そう見えるんだ。まぁ、前にも言われたことあるけど」
ユキは特殊な状況ゆえにか、いつもより饒舌だ。立方体はユキに会話の主導権を握られ不満気だが、ユキという人間に興味が湧いたようだ。
さらには機内に二人、お互いに最後の時を待つという共通点と緊迫感がそうさせているのかもしれない。
機体は東京湾の真ん中を旋回し始めた。
ここなら誰も巻き込まないとユキは判断した。目視で船が確認された場合は旋回の位置を変えるつもりだ。
二人の会話は続く。
「……なぁあんたさっき、今までがイカれてたっていったよな。あれどういう意味だ?」
ユキの顔から笑みが消える。
「興味ある? いい機会だから話してもいいよ。自分の人生を振り返るって大事よね。
……私ね、捨て子なの。
故郷は雪なんか滅多に降らないところなんだけど、季節外れの寒波が来たとかで、桜の頃に大雪が降ったことがあったらしくて。
その日に駅の前に捨てられてたんだって。
よりによって大雪の日によ? 信じられる? だから、私は生まれた時から普通じゃないの。
私の『森田幸』って名前、町長さんが付けてくれたんだけど、好きじゃないんだよね。『森田』は地区の名前で、雪が降ってたから『ユキ』なんでしょうね。
どうせ、幸せになってほしいって意味でせめて漢字を『幸』にしたんじゃない? そのままの『雪』で良かったのに……因果な名前だよ」
ユキは宙に指で「幸」と書きながら言う。
「小さな親切大きなお世話ってやつだな」
立方体が言うと、ユキは再び微かに笑った。身の上話を誰かにするのは初めてだった。
自分のことを話すのは、なかなか気分が良かった。
「ね、私は普通の人生歩めないのよ。どこの馬の骨かもわからないの」
「あんたさっきから普通普通って言ってるが、あんたの思う普通って何なんだよ」
ユキはしばらく考えていたが、
「そうね例えば、三番目くらいに付き合った男の人と結婚して子どもを二人産んで、扶養内でパートに出て子どもの教育費とか稼いで……旦那の文句言いながらもやっぱりこれが幸せかなとか考える人生かな」
立方体は呆れ声を出した。
「具体的だな。あんたパート主婦になりたかったのか」
「憧れるのとなりたいのとは違うよ。
大事なのはそういう人生を送ろうと思えば送ることが出来る、つまり選択肢があるかどうかの問題で。わかるかなぁ?」
「さっぱりわかんねぇ」
ヘリは旋回を続けている。
「この際だからいろいろ正直に話すけど、私、最優先事項が他人の評価なんだよね。
ずっと人の顔色をうかがいながら生きてきたの。人から嫌われる、幻滅されるのが怖いんだよ。また捨てられるかもしれない、また、冷たい道端に、一人ぼっちで置いてかれるかもしれないって……我ながらわかりやすいと思うよ。
だから、今の私に与えられた選択肢は二つ。楽勝でしたって余裕の顔で帰るか、殉職か。全か無か。
前者はもう無理そうだから殉職しかないでしょう。爆死ってチョイスが最高にいいね、華々しくて。私みたいなのの最期にふさわしいかは知らないけど」
ユキは今度は自嘲するように、アハハと声を上げて笑った。
「……それは短絡的過ぎないか?」
「だって、中途半端はカッコ悪いでしょう。
私、副長になってからは尚更人の目が気になって、自分で規則をいろいろ作ったの。
『部下より先に帰ってはいけない』『部下より後に出勤してもいけない』『敵はなるべく一撃で倒せ』『いつも余裕の顔でいろ』……」
その後も一日摂取カロリーの上限だの、飲み会は一次会で帰るだの、動物性タンパク質をきちんと摂るだの、椎茸栽培キットの椎茸を絶やさないだの、五十以上もの細かな規則をユキは語った。
立方体は正直長えと思ったが、本人は大真面目らしいし、話の腰を折るのも悪いと思い黙って聞いていた。
「……もう疲れた。
私、管理職向いてないみたい。潮時なの。どっかが綻んで、そこからガタガタって崩れてしまいそうなんだよ。
でもさ、今さら『嫌だからやめます』っていうわけにもいかないじゃない? 私の評価が下がるから。ほらみろ、やっぱりお前には無理だったんだ、長続きしなかっただろって皆言うだろうし。
そうならずにやめる方法って、殉職しかないのよ。これならむしろ昇進するし。
でも、きっとこれって言い訳に過ぎないのよね。今みたいな状況になってなくても、いつかは同じように思う時が来たと思う。
だから、こんな最高の機会を与えてくれたあなたには感謝してるんだよ……本当にありがとう」
ユキは言葉を切り、心からの微笑みを立方体へ向けた。
立方体は沈黙を保っている。
「……思えば私、物心ついた頃からずっと、死にたかったのかもしれない」
確認するように、切れ切れに話す。ユキは止まらない。ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。もう相槌など求めていない。
日は随分傾いている。
「今のこの感じ、十九の時に東京に出てきた時、夜行バスの中で感じたのと似てるのよ。いろんなことから解放されたって思えて。
こっちでは誰も私のこと知らないから。
故郷はそこそこ田舎だったし、みんな私が捨て子だって知ってたの。
だから、『あぁ、あのみなしごの』って、私の話題が出ると必ず言うのよ。
面と向かって言わなくても、そういうのって何となくわかるでしょう。
『捨て子の森田』、『孤児院の幸』って、名前にくっついてるの……枕詞みたいに。
残酷でしょう?
里親の話もあるにはあったのよ。でも、必ず流れちゃうの。私が綺麗すぎるからなんだって。女の人を不安にさせてしまうらしくて」
「美人で損することもあんだな」
「あはは、あなたなかなか聞き上手ね。……日没よ」
地平線に日が沈もうとしている。
今日は快晴だった。夕焼けが陸、海、空全体を染めている。
世界が燃えている。
ユキは喋り疲れたのか、夕日に見惚れているのか、やっと沈黙した。
──……私はもう少しで死ぬ、先生、もう少しでそっちへ行きます。
先生わかっています、これは逃げです。
私は先生の期待通りにちゃんと出来ませんでした。私はまた逃げるんです、合わせる顔がありません。
──……でも、そっちで、良ければまた、私に稽古をつけてくれますか?
「五分切ったぞ」
立方体は言う。
「……何で泣くんだ?」
ユキは目をしっかり開けたまま、静かに涙を流していた。
「知らない。夕日が綺麗だからじゃダメ?」
目を伏せて言う。
するとユキを縛っていた紐状のものが解かれた。
「どうしたの?」
「あんた逃げる気ないんだろ」
「そうね。安心して。仮に脱出したとしても冷たい水の中に落ちるだけよ」
再び沈黙が降りる。
「……なぁ、あそこにいるの、鯨じゃないか?ちょっと高度下げろ。」
立方体が沈黙をやぶる。果たして東京湾に鯨が生息するのだろうか。
「ダメだよ。爆発に巻き込んじゃ可哀想でしょう」
「少しだけなら影響ねぇよ。最後に鯨見たくねぇの?」
「じゃあ、ちょっとだけ……」
ユキは高度を少しずつ下げた。
「どこにもいないよ。見間違いじゃないの?」
突然ガシャンと大きな音がして、前方の窓が割れた。
勢いよく風が吹き込んでくる。立方体が紐状のものをしならせ破ったのだ。実に器用な立方体である。
「なんばしよっとね!?(訳:何をしているのですか?)」
予想外の出来事に訛りが出た。
「俺は天邪鬼だからな。死にたがってる奴は生かしたくなるんだ。あんた、悪運強そうだから助かるさ。大雪でも死ななかったんだろ」
「うっちょって! 同情せんでよ!!
(訳:放っておいて下さい。同情しないで下さい)」
「優しい彼氏作って、うまいもんでも食いに行け」
立方体はユキを外に放り投げた。
──次の瞬間、ヘリは爆発した。
爆発を、ユキは重力に従い逆さまに落下しながら見た。正確には暗くなり始めた水面に映ったそれを見た。
花火みたいだと思い、自分の月並みな発想に嫌気がさした。と同時に、村尾や水沢と仕事帰りに行った、夏祭りでの花火を思い出した。
そして機内で二人のことを微塵も思い出さなかったことに気づき、申し訳なく思った。
──そういえば、あの二人の前では不思議と自然体でいられた……
焼き付くような痛みを感じ、意識が暗転した──
「海に着いて安心したか?」
立方体から紐状のものが数本伸びてきて、ユキの体を右腕を残しぐるぐると操縦席に縛り付け、きつく固定してしまった。
次いで、立方体の底面がどろりと溶け出し座面と融合した。
なかなか器用な立方体である。
「俺とあんたとヘリはこれで一心同体だ。武器を置いてきたのは失敗だったな。さぁどうする?」
白羽の形見である隼は万一に備えて置いてきた。爆発に巻き込む訳にはいかなかったのだ。
ユキはしばらく抵抗を試みていたが、固く椅子に巻き付けられ上手く身動きが取れない。
右腕の力だけでは紐状のものを剥ぐことは出来なかった。
「操縦のために右腕だけは自由にしてやるよ。俺が動けないと思って油断したろ。あんた、俺と心中するしかないんだよ」
ユキは力を抜き背もたれに体を預けた。ヘリのスピードが極端に下がる。
「そういうの、早く言ってよね。性格悪いね」
ユキは慌てるどころか、顔には徐々に笑みが浮かんできた。
やがて鼻歌まで歌い始めた。
立方体はユキの行動を理解しかねたのか、怪訝な声色で聞く。
「……イカれちまったのか?」
「あはは、その逆よ。イカれてたのは今までの方。なんなら右手も拘束してくれていいよ。自動操縦モードあるし」
「あんたクソ生意気だな。殺しがいがある。
……俺はあんたみたいな奴が一番ムカつくんだ。綺麗なツラしやがって、ヘリの操縦まで出来んのな。何の苦労も知らないみたいに……そのすました顔、いつまでもつか楽しみだな」
「そう見えるんだ? ……最高の褒め言葉よね」
ユキは満面の笑みを浮かべた。凄味のある笑みだった。
立方体は少し怯んだ。
「ねぇ、私二十七年生きてるけど、男の人とデートしたことないの。あなた、よかったら遊覧飛行に付き合ってよ。ダメ元で聞くけど、爆発までどれくらいあるの?」
立方体はユキの意図することを推し量ろうとしたが、不可能だった。
ペースを完全に崩され、
「意味がわからねぇ。……二十五分ちょいだ」
と、つい素直に答えてしまう。
「思ったよりあるんだね。こういうのの相場は知らないけど」
「長くあんたらの慌てる様を見たかったからな。当てが外れちまったが。……でも意外だな。あんた、男とっかえひっかえ遊んでるように見えるんだよな」
「へぇ、そう見えるんだ。まぁ、前にも言われたことあるけど」
ユキは特殊な状況ゆえにか、いつもより饒舌だ。立方体はユキに会話の主導権を握られ不満気だが、ユキという人間に興味が湧いたようだ。
さらには機内に二人、お互いに最後の時を待つという共通点と緊迫感がそうさせているのかもしれない。
機体は東京湾の真ん中を旋回し始めた。
ここなら誰も巻き込まないとユキは判断した。目視で船が確認された場合は旋回の位置を変えるつもりだ。
二人の会話は続く。
「……なぁあんたさっき、今までがイカれてたっていったよな。あれどういう意味だ?」
ユキの顔から笑みが消える。
「興味ある? いい機会だから話してもいいよ。自分の人生を振り返るって大事よね。
……私ね、捨て子なの。
故郷は雪なんか滅多に降らないところなんだけど、季節外れの寒波が来たとかで、桜の頃に大雪が降ったことがあったらしくて。
その日に駅の前に捨てられてたんだって。
よりによって大雪の日によ? 信じられる? だから、私は生まれた時から普通じゃないの。
私の『森田幸』って名前、町長さんが付けてくれたんだけど、好きじゃないんだよね。『森田』は地区の名前で、雪が降ってたから『ユキ』なんでしょうね。
どうせ、幸せになってほしいって意味でせめて漢字を『幸』にしたんじゃない? そのままの『雪』で良かったのに……因果な名前だよ」
ユキは宙に指で「幸」と書きながら言う。
「小さな親切大きなお世話ってやつだな」
立方体が言うと、ユキは再び微かに笑った。身の上話を誰かにするのは初めてだった。
自分のことを話すのは、なかなか気分が良かった。
「ね、私は普通の人生歩めないのよ。どこの馬の骨かもわからないの」
「あんたさっきから普通普通って言ってるが、あんたの思う普通って何なんだよ」
ユキはしばらく考えていたが、
「そうね例えば、三番目くらいに付き合った男の人と結婚して子どもを二人産んで、扶養内でパートに出て子どもの教育費とか稼いで……旦那の文句言いながらもやっぱりこれが幸せかなとか考える人生かな」
立方体は呆れ声を出した。
「具体的だな。あんたパート主婦になりたかったのか」
「憧れるのとなりたいのとは違うよ。
大事なのはそういう人生を送ろうと思えば送ることが出来る、つまり選択肢があるかどうかの問題で。わかるかなぁ?」
「さっぱりわかんねぇ」
ヘリは旋回を続けている。
「この際だからいろいろ正直に話すけど、私、最優先事項が他人の評価なんだよね。
ずっと人の顔色をうかがいながら生きてきたの。人から嫌われる、幻滅されるのが怖いんだよ。また捨てられるかもしれない、また、冷たい道端に、一人ぼっちで置いてかれるかもしれないって……我ながらわかりやすいと思うよ。
だから、今の私に与えられた選択肢は二つ。楽勝でしたって余裕の顔で帰るか、殉職か。全か無か。
前者はもう無理そうだから殉職しかないでしょう。爆死ってチョイスが最高にいいね、華々しくて。私みたいなのの最期にふさわしいかは知らないけど」
ユキは今度は自嘲するように、アハハと声を上げて笑った。
「……それは短絡的過ぎないか?」
「だって、中途半端はカッコ悪いでしょう。
私、副長になってからは尚更人の目が気になって、自分で規則をいろいろ作ったの。
『部下より先に帰ってはいけない』『部下より後に出勤してもいけない』『敵はなるべく一撃で倒せ』『いつも余裕の顔でいろ』……」
その後も一日摂取カロリーの上限だの、飲み会は一次会で帰るだの、動物性タンパク質をきちんと摂るだの、椎茸栽培キットの椎茸を絶やさないだの、五十以上もの細かな規則をユキは語った。
立方体は正直長えと思ったが、本人は大真面目らしいし、話の腰を折るのも悪いと思い黙って聞いていた。
「……もう疲れた。
私、管理職向いてないみたい。潮時なの。どっかが綻んで、そこからガタガタって崩れてしまいそうなんだよ。
でもさ、今さら『嫌だからやめます』っていうわけにもいかないじゃない? 私の評価が下がるから。ほらみろ、やっぱりお前には無理だったんだ、長続きしなかっただろって皆言うだろうし。
そうならずにやめる方法って、殉職しかないのよ。これならむしろ昇進するし。
でも、きっとこれって言い訳に過ぎないのよね。今みたいな状況になってなくても、いつかは同じように思う時が来たと思う。
だから、こんな最高の機会を与えてくれたあなたには感謝してるんだよ……本当にありがとう」
ユキは言葉を切り、心からの微笑みを立方体へ向けた。
立方体は沈黙を保っている。
「……思えば私、物心ついた頃からずっと、死にたかったのかもしれない」
確認するように、切れ切れに話す。ユキは止まらない。ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。もう相槌など求めていない。
日は随分傾いている。
「今のこの感じ、十九の時に東京に出てきた時、夜行バスの中で感じたのと似てるのよ。いろんなことから解放されたって思えて。
こっちでは誰も私のこと知らないから。
故郷はそこそこ田舎だったし、みんな私が捨て子だって知ってたの。
だから、『あぁ、あのみなしごの』って、私の話題が出ると必ず言うのよ。
面と向かって言わなくても、そういうのって何となくわかるでしょう。
『捨て子の森田』、『孤児院の幸』って、名前にくっついてるの……枕詞みたいに。
残酷でしょう?
里親の話もあるにはあったのよ。でも、必ず流れちゃうの。私が綺麗すぎるからなんだって。女の人を不安にさせてしまうらしくて」
「美人で損することもあんだな」
「あはは、あなたなかなか聞き上手ね。……日没よ」
地平線に日が沈もうとしている。
今日は快晴だった。夕焼けが陸、海、空全体を染めている。
世界が燃えている。
ユキは喋り疲れたのか、夕日に見惚れているのか、やっと沈黙した。
──……私はもう少しで死ぬ、先生、もう少しでそっちへ行きます。
先生わかっています、これは逃げです。
私は先生の期待通りにちゃんと出来ませんでした。私はまた逃げるんです、合わせる顔がありません。
──……でも、そっちで、良ければまた、私に稽古をつけてくれますか?
「五分切ったぞ」
立方体は言う。
「……何で泣くんだ?」
ユキは目をしっかり開けたまま、静かに涙を流していた。
「知らない。夕日が綺麗だからじゃダメ?」
目を伏せて言う。
するとユキを縛っていた紐状のものが解かれた。
「どうしたの?」
「あんた逃げる気ないんだろ」
「そうね。安心して。仮に脱出したとしても冷たい水の中に落ちるだけよ」
再び沈黙が降りる。
「……なぁ、あそこにいるの、鯨じゃないか?ちょっと高度下げろ。」
立方体が沈黙をやぶる。果たして東京湾に鯨が生息するのだろうか。
「ダメだよ。爆発に巻き込んじゃ可哀想でしょう」
「少しだけなら影響ねぇよ。最後に鯨見たくねぇの?」
「じゃあ、ちょっとだけ……」
ユキは高度を少しずつ下げた。
「どこにもいないよ。見間違いじゃないの?」
突然ガシャンと大きな音がして、前方の窓が割れた。
勢いよく風が吹き込んでくる。立方体が紐状のものをしならせ破ったのだ。実に器用な立方体である。
「なんばしよっとね!?(訳:何をしているのですか?)」
予想外の出来事に訛りが出た。
「俺は天邪鬼だからな。死にたがってる奴は生かしたくなるんだ。あんた、悪運強そうだから助かるさ。大雪でも死ななかったんだろ」
「うっちょって! 同情せんでよ!!
(訳:放っておいて下さい。同情しないで下さい)」
「優しい彼氏作って、うまいもんでも食いに行け」
立方体はユキを外に放り投げた。
──次の瞬間、ヘリは爆発した。
爆発を、ユキは重力に従い逆さまに落下しながら見た。正確には暗くなり始めた水面に映ったそれを見た。
花火みたいだと思い、自分の月並みな発想に嫌気がさした。と同時に、村尾や水沢と仕事帰りに行った、夏祭りでの花火を思い出した。
そして機内で二人のことを微塵も思い出さなかったことに気づき、申し訳なく思った。
──そういえば、あの二人の前では不思議と自然体でいられた……
焼き付くような痛みを感じ、意識が暗転した──
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