野生のチューリップ

たんぽぽ。

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【イケメン俳優似の男】

イケメン俳優似の男

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 妖物対策一課に戻ってきた篠崎副長はさっそくユキ、村尾、水沢の三人を呼んだ。

「次の案件だ。悪いが各自、急いでこの資料を読んでくれ。三十分後に作戦会議だ」
 そう言って、自分のデスクに戻って行った。

 三人は空いた会議室へと移動し椅子に腰掛け、頭を突き合わせて資料を読み始めた。

 妖物の犯行と疑われた時点で警察より送られてきた資料である。それは前置きもなく、本題から始まっていた。

 以下にその内容をまとめる。



 ここ二カ月の間に、同一の妖物の犯行と思われる昏睡強盗(未遂)事件あるいは準強制性交等未遂が相次いでいる。なお、これらの罪名はもちろん犯人がヒトであればということだ。

 被害届が提出されただけでもこれだけの数なので、あるいは被害はもっと多い可能性もある。


・1件目
被害者Y・K(27歳女)
4月4日17時半頃S駅前の路上で俳優の池崎面太似の男に声を掛けられバー「鳥男爵」にて酒を飲む。酔って寝ている内にホテル「ワンダフルバナナ」203号室に運び込まれたが途中で覚醒し逃げるも、置いてきたバッグの中にあった財布から現金約2万円が抜き取られていた。

・2件目
被害者H・M(22歳男)
4月18日20時頃S駅前の路上で俳優の池崎面太似の男に声を掛けられ居酒屋「黒木屋」にて酒を飲む。酔って寝ている内にホテル「少子化対策室」401号室に運び込まれ金銭約4万2千円を盗まれる。
 尚、被害者は女装が趣味であり、暴行は受けていない。

・3件目
被害者S・W(33歳男)
5月9日19時頃S駅前の路上で俳優の池崎面太似の男に声を掛けられ居酒屋「空空」にて酒を飲む。酔って寝ている内にホテル「一心同体」205号室に運び込まれ金銭約3万9千円を盗まれる。
 尚、被害者は女装が趣味であり、暴行は受けていない。

・4件目
被害者(A・U29歳女)
5月30日18時半頃S駅前の路上で俳優の池崎面太似の男に声を掛けられバー「千光年の宴会」にて酒を飲む。酔って寝ている内に運ばれるがホテル「来たれ!老若男女!」の入り口前にて覚醒し、男を殴り逃げる。

・5件目
被害者(N・S20歳女)
6月6日21時頃S駅前の路上で俳優の池崎面太似の男に声を掛けられ居酒屋「北酒場」にて酒を飲む。酔って寝ている内にホテル「二人の隠れ家」405号室に運び込まれるが途中で覚醒し男を殴り逃げる。強盗被害はない。



 読み終えた三人は感想を言い合った。

「人型の妖物なんて、いきなりレアな案件ね」
 ユキは意気込みたっぷりに言った。その目は怪しく光っている。
「まぁ、どんな形状だろうが私が斬って斬って斬り刻んでやるんだけど」

「森田ちゃん、気合い十分だな」
 ユキが妖物と相対すると目の色が変わるのはいつものことである。
「張り切る森田さんも素敵です」
 水沢はとりあえず褒めた。

 妖物には分類があり、そのままの形状にて活動する物、異形となる物、人の姿を取るものなどがある。その違いが何故生じるのかは不明である。単に妖物の気分なのかもしれない。

 また、多くの妖物は目的を持たない。ただ回転してみたり、上下に動いてみたり、ふわふわ辺りをさまよってみたりする。

 しかし人間に害をなす場合も多いし、実害がない場合も治安の悪化に繋がったり、見た者を驚かせたりするため、全てが駆除の対象となる。何らかの魂胆がある妖物は稀だ。

 そして妖物には物理攻撃が効く。効かない場合は妖滅官でなく除霊師を呼ぶか、然るべきクリニックを受診し症状に合った抗精神病薬を処方してもらう必要がある。

「それにしても失敗しすぎだろ。爪が甘い。しかも五件中二件が男って、もはや女装した男が好みなんじゃねぇか」
 チャラ男の村尾は呆れている。
「そもそも強姦目的の妖物なんて聞いたことがねぇ」

「ナンパ場所がいつも同じなのはリスキーです。知的レベルが低そうですね」
 と水沢。S駅前は有名なナンパスポットである。

「こいつらもこいつらだ。結局逃げるんなら最初からホイホイついて行くなよな」
 村尾は加害者を擁護するようなことを言った。

「似たような経験でもあるんですか」
 水沢の質問を村尾は無視した。

「ところでこの池崎面太って誰?」
 とユキ。

「今抱かれたい有名人第一位のイケメン若手俳優だよ、知らねぇの森田ちゃん」
 ユキの部屋にはテレビがない。その上、未だにガラケーである。いわゆる情報弱者なのだ。

 村尾はスマホで池崎の画像を検索してユキに見せた。
「確かにイケメンね」
「森田さんはこういうタイプが好みなんですか?!」
 水沢が関係のないことを聞いた。前のめりになってほとんど椅子から転げ落ちそうである。

「客観的な意見だよ。あえてこの俳優に似せてるのかもね。イケメンの方がナンパの成功率も高そうだから」
 ホッとしたように水沢は再び背もたれに体を預けた。

「でもどうしてこの犯人が妖物だと分かったのかな」
 ユキは念のため資料を裏返してみた。
「それは書いてねぇみたいだな」と村尾。

 そうこうする内に三十分が経ち、篠崎副長がやって来た。
「どう思う?」
「ホテルのネーミングセンスに光る物を感じます」
 ユキがまず答える。

「そんなものは感じなくてもいい。実はこの件、二課の担当だったんだが、ついさっきうちに回ってきたんだ。森田をおとりに使えと言ってきた」

「私ですか。あぁ、ナンパされる役ってわけですね」
 ユキは納得したように頷いている。

「危険じゃないんですか?」
 水沢は心配している。

「相手は一般女性に殴られて逃げられるくらいの奴だ。人型になって、しかも人語を器用に操るのは相当なエネルギーが要るからな。俺たちがフォローすれば危険はないだろう」

「それはそうですが……」
 水沢はまだ納得しかねる様子だが、ユキは「面白そうですね」と乗り気になっている。

 副長が話を進める。
「森田が声を掛けられる、見張り役が連絡を取りつつ跡をつける、全員で店の外で待機、出てきたところを確保だ。過去の出現場所はここから割と近いから車を出せばすぐだ」

「どうして警察はこの犯人を妖物だと判断したんでしょう?」
 ユキが先ほどと同じ疑問を口にした。

「警察からはたまに仕事が回ってくるが、回す根拠が薄いことも多いんだよな。実際俺は、人間っぽい妖物じゃなく妖物っぽい人間を駆除しそうになった経験がある」
 副長は小さくため息を吐く。

 ユキ達は駆除されかけたというその妖物っぽい人間のメンタルが非常に心配になった。警察との連携はグダグダのようで、今回の件はすっかりたらい回しだ。

「現れた段階で捕まえちゃだめなんスか?」
 村尾が聞く。
「一人で妖物に対処するのは避けたいが、張り込みを三人でやるのも効率が悪い。森田は帯刀出来ないしな」

「あ、そっか。今回は木刀無しですね」
 ユキは残念そうである。

 いつもの任務では、村尾と水沢の二人がユキのフォローに回り、最終的にユキが木刀で妖物をぶった斬るのが大体のパターンとなっている。ユキにかかるとほとんどの相手は真っ二つになった。

「木刀なんて持ってたら、ナンパ以前に警察に声をかけられてややこしいことになっちまうな」
 村尾が呟くと、
「俺だったら木刀を持っていようがいまいが森田さんに声をかけますが?」
 これまで黙っていた水沢が突然発言した。三白眼が完全にすわっている。村尾の言葉の何かが水沢の気に障ったようであった。

「ちょっとお聞きしますが木刀の有無で森田さんの魅力に影響が生じるとでも?」

「そうだなそうだな本当にお前の言う通りだな」
 ユキが絡むと水沢の思考回路がブラックボックスと化すことを重々承知している村尾が一息に言うと、水沢は黙った。

 村尾はもしチームに新メンバーが加入するとしたら、妖滅官としての能力以前に水沢とまともな会話が成立することが大前提だな、などと常々考えている。

 一切のやり取りを無視して副長が話を進める。
「それに現れた段階ではまだ確保する理由が無い。最悪、別の人間かもしれん。女性を酔い潰したという既成事実があった方がいいだろう。森田は少しだけ飲んで寝たふりをするといい。ところでコイツが出現する日、全部木曜日だと気づいたか?」

「え、そうなんスか?」と村尾がもう一度資料を手に取った。曜日までは記載されておらず、全く気が付かなかった。
「なんか意味でもあるんスかね?」

「これは経験から言えるんだが、周期的に活動する妖物ってのは結構多いんだ」
「じゃあ、次現れるのは明日の確率が高いってわけですね」
 ユキが壁のカレンダーを見ながら言った。本日は水曜日である。

「明日も日勤で夕方上がりだが、シフトを調整して明日から早速始める」

「わかりました」
 副長の言葉に、三人の部下は一斉に頷いた。
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