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ユウくんママ VS 子沢山
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「お疲れ様です。係が決定しましたので、お帰りになられて構いません」
山道教諭が美魔女に声を掛けたが、
「いいえ、乗りかかった船よ。最後まで見届けるわ」
そう答え美魔女は折りたたみ式パイプ椅子を持ってきて腰掛けた。ユウくんママと子沢山のどちらが彼女の取り巻きとなる人物かを把握しておく為である。
講堂内ではさんかく組も含めほとんどの係決めが終了し、保護者らの姿もまばらになっている。
次はユウくんママと子沢山のマッスルがぶつかり合う番だ。するとクラス全体の進行を担当している横尾教諭がやって来て、山道教諭に耳打ちした。山道教諭は頷きユウくんママと子沢山に状況を説明する。
「残りの枠はクラス係しか残っていないようですので、必然的に敗者がクラス係を引き受けていただく事になります」
それを聞いたユウくんママと子沢山の顔からは血の気が引いたが、それも一瞬の間だけだった。開始早々マッスルの洗礼を受けた子沢山はユウくんママと美魔女のバトルを眺めているうちに冷静さを取り戻し、次なる戦いに備え戦術を練っていたし、ユウくんママは美魔女とのバトルで何かを掴んだ気がしたからだ。二人はこの一時間足らずで知らぬ間に精神力を高めていたのである。
――私はまだまだ強くなれる……次は絶対に勝つ‼︎
ユウくんママはスーツのジャケットと上履きを脱ぎストッキングを破り捨てた。
その時、子沢山の息子である双子の片方が目を覚まし泣き出した。それに呼応するかの様にもう片方も泣き出した。
――……私のベルマーク係への就任は、家庭の平穏にも繋がる! 母親が暗い顔じゃダメだ‼︎ 絶対にベルマーク係を勝ち取ってやる‼︎
子沢山が双子の側にしゃがみ双子を撫でると、彼らは母親の気迫を感じ取り空気を読んだかのように大人しくなった。決意を新たにした子沢山はユウくんママ同様上履きを脱ぎストッキングを破り、スーツのズボンを捲り上げる。
ユウくんママと子沢山は向かい合って円の中に立った。
「マッスル~スタートゥッッ‼︎」
ぶつかり合い開始の合図が響き、二人は睨み合う。
――さっきの様子を見るに、相手は力で押し切られ敗北した。あの派手な女 (美魔女)のように不可解な技を使っていたようだけれど、威力は小さそうだった……つまり肉弾戦に持ち込めば勝機は我にあり‼︎
子沢山はユウくんママの隙を窺う。
――相手の体格を見るに、接近戦に持ち込まれるとこちらは不利だ。相手の間合いに入らない、中距離からの攻撃が物を言う……つまり私の「はやぶさ」をもっと強化する必要がある!
ユウくんママは先ほど得た、手指を司るマッスルにより旋風を起こす技に、愛息であるユウくんが最も執着している乗り物である新幹線「はやぶさ」の名を冠した。
――「はやぶさ」の射程距離を長くし且つ威力を強める為には……ぶっつけ本番だがひたすら技を仕掛けレヴェルを上げるのみ‼︎
「おおおぉぉおぉおおぉぉ!」
ユウくんママは直ちに高速オイデオイデを開始した。いくつもの旋風が子沢山を襲う。だがやはり眼球表面から涙液を奪う以上の効果は無い。
攻撃中は隙が生じる、今だとばかりに子沢山は目を細めつつユウくんママとの間合いを詰める。だがユウくんママはすかさず左へとかわし、再び「はやぶさ」を発動させた。
――小癪な……なかなかすばしこい女だ。
子沢山が迫る、ユウくんママが彼女を避けつつ技を仕掛ける……。バトルはまたぞろ膠着状態に入った。
――くっ……なかなか「はやぶさ」の攻撃力が上がらない……このままでは体力がジリ貧でさっきの二の舞だ……打開するにはまたアレをやるしか……上手くいくかはわからないけど、一か八かやってみよう‼︎
ユウくんママは目を閉じ、意識を全身のマッスルへと集中させた。
「我が渾身のマッスルよ……我とともに覚醒めたり……我とともに戦闘るべし……」
ユウくんママが唱えると、空を覆っていた分厚い雲は彼方へ高速で流れ去り、春のやや鋭角に射し込む陽射しが講堂内の全てを明るく照らした。同時にマッスルを祝福するファンファーレが天より舞い降り、片付けや掃除に追われていた職員達の鼓膜を震わす。
マッスルの覚醒は次なる覚醒を呼ぶ。雪崩の様に、ドミノの様に。既に覚醒していた手指を司るマッスルに次いで、上腕、肩、胸及び頭部、腹部、腰、上腿、下腿のマッスルが立て続けに覚醒したのである。ユウくんママのマッスルはたちどころに肥大し、束の間光を帯びた。
「くっ……一体何が起きているの⁈」
子沢山はその眩しさにさらに目を細めた。
「凄い……私のマッスル覚醒時とは桁違いだわ……‼︎」
美魔女は先程の旋風攻撃で乱れた髪を直すのも忘れ、ユウくんママに見入っている。
「なんて厳かで気高きマッスル……こんなマッスル、私初めて……」
山道教諭が呆然と呟く。
「何と言ういたわりと友愛……マッスルが心を開いている……」
ユウくんママ達のバトルの行方を追っていた副園長の目は、涙で潤んでいる。
「こんな神々しいマッスル覚醒の瞬間に立ちあえるなんて、マッスル幼稚園副園長冥利に尽きます……」
ついには副園長の頰に一筋の涙が伝った。
「まさかこれまでだとは……‼︎ あの保護者、マッスルの祝福を受けし者だったのね……激レアなマッスル使いよ。私のこれまでの長い人生でも、二人しかお目にかかった事が無いわ……」
何事にも動じないあの園長の唇は、小刻みに震えていた。
マッスルの祝福を受けし者――その肉体は生まれながらにして気高きマッスルを秘め、困難に立ち向かう際に無条件で大きく覚醒する。ユウくんママ自身も生まれてから三十二年の間、全く気付かない事実であった。彼女はこれまで特に山も谷もない人生を歩んで来たのだ。
ユウくんママのマッスルは先の美魔女戦で覚醒の兆しを見せていたのだが、追い詰められた今完全に覚醒したのだった。
ユウくんママは己の勝利を確信した。
山道教諭が美魔女に声を掛けたが、
「いいえ、乗りかかった船よ。最後まで見届けるわ」
そう答え美魔女は折りたたみ式パイプ椅子を持ってきて腰掛けた。ユウくんママと子沢山のどちらが彼女の取り巻きとなる人物かを把握しておく為である。
講堂内ではさんかく組も含めほとんどの係決めが終了し、保護者らの姿もまばらになっている。
次はユウくんママと子沢山のマッスルがぶつかり合う番だ。するとクラス全体の進行を担当している横尾教諭がやって来て、山道教諭に耳打ちした。山道教諭は頷きユウくんママと子沢山に状況を説明する。
「残りの枠はクラス係しか残っていないようですので、必然的に敗者がクラス係を引き受けていただく事になります」
それを聞いたユウくんママと子沢山の顔からは血の気が引いたが、それも一瞬の間だけだった。開始早々マッスルの洗礼を受けた子沢山はユウくんママと美魔女のバトルを眺めているうちに冷静さを取り戻し、次なる戦いに備え戦術を練っていたし、ユウくんママは美魔女とのバトルで何かを掴んだ気がしたからだ。二人はこの一時間足らずで知らぬ間に精神力を高めていたのである。
――私はまだまだ強くなれる……次は絶対に勝つ‼︎
ユウくんママはスーツのジャケットと上履きを脱ぎストッキングを破り捨てた。
その時、子沢山の息子である双子の片方が目を覚まし泣き出した。それに呼応するかの様にもう片方も泣き出した。
――……私のベルマーク係への就任は、家庭の平穏にも繋がる! 母親が暗い顔じゃダメだ‼︎ 絶対にベルマーク係を勝ち取ってやる‼︎
子沢山が双子の側にしゃがみ双子を撫でると、彼らは母親の気迫を感じ取り空気を読んだかのように大人しくなった。決意を新たにした子沢山はユウくんママ同様上履きを脱ぎストッキングを破り、スーツのズボンを捲り上げる。
ユウくんママと子沢山は向かい合って円の中に立った。
「マッスル~スタートゥッッ‼︎」
ぶつかり合い開始の合図が響き、二人は睨み合う。
――さっきの様子を見るに、相手は力で押し切られ敗北した。あの派手な女 (美魔女)のように不可解な技を使っていたようだけれど、威力は小さそうだった……つまり肉弾戦に持ち込めば勝機は我にあり‼︎
子沢山はユウくんママの隙を窺う。
――相手の体格を見るに、接近戦に持ち込まれるとこちらは不利だ。相手の間合いに入らない、中距離からの攻撃が物を言う……つまり私の「はやぶさ」をもっと強化する必要がある!
ユウくんママは先ほど得た、手指を司るマッスルにより旋風を起こす技に、愛息であるユウくんが最も執着している乗り物である新幹線「はやぶさ」の名を冠した。
――「はやぶさ」の射程距離を長くし且つ威力を強める為には……ぶっつけ本番だがひたすら技を仕掛けレヴェルを上げるのみ‼︎
「おおおぉぉおぉおおぉぉ!」
ユウくんママは直ちに高速オイデオイデを開始した。いくつもの旋風が子沢山を襲う。だがやはり眼球表面から涙液を奪う以上の効果は無い。
攻撃中は隙が生じる、今だとばかりに子沢山は目を細めつつユウくんママとの間合いを詰める。だがユウくんママはすかさず左へとかわし、再び「はやぶさ」を発動させた。
――小癪な……なかなかすばしこい女だ。
子沢山が迫る、ユウくんママが彼女を避けつつ技を仕掛ける……。バトルはまたぞろ膠着状態に入った。
――くっ……なかなか「はやぶさ」の攻撃力が上がらない……このままでは体力がジリ貧でさっきの二の舞だ……打開するにはまたアレをやるしか……上手くいくかはわからないけど、一か八かやってみよう‼︎
ユウくんママは目を閉じ、意識を全身のマッスルへと集中させた。
「我が渾身のマッスルよ……我とともに覚醒めたり……我とともに戦闘るべし……」
ユウくんママが唱えると、空を覆っていた分厚い雲は彼方へ高速で流れ去り、春のやや鋭角に射し込む陽射しが講堂内の全てを明るく照らした。同時にマッスルを祝福するファンファーレが天より舞い降り、片付けや掃除に追われていた職員達の鼓膜を震わす。
マッスルの覚醒は次なる覚醒を呼ぶ。雪崩の様に、ドミノの様に。既に覚醒していた手指を司るマッスルに次いで、上腕、肩、胸及び頭部、腹部、腰、上腿、下腿のマッスルが立て続けに覚醒したのである。ユウくんママのマッスルはたちどころに肥大し、束の間光を帯びた。
「くっ……一体何が起きているの⁈」
子沢山はその眩しさにさらに目を細めた。
「凄い……私のマッスル覚醒時とは桁違いだわ……‼︎」
美魔女は先程の旋風攻撃で乱れた髪を直すのも忘れ、ユウくんママに見入っている。
「なんて厳かで気高きマッスル……こんなマッスル、私初めて……」
山道教諭が呆然と呟く。
「何と言ういたわりと友愛……マッスルが心を開いている……」
ユウくんママ達のバトルの行方を追っていた副園長の目は、涙で潤んでいる。
「こんな神々しいマッスル覚醒の瞬間に立ちあえるなんて、マッスル幼稚園副園長冥利に尽きます……」
ついには副園長の頰に一筋の涙が伝った。
「まさかこれまでだとは……‼︎ あの保護者、マッスルの祝福を受けし者だったのね……激レアなマッスル使いよ。私のこれまでの長い人生でも、二人しかお目にかかった事が無いわ……」
何事にも動じないあの園長の唇は、小刻みに震えていた。
マッスルの祝福を受けし者――その肉体は生まれながらにして気高きマッスルを秘め、困難に立ち向かう際に無条件で大きく覚醒する。ユウくんママ自身も生まれてから三十二年の間、全く気付かない事実であった。彼女はこれまで特に山も谷もない人生を歩んで来たのだ。
ユウくんママのマッスルは先の美魔女戦で覚醒の兆しを見せていたのだが、追い詰められた今完全に覚醒したのだった。
ユウくんママは己の勝利を確信した。
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