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覚醒(めざめ)
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大きな雷鳴が轟き、窓を震わせた。
美魔女は既にユウくんママの目と鼻の先まで距離を詰めている。
その時、転んで床に伏したユウくんママの耳は「おかーしゃん」と呼ぶ声を捕らえた気がした。サ行を上手く発音出来ないユウくんの呼び声だ。
ユウくんママの懸念は、係決め以外にもあった。愛息のユウくんの事である。ユウくんは二月生まれで、しかも生まれてからずっと平均より体が小さめだった。
――あの子、泣かずにちゃんと私を待っているだろうか? 先生を困らせていないだろうか? 体の大きなお友だちに耳とかを引っ張られてベソかいてないだろうか? 金持ちのボンボンに、着ている服の安価さを見抜かれ揶揄されていないだろうか?
ユウくんママは小心者であり、尚且つ心配性、それでいて頑固者でもあった。しかしその性分は、結果的に勝負において彼女を有利な方向へと導いた。
――逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……
ユウくんママは体を起こしながら、拳を握り締める。
――早く終わらせて、ユウに会いたい……! それも、絶対に勝って終わらせなければ……‼︎
美魔女は徐々に徐々に近づいて来る。
――私にも、誇れるマッスルの一つや二つあるはず……! 私に出来ること……私のマッスルに出来ること……何か……何か無いか⁈ 考えろ! きっと何かあるはず……。まずは私のマッスルの強みを整理して……、運動はダメ……体育の成績はずっと「2」だった。……そうだ算盤……! 私の唯一の取り柄‼︎
ユウくんママは商業高校出身であり、珠算段位認定試験八段の段位持ちである。
――珠を弾くスピード、集中力……これなら絶対に相手に負けない‼︎ ……でもこれだけじゃダメだ、決定打に欠ける……もっと……もっと……別のマッスルを……
ユウくんママは考え続ける。
――……いや、これでいい……算盤に加え、パズル、プ◯レール、ブロック遊び、ペーパークラフト……
ユウくんママの脳裏には再びユウくんの無邪気な笑顔が浮かぶ。
年齢の割にインドア派のユウくんは、特にプラ◯ール遊びを好んだ。プラレ◯ルの連結部分がユウくんの雑な扱いによって変形し、外れた連結部分を一日に何度も何度も何度も何度も、繰り返し繰り返し連結し直すのがユウくんママの日常であった。
ユウくんママは息子に付き合って手指のマッスルを日々使いこなしているという実績から、ある結論に達した。
「ハァ、ハァ、ハァ……フゥーーッ」
――集中しろ……集中、集中、集中……‼︎
ユウくんママは立ち上がり、目を閉じ息を整えながら美魔女を振り返った。
「あら、やっと観念したのかしら?」
さすがの美魔女も肩で息をしている。
ユウくんママは手のひらや指、手首の動きを司(つかさど)るマッスル――具体的には方形回内筋、円回内筋、回外筋、橈側手根屈筋、尺側手根屈筋、長掌筋、浅指屈筋、深指屈筋、長母指屈筋、長橈側手根伸筋、短橈側手根伸筋、尺側手根伸筋、総指伸筋、小指伸筋、示指伸筋、長母指伸筋、短母指伸筋、長母指外転筋、短掌筋、小指外転筋、短小指屈筋、小指対立筋、虫様筋、背側骨間筋、掌側骨間筋、母指内転筋、短母指外転筋、短母指屈筋、母指対立筋など――を意識し、両の手に力を込めた。
「我が手指を司るマッスルよ……我とともに覚醒《めざ》めたり……我とともに戦闘るべし……」
ユウくんママは口の中でブツブツと唱え、目を開く。そしてキッと美魔女の眉間辺りを睨んだ。
さっきまで雷鳴が響いていたにも関わらず、雲間から射した一条の光がユウくんママを照らす――あたかも舞台に立つ孤高のプリマドンナを照射するスポットライトの如く……。
次いでユウくんママは右手を目の高さまで持ち上げ高速で動かし、オイデオイデの動作をした。この一連の行為は、ほとんど無意識下に行われた。
……すると小さな旋風が巻き起こった。
その瞬間、敵は怯んだ。美魔女のダークブラウンのロン毛がさらりと靡(なび)く。
「ティ・モ・テ♪」
審判の山道教諭は思わず口ずさむ。
――何か知らんけど、つむじ風みたいなのが出た‼︎
ユウくんママは自分の右手を見つめた。
――ふふ、覚醒したようね……。入園面接で、私は保護者の潜在能力も確認してたのよ……。試合中にただオロオロするだけの保護者なんて採らないわ。ここ、マッスル幼稚園に相応しい親子だけが入園を許可されるのよ……。
ステージ上の園長は、ユウくんママの様子を見て満足気に頷いた。
美魔女は既にユウくんママの目と鼻の先まで距離を詰めている。
その時、転んで床に伏したユウくんママの耳は「おかーしゃん」と呼ぶ声を捕らえた気がした。サ行を上手く発音出来ないユウくんの呼び声だ。
ユウくんママの懸念は、係決め以外にもあった。愛息のユウくんの事である。ユウくんは二月生まれで、しかも生まれてからずっと平均より体が小さめだった。
――あの子、泣かずにちゃんと私を待っているだろうか? 先生を困らせていないだろうか? 体の大きなお友だちに耳とかを引っ張られてベソかいてないだろうか? 金持ちのボンボンに、着ている服の安価さを見抜かれ揶揄されていないだろうか?
ユウくんママは小心者であり、尚且つ心配性、それでいて頑固者でもあった。しかしその性分は、結果的に勝負において彼女を有利な方向へと導いた。
――逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……
ユウくんママは体を起こしながら、拳を握り締める。
――早く終わらせて、ユウに会いたい……! それも、絶対に勝って終わらせなければ……‼︎
美魔女は徐々に徐々に近づいて来る。
――私にも、誇れるマッスルの一つや二つあるはず……! 私に出来ること……私のマッスルに出来ること……何か……何か無いか⁈ 考えろ! きっと何かあるはず……。まずは私のマッスルの強みを整理して……、運動はダメ……体育の成績はずっと「2」だった。……そうだ算盤……! 私の唯一の取り柄‼︎
ユウくんママは商業高校出身であり、珠算段位認定試験八段の段位持ちである。
――珠を弾くスピード、集中力……これなら絶対に相手に負けない‼︎ ……でもこれだけじゃダメだ、決定打に欠ける……もっと……もっと……別のマッスルを……
ユウくんママは考え続ける。
――……いや、これでいい……算盤に加え、パズル、プ◯レール、ブロック遊び、ペーパークラフト……
ユウくんママの脳裏には再びユウくんの無邪気な笑顔が浮かぶ。
年齢の割にインドア派のユウくんは、特にプラ◯ール遊びを好んだ。プラレ◯ルの連結部分がユウくんの雑な扱いによって変形し、外れた連結部分を一日に何度も何度も何度も何度も、繰り返し繰り返し連結し直すのがユウくんママの日常であった。
ユウくんママは息子に付き合って手指のマッスルを日々使いこなしているという実績から、ある結論に達した。
「ハァ、ハァ、ハァ……フゥーーッ」
――集中しろ……集中、集中、集中……‼︎
ユウくんママは立ち上がり、目を閉じ息を整えながら美魔女を振り返った。
「あら、やっと観念したのかしら?」
さすがの美魔女も肩で息をしている。
ユウくんママは手のひらや指、手首の動きを司(つかさど)るマッスル――具体的には方形回内筋、円回内筋、回外筋、橈側手根屈筋、尺側手根屈筋、長掌筋、浅指屈筋、深指屈筋、長母指屈筋、長橈側手根伸筋、短橈側手根伸筋、尺側手根伸筋、総指伸筋、小指伸筋、示指伸筋、長母指伸筋、短母指伸筋、長母指外転筋、短掌筋、小指外転筋、短小指屈筋、小指対立筋、虫様筋、背側骨間筋、掌側骨間筋、母指内転筋、短母指外転筋、短母指屈筋、母指対立筋など――を意識し、両の手に力を込めた。
「我が手指を司るマッスルよ……我とともに覚醒《めざ》めたり……我とともに戦闘るべし……」
ユウくんママは口の中でブツブツと唱え、目を開く。そしてキッと美魔女の眉間辺りを睨んだ。
さっきまで雷鳴が響いていたにも関わらず、雲間から射した一条の光がユウくんママを照らす――あたかも舞台に立つ孤高のプリマドンナを照射するスポットライトの如く……。
次いでユウくんママは右手を目の高さまで持ち上げ高速で動かし、オイデオイデの動作をした。この一連の行為は、ほとんど無意識下に行われた。
……すると小さな旋風が巻き起こった。
その瞬間、敵は怯んだ。美魔女のダークブラウンのロン毛がさらりと靡(なび)く。
「ティ・モ・テ♪」
審判の山道教諭は思わず口ずさむ。
――何か知らんけど、つむじ風みたいなのが出た‼︎
ユウくんママは自分の右手を見つめた。
――ふふ、覚醒したようね……。入園面接で、私は保護者の潜在能力も確認してたのよ……。試合中にただオロオロするだけの保護者なんて採らないわ。ここ、マッスル幼稚園に相応しい親子だけが入園を許可されるのよ……。
ステージ上の園長は、ユウくんママの様子を見て満足気に頷いた。
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