13 / 17
ユウくんママ VS 美魔女
しおりを挟む
「ハァ、ハァ、ハァ……」
子沢山は自らの身に何が起きたのか全く理解出来ず、肩で息をし座り込んだまましばらく動けないでいる。
建物の屋根がパタ……パタパタ……と音を立てる。外では雨が降り出したようだ。
「大丈夫ですか?」
山道教諭が子沢山の手を取り起こしてやり、彼女をビニールテープの円から離れた場所へと誘った。
子沢山は再びへたり込み、額に噴き出した大粒の汗が顎を伝い床へと滴る。ベビーバスケットに眠る双子の様子を窺う余裕すら、今の彼女には無かった。
一部始終を目撃したユウくんママの手も、まるで自分が美魔女の攻撃を喰らったかのように汗で湿り気を帯びている。相変わらずの姿勢の良さで水筒を傾けホットジンジャースムージーを飲んでいる美魔女を、ユウくんママは俯いたままチラリとうかがった。
――あの不可解な技を自分も受けなければならないのか……? 私なんかが太刀打ち出来るのか……?
「さぁ、次の取り組みに参りましょうか」
山道教諭がユウくんママを見て言った。子沢山の様子を考慮し、次はユウくんママと美魔女がぶつかり合う事となった。
「……はひ」
何とか立ち上がりながら、ユウくんママの喉はもはやカラカラだ。声が裏返ってしまったが羞恥の感情さえ湧き上がらない。
円の中にて向かい合う二人の構えは対照的である。美魔女は天井から糸で吊るされたかの如くその背筋をスッと伸ばしているのに対し、ユウくんママは完全に芋を引いている。
「大丈夫、さっきみたいに直ぐ終わらせてあげるから」
美魔女が自信たっぷりに囁いた。
「マッスル~スタートゥッッ‼︎」
ユウくんママには、山道教諭の合図が死刑の宣告に聞こえた。
――「刮目効果」‼︎
美魔女が早速技を仕掛けてくるが、ユウくんママの動きは止まらなかった。フェイス用シェイバーだのスクリューブラシだのアイブロウパウダーだの言う、呪文の様な美眉メイク道具で整えられた一本の乱れもない眉を美魔女はひそめる。
――「刮目効果」が効かない⁈
ユウくんママは人の目を見る事を不得手としていた。それが功を奏し、「刮目効果」が現れなかったのである。
しかし美魔女が動揺したのもつかの間だった。何しろ彼女はユウくんママより十年も長くこの世知辛い世の中を生きているのだ。さらに、長く苦しい婚活は彼女に様々なもの――例えば度胸や、突発的に生じた物事を臨機応変に対処する能力――を授けたのである。
「ほら、私を見て。じっと見て。私みたいに綺麗になりたくなぁい? あなた、絶対に化粧映えすると思うのよねぇ。眉を整えて、眼鏡も外してしまいましょ。チークはそうね、あなたみたいなブルーベースタイプには、可愛らしいベビーピンクなんてどうかしら……」
美魔女はユウくんママへじわりじわりと詰め寄る。
――怖い……。
ユウくんママは目を背けつつ思わず後じさりするが、このままでは円の外へはみ出てしまう。
「……髪もほら、そんな真っ黒な色じゃ重たいでしょう。明るくして前下がりのパーマボブにして……すっごく似合うと思うわよ。私の行きつけの美容院、紹介してあげようか?」
美魔女の言葉は催眠術の様にユウくんママの視線を美魔女の目に固定させ、とうとうユウくんママは技に掛かってしまった。
「うぅっ‼︎」
ユウくんママの動きが止まる。しかし美魔女の手が触れる直前、なんとか技を解き美魔女の手を右に避けた。
どういうこと? 技の解除がやけに早いわ……
人の目を見るのが苦手なユウくんママは、面積の極端に小さい美魔女の白眼部分を凝視したのである。その為完全には動きを封じられなかった。
――……とにかく逃げろ!
ユウくんママはひたすら円内を、美魔女の手から逃れようと駆け出した。それを美魔女が悠然と追いかける。ユウくんママは積極的に攻撃を仕掛けて来ない、そう美魔女は踏んでいた。
――逃げろ、逃げろ……!
ユウくんママは円周に沿ってグルグルとひた走る。だがすぐに息が上がってしまった。美魔女が常日頃からジムでマッスルを鍛えているのに対し、ユウくんママの毎日の運動と言えばスーパーや公園への往復くらいである。二人の体力の差は歴然であった。加えてユウくんママの服装はスカートスーツであり、可動性の面でも圧倒的に不利なのだ。
「何故逃げるの? 恥ずかしがらずにこっちを見なさいよ」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息を切らし顎を出し、ユウくんママのスタミナはもはや、ほとんど空だ。その一方で美魔女はこの円運動を楽しんですらいた。彼女は恋愛においても、追われるよりも追う方を好んだものである。
「いつまで逃げるのかしら? 早く楽になりましょうよ」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
しかし二人の追いかけっこはなかなか終わらない。美魔女のこの様な執念深さは、婚活を長引かせた要因でもある。
――長い。早くしてくれないかなぁ……職員室に戻って、彼からのラインをチェックしたいんだけど。
審判の山道教諭は欠伸をかみ殺す。
「なんて恐ろしい……私とは相性の悪いマッスル使いだわ……園長、もう見ていられません、可哀想過ぎます‼︎」
戦況を見守っていた、接近戦型のアマチュア・ボクサー時代に相手の目を射るように睨む事で「リング上の猛禽類」と称されていた副園長が叫ぶ。
「まぁ見てなさい。今に分かるわ……」
園長は意味深に微笑んだ。
「あっ……‼︎」
とうとうユウくんママは足をもつれさせ転んでしまった。その背後に美魔女の影が忍び寄る……。
窓の外では心なしか雨足が強くなってきたようだ。
子沢山は自らの身に何が起きたのか全く理解出来ず、肩で息をし座り込んだまましばらく動けないでいる。
建物の屋根がパタ……パタパタ……と音を立てる。外では雨が降り出したようだ。
「大丈夫ですか?」
山道教諭が子沢山の手を取り起こしてやり、彼女をビニールテープの円から離れた場所へと誘った。
子沢山は再びへたり込み、額に噴き出した大粒の汗が顎を伝い床へと滴る。ベビーバスケットに眠る双子の様子を窺う余裕すら、今の彼女には無かった。
一部始終を目撃したユウくんママの手も、まるで自分が美魔女の攻撃を喰らったかのように汗で湿り気を帯びている。相変わらずの姿勢の良さで水筒を傾けホットジンジャースムージーを飲んでいる美魔女を、ユウくんママは俯いたままチラリとうかがった。
――あの不可解な技を自分も受けなければならないのか……? 私なんかが太刀打ち出来るのか……?
「さぁ、次の取り組みに参りましょうか」
山道教諭がユウくんママを見て言った。子沢山の様子を考慮し、次はユウくんママと美魔女がぶつかり合う事となった。
「……はひ」
何とか立ち上がりながら、ユウくんママの喉はもはやカラカラだ。声が裏返ってしまったが羞恥の感情さえ湧き上がらない。
円の中にて向かい合う二人の構えは対照的である。美魔女は天井から糸で吊るされたかの如くその背筋をスッと伸ばしているのに対し、ユウくんママは完全に芋を引いている。
「大丈夫、さっきみたいに直ぐ終わらせてあげるから」
美魔女が自信たっぷりに囁いた。
「マッスル~スタートゥッッ‼︎」
ユウくんママには、山道教諭の合図が死刑の宣告に聞こえた。
――「刮目効果」‼︎
美魔女が早速技を仕掛けてくるが、ユウくんママの動きは止まらなかった。フェイス用シェイバーだのスクリューブラシだのアイブロウパウダーだの言う、呪文の様な美眉メイク道具で整えられた一本の乱れもない眉を美魔女はひそめる。
――「刮目効果」が効かない⁈
ユウくんママは人の目を見る事を不得手としていた。それが功を奏し、「刮目効果」が現れなかったのである。
しかし美魔女が動揺したのもつかの間だった。何しろ彼女はユウくんママより十年も長くこの世知辛い世の中を生きているのだ。さらに、長く苦しい婚活は彼女に様々なもの――例えば度胸や、突発的に生じた物事を臨機応変に対処する能力――を授けたのである。
「ほら、私を見て。じっと見て。私みたいに綺麗になりたくなぁい? あなた、絶対に化粧映えすると思うのよねぇ。眉を整えて、眼鏡も外してしまいましょ。チークはそうね、あなたみたいなブルーベースタイプには、可愛らしいベビーピンクなんてどうかしら……」
美魔女はユウくんママへじわりじわりと詰め寄る。
――怖い……。
ユウくんママは目を背けつつ思わず後じさりするが、このままでは円の外へはみ出てしまう。
「……髪もほら、そんな真っ黒な色じゃ重たいでしょう。明るくして前下がりのパーマボブにして……すっごく似合うと思うわよ。私の行きつけの美容院、紹介してあげようか?」
美魔女の言葉は催眠術の様にユウくんママの視線を美魔女の目に固定させ、とうとうユウくんママは技に掛かってしまった。
「うぅっ‼︎」
ユウくんママの動きが止まる。しかし美魔女の手が触れる直前、なんとか技を解き美魔女の手を右に避けた。
どういうこと? 技の解除がやけに早いわ……
人の目を見るのが苦手なユウくんママは、面積の極端に小さい美魔女の白眼部分を凝視したのである。その為完全には動きを封じられなかった。
――……とにかく逃げろ!
ユウくんママはひたすら円内を、美魔女の手から逃れようと駆け出した。それを美魔女が悠然と追いかける。ユウくんママは積極的に攻撃を仕掛けて来ない、そう美魔女は踏んでいた。
――逃げろ、逃げろ……!
ユウくんママは円周に沿ってグルグルとひた走る。だがすぐに息が上がってしまった。美魔女が常日頃からジムでマッスルを鍛えているのに対し、ユウくんママの毎日の運動と言えばスーパーや公園への往復くらいである。二人の体力の差は歴然であった。加えてユウくんママの服装はスカートスーツであり、可動性の面でも圧倒的に不利なのだ。
「何故逃げるの? 恥ずかしがらずにこっちを見なさいよ」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息を切らし顎を出し、ユウくんママのスタミナはもはや、ほとんど空だ。その一方で美魔女はこの円運動を楽しんですらいた。彼女は恋愛においても、追われるよりも追う方を好んだものである。
「いつまで逃げるのかしら? 早く楽になりましょうよ」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
しかし二人の追いかけっこはなかなか終わらない。美魔女のこの様な執念深さは、婚活を長引かせた要因でもある。
――長い。早くしてくれないかなぁ……職員室に戻って、彼からのラインをチェックしたいんだけど。
審判の山道教諭は欠伸をかみ殺す。
「なんて恐ろしい……私とは相性の悪いマッスル使いだわ……園長、もう見ていられません、可哀想過ぎます‼︎」
戦況を見守っていた、接近戦型のアマチュア・ボクサー時代に相手の目を射るように睨む事で「リング上の猛禽類」と称されていた副園長が叫ぶ。
「まぁ見てなさい。今に分かるわ……」
園長は意味深に微笑んだ。
「あっ……‼︎」
とうとうユウくんママは足をもつれさせ転んでしまった。その背後に美魔女の影が忍び寄る……。
窓の外では心なしか雨足が強くなってきたようだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ゼンタイリスト! 全身タイツなひとびと
ジャン・幸田
ライト文芸
ある日、繁華街に影人間に遭遇した!
それに興味を持った好奇心旺盛な大学生・誠弥が出会ったのはゼンタイ好きの連中だった。
それを興味本位と学術的な興味で追っかけた彼は驚異の世界に遭遇する!
なんとかして彼ら彼女らの心情を理解しようとして、振り回される事になった誠弥は文章を纏められることができるのだろうか?


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる