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マッスル開始

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 結局はどの係も話し合いでは決着を見ぬまま五分が経過した。初めは解決の糸口を探し論じ合っていた保護者達は、二分も経つと皆貝の様に押し黙りただ時間が流れ去るのを待つばかり。

 花曇りの空からは窓を通して薄ぼんやりとした光が講堂内に射し込み、保護者らの陰鬱な雰囲気に拍車をかけているようだ。

「それでは定員割れしているバザー係と運動会係、それにクラス係の皆様は係決定と致しますので、お帰りになられても結構です。お子様を一階の教室に迎えに行かれて下さい」

横尾教諭がそう声を掛け、数名の保護者が帰り支度を始める。

「残りの皆様にはこれから希望の係を懸けたマッスルのぶつかり合いをして頂くのですが、まずルールを説明致します」

 いよいよか……保護者達の顔には後戻り出来ぬという少しの後悔や絶対に負けないという決意の表情が浮かんだ。

「直径4.55メートルの円内でマッスルをぶつけ合って頂きます。制限時間は無し、円外の床に身体のどこかが接触した時点で負けと致します。武器の使用は認めません。途中で棄権する事も可能ですが、つまりそれは希望の係の変更へと繋がります」

 ユウくんママは講堂の床を見た。今まで意識しなかったが、あちこちにビニールテープで土俵程の大きさの円が描かれているのである。

 横尾教諭がルール説明を続ける。

「ただし、相手に怪我をさせたら即失格と致します。皆様は相手を思いやる、慈愛に満ちたマッスルでぶつかり合って下さいますようよろしくお願いします。大切なお子様に恥じない様なマッスルでもってお望みの係を勝ち取って下さい。尚、男性と女性のぶつかり合いでは、ハンデとして相応の重りを男性側に装着させて頂きますのでご了承下さい。各係ごとに職員一人が付いて進めて行きますので、協力の程よろしくお願い致します」

 教諭は最後に頭を下げ、締めくくった。

 ユウくんママと子沢山は極端な猫背の姿勢で膝の上に置いた両のこぶしを見つめている。それらは恐怖や不安により小刻みに震えていた。

――何なんだ、マッスルのぶつかり合いって……。一体どうすりゃいいんだ……。

 ユウくんママと子沢山は今更ながらマッスル幼稚園を選択した事を後悔していた。両者の額にはまだ四月だと言うのにいくつもの脂汗が滲んでいる。

 美魔女は一人、余裕の表情だ。彼女は自身の勝利を予感しローズピンクの唇に笑みを浮かべた。

 職員がパイプ椅子を隅に片付け始め、一つの影がベルマーク係希望の三人へと音もなく近付く。三人はハッと顔を上げた。

「ベルマーク係のマッスルぶつけの担当をさせて頂きます山道です」

 幼稚園教諭二年目の愛くるしい容姿の山道教諭であった。

「希望者が三人ですので、総当たり戦を行いましょう。三試合で全ての決着がつく計算となります。早速始めましょうか」

 三人はぐっと拳を握りしめた。
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