マッスル幼稚園ひらめ組役員決め

たんぽぽ。

文字の大きさ
上 下
8 / 17

子沢山

しおりを挟む
「それでは、他の係の決定を行いたいと思います」

 進行役の横尾教諭が再び話し出したその時、幼子の泣き声が保護者達の緊張で張り詰めた講堂の空気をつんざいた。

「あの、すみません。オムツ替えてきてもいいですか?」

 幼子二人を両脇に抱えたぽっちゃりとした女性が、側に控えていたひらめ組のもう一人のクラス担任、山道教諭に質問した。

「もちろんです。私がお一人をみておりますから、どうぞ行ってきて下さい」

 山道教諭が言うと、女性は「すみません、直ぐに戻って来ますから」と早口に言い、幼子の片方を山道教諭へ託し、もう一方の幼子とオムツ替えセットの入った大きなリュックを抱え講堂出口へと駆け出した。

 講堂内にはユウくんママ同様スーツ姿で不安げにキョロキョロしている人物が数人いたのだが、彼女もその一人である。

 膨張色であるピンクのスーツは彼女のBMI26の体形をさらに太めに見せていた。白髪混じりのひっつめ髪に化粧もおざなり、昔買ったパツンパツンのピンクのパンツスーツを着て、疲労の色濃く目の下には青黒いクマがくっきりと見える。

 それもそのはず、彼女のここ一年の睡眠時間は平均して約3時間半。実家や夫の実家は事情あって全く頼れず夫も激務な上非協力的、ほとんど一人で家事育児をこなしてきたのだ。

  彼女は4人の子持ちである。すなわち小学3年生の長女、3歳の次女、その下の1歳の双子の男児の4きょうだいだ。

 2019年の合計特殊出生率が1.36である事から、彼女を「子沢山」と呼んでも差し支えないであろう。実は子沢山夫婦の当初の計画では子どもは2人にするつもりだったのだが、次女を出産して間も無く思いがけず妊娠し、さらに予想外な事に多胎妊娠が判明したのだった。
 
 子沢山夫婦は家族が増えるにあたりローンを組んでミニバンを購入したのだが、ペーパードライバー歴の長い彼女が事故を起こさず運転できる大通り沿いにあるのはこのマッスル幼稚園だけであった。

 さらに、「弁当の日」が無く毎日給食が提供されるのもありがたい。何がなんでも娘をこの幼稚園に入園させたかった。しかしここまでマッスルに特化しているとは想像だにしていなかった。育児に追われ、子沢山も園の保護者会の情報までは入手出来なかったのである。クラス係の自己紹介を聞きながら、子沢山の顔面もユウくんママと同じく青ざめていた。

 子沢山が考えるに、一番負担が少なそうな係はベルマーク係であると思われた。かなり前から予約しておけば、双子は一時保育に預ける事が可能だろう。子沢山の住む地域は子育て世帯が多く待機児童が100人を越えており、一時保育やファミリーサポートも予約待ち状態、本日は双子を入園式に連れてこざるを得なかったのだ。

「ママ、もうすぐ帰ってくるよ~」

 山道教諭の腕の中から抜け出し母親を懸命にハイハイで追いかける幼児を、山道教諭はマカロンでもつまむ様に片腕でヒョイと抱え上げあやしている。

 山道教諭は音大出のお嬢さんである。長い栗色の髪を頭上で饅頭まんじゅうの如く束ねており、うなじの後れ毛も色っぽい。平行二重の垂れ気味なアーモンドアイが見るものに癒しを与える可憐な容貌をしている。園長とは対照的に、華奢な中に秘めたる熱きマッスルの持ち主で、趣味はパッチワーク、特技は超絶技巧曲弾き語りである。

 その容姿ゆえにあまりにも頻繁に痴漢被害やストーカー被害に遭ってきた為、中学時代に自らの身を守ろうと合気道を始めた。その過程でマッスルに目覚めたのである。

 彼女は音大在学中にバイオリン専攻の男と交際していたが、男の浮気発覚の際、彼を投げ飛ばし学食の窓二枚を破壊した為に「幼児教育学科の裏番」の名をほしいままにした怪力女であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ゼンタイリスト! 全身タイツなひとびと

ジャン・幸田
ライト文芸
ある日、繁華街に影人間に遭遇した! それに興味を持った好奇心旺盛な大学生・誠弥が出会ったのはゼンタイ好きの連中だった。 それを興味本位と学術的な興味で追っかけた彼は驚異の世界に遭遇する! なんとかして彼ら彼女らの心情を理解しようとして、振り回される事になった誠弥は文章を纏められることができるのだろうか?  

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...