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マッスル・ザ・パフォーマー

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 園長が副園長に目配せすると、副園長はキャスター付きのホワイトボードをゴロゴロと転がして園長の背後に置いた。それには彼女のマッスル同様強靭きょうじんでしなやかな字でこう書いてあった。


・本部役員(保護者会会長1名・副会長2名・書記2名・会計3名)……選任済

・クラス係……3名

・巨大かぼちゃ収穫遠足係……4名

・バザー係……4名

・お遊戯会係……7名

・運動会係……7名

・餅つき係……3名

・ベルマーク係……2名


 保護者一同はホワイトボードに見入り、園長はその様子をしばらく観察した後口を開いた。

「まず、保護者会の会長・副会長・書記・会計は年中組及び年長組の保護者様より既に選出済みです。ですから年少組さんの保護者様が受け持つのは、クラス係以下7種類ある係の内のいずれかという事になるのです。皆様には基本的に一人一役を担って頂きます」

――来たか。

 保護者達の顔に緊張の色が走る。

 すると、あちらこちらから様々な言い訳が飛んだ。

「うち、下に小さい子がいるから……」
「共働きだから……」
「私、妊娠中で……」
「旦那と離婚調停中で……」
「姑がいぼ痔で……」

 それを聞いた園長は仁王立ちしたままの姿勢で、右の拳を振り上げホワイトボードをダン! と叩いた。ホワイトボードはステージの上空、高く設計された天井スレスレまで吹っ飛び、落下と共に大破した。あらゆる格闘技に精通しマッスルを極めた園長の怪力のなせる技だ。

――貴様もこのホワイトボードのごとく粉砕されたいのか

 園長の、衝撃による摩擦で煙を上げている拳のマッスルはそう語っていた。

 マッスルに物を言わせた行動を目にした保護者達は固唾を飲み、講堂全体が静まり返った……かに思えたが、この一連の流れは毎年恒例のパフォーマンスであり、先の言い訳は歌舞伎における掛け声の様なものである。実際これを楽しみに入園式に参加する保護者も多い。

 壁際に待機している副園長(50)は内心ため息をつく。

――まぁたホワイトボード発注しなきゃ……。どうも園長は自分に酔っているところがあるんだよな。大破したホワイトボードを処分する身にもなって頂戴よ。粗大ゴミとしてゴミ処理センターまで軽トラで持っていかなきゃならないんだから……。そもそもボードが勿体無いから、来年からはもうそこら辺の岩石を拳で粉砕するくらいでいいんじゃないの?

 副園長は外見こそそこら辺のスーパーで特売品を漁っていそうな中年女性だが、アマチュア・ボクシング女子フライ級の選手としてオリンピックを目指した過去を持つ彼女は、独走しがちな園長を上手に諌め尚且なおかつ部下達を一つにまとめ上げる、マッスル幼稚園のかなめである。

 園長は続ける。

「我が園は皆様を平等に扱おうと決めております。つまり、いかなる家庭の事情があろうとも何の役も引き受けないなんていう事は有り得ないのです。役の決定はまずマッスル抜きでの話し合いにより行おうと思うのですが、それでも決定がなされない場合はマッスルによる話し合い――つまりマッスルのぶつかり合いをして頂きます」

 園長は保護者席をねめまわした。

「ここから先は各クラスの担任に進行を任せたいと思います」

 最後に彼女は厳かにそう言って深々と礼をした。
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