人魚と若者

たんぽぽ。

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人魚と若者

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海の奥底に、人魚の村があった。

村の外れに一人の娘が住んでいた。美しい、人魚の娘であった。

ある時、娘の父親は病に倒れた。治る見込みのない病だ。医者もさじを投げてしまった。

父親の他に身寄りがない娘は、医者の尾鰭おひれに泣いてすがった。

――どうかどうか父を治して下さい。その為ならば何でもいたします。

医者はむせび泣く娘を不憫ふびんに思い、こう言った。

――そんなに父親が大切ならば、手立てが無いわけではない。海の上には「人間」という、我々に似るがひれのない生き物がいる。人間のきもを取ってきて、父親に食べさせなさい。そうすれば彼は助かるだろう。

人魚の娘は看病の合間に海の上へ出るようになった。




ある海辺に、小さな村があった。

村の外れに一人の若者が住んでいた。優しくたくましい若者であった。

ある時、若者の母親は病に倒れた。治る見込みのない病だ。医者も匙を投げてしまった。

母親の他に身寄りがない若者は、見舞いに来た村のおさに尋ねた。

――母はどうにかなりませんか。その為ならば何でもいたします。

村の長は這いつくばって頭を下げる若者を不憫に思い、こう言った。

――そんなに母親が大切ならば、手立てが無いわけではない。海の底には「人魚」という、人に似た鰭のある生き物がいる。人魚のきもを取ってきて、母親に食べさせなさい。そうすれば彼女は助かるだろう。

若者は看病の合間に海へ潜るようになった。




何百回目かに海に出た時、若者は水面から突き出た女の姿を見た。

夕日を浴びるそれは彼の目に、これまでに見たどんな物よりも美しく映った。この世の物でないと感じられるほどに。

――これが人魚に違いない。

人魚は船の上の若者の姿を見上げた。

夕日を背負い大きな影となったそれは人魚の目に、これまでに見たどんな物よりも恐ろしく映った。この世の物でないと感じられるほどに。

――これが人間に違いない。

先に動いたのは若者だ。彼はモリを人魚に向け突き出した。モリは人魚の脇腹に突き刺さる。

人魚も負けじとモリを引き、若者を海に引きずり落とした。そして父親の為と、必死に海の底へ引っ張り続けた。

若者も母の為と、決してモリを離さなかった。




人魚の赤い血が海全体を染める頃。人魚の村と海辺の村で、娘の父と若者の母もひっそりと息を引き取った。

月の綺麗な夜だった。
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