私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

文字の大きさ
上 下
162 / 169
生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

旅立ち

しおりを挟む
 リシャールの修道院訪問事件によって、マリーは修道女でありながら修道院に結婚を許された。

 結婚を認められたリシャールはその瞬間、ソファに座るマリーをひょいっと肩に荷物のように担ぎ上げた。

「マリーをどこに連れて行くんだ!」

 ユートゥルナは唖然とした。
 そしてマリーは逃げる暇などなく、修道院の前に用意されていた馬車に乗せられ、可憐に攫われるように修道院を後にしたのだ。
 それはもはや、人攫い顔負けだった。
 彼にはやはり……そういう才能があった。

 もちろん、ユートゥルナはその逃亡を魔法で止めようした。
 しかし、その前に彼はリシャールに魔法封じをされなす術もなく、結果その場に立ち尽くした。

 王子相手に『神』は何も出来なかったのだ。
 彼が言葉をなくすのも無理はなかった。

「僕より魔法上手じゃないか……」

 ユートゥルナは独り言のように呟いて、拳を握りしめた。

 ちなみに、現ユートゥルナである彼は、教会で育てられた孤児だった。
 そんな彼は病弱な神父の善意で育てられた。
 親代わりの神父が亡くなった時に、偶然女神の朧げな記憶と驚異的な魔法を修道院に見いられ、神になったのだ。

 何故なら、あの時彼以外、神になり得る人物が名乗り出なかったからだ。

 もし、あの時リシャールが名乗り出たら、今の彼はいなかった。
 親のいない子どもは犯罪者に目をつけられるかもしれないし、まともな暮らしもできない。
 運良く良心的な孤児院でも我慢を強いられる暮らしであるのが現状だ。
 彼は、神でなければ今頃どうなっていたかわからない。

「僕の負けだなぁ……参ったな。失恋したのに、あの王子様を恨めないや」

 ユートゥルナは暫く俯いていた。

「神なんていないのに、何が神だ。馬鹿みたいだなぁ」

 彼は、いかに今までリシャールに助けられていたか感じ、完璧な敗北に同意して、マリーたちが消えた先の回廊をただぼんやりと見つめた。


********


 一方、部屋に残されたフレッドは上機嫌だった。

「やっぱり殿下は凄いや、うん、迷いのない所がいいね! 殿下たちを見ていると『今を生きてる』感じがするから好きだわ」

 フレッドは誰もいなくなった部屋で満足そうに声を上げて笑った。
 そして彼は、その足で同僚であるマリアの部屋を訪ねてお別れを言いに行った。

 今までゾンビ同然の自分なんかを普通の人間の様に扱ってくれたマリア。
 フレッドは、彼女にこれまで『友達として扱ってくれてありがとう』とお礼を言いたかったのだ。

 もうフレッドは、生涯修道院に足を踏み入れる事はない。

 マリーがリシャールと結婚する事になった今、それが明確になったのだ。
 だから最後にお世話になった友人に一言言いたい気持ちは死人である彼にもある温かい気持ちだった。  

 フレッドがドアをノックすると、部屋から出てきたマリアは首を傾げた。

「フレッドが部屋まで来るなんて珍しいわね。そういや、マリーはどうしたの? ミサもお開きだし、王子様はやってくるし、もうわけがわからないわ、あたし」
「マリーなら王子様とめでたしめでたしだよ」
「あら、ハッピーエンドって事? はぁー。あたし、マリーと田舎でカフェ開きたかったのに残念だわ」

 フレッドはマリアの部屋に入り、事情を話した。

 マリーがリシャールと結婚することや、自身も修道院を辞めること、そして以前任務で片腕を切られたフレッドの動く手を気持ち悪がらずに拾ってくれたお礼も言った。
 ゾンビだと言う事に差別しなかったマリアはフレッドにとってかけがえのない人だから。 

 フレッドは寂しさを感じながらも言った。

「じゃあさようなら、マリアちゃん」
「ふぅん。まぁいいわ。あんたに修道士なんて似合わなかったし。でも、ちょっと待って!」
「うん? なに? お別れのキスかな」
「まさか! やっぱりあんたの頭腐ってるんじゃないの。その天才王子様に頭は治してもらえなかったのかしら。はぁ」

 するとマリアは部屋の奥に入って行き、貯金通帳を開いてフレッドに言った。

「あんた、いくら持ってる?」
「え、いくらってまぁ一軒家くらいは建てれるくらいは……っていうかマリアちゃんも結構貯金したね。おれに何でも奢らせるし、部屋着はぼろぼろだし、金に汚いし、ケチだと思っていたけど……」

 フレッドはマリアの貯金通帳の額に慄いた。
 それは田舎なら豪邸を建てれる額だった。
 マリアは淡々と言った。

「私も修道院辞めるの。お金も溜まったし、田舎で宣教師しながらカフェでもしようと思って。よかったらあんたも来る?」
「は? おれが?」
「あんた、どうせ暇でしょう。マリーの代わりよ」
「代わりって……」

 マリアはどこまで知っているか分からないが、マリーが結婚してしまった以上、お目付け役のフレッドは修道院に居場所がない。

 かと言って死人である彼は年もとらないため今更王都に帰ったところで化け物扱いだ。

 フレッドは思いがけない誘いに、首を縦に振った。

「なに泣いてるのよ。あんた何させても器用だし、本当にマリーの代わりだから恩義なんていらないわよ?」

 マリアは相変わらず素っ気ないニコリともしない顔だったが、フレッドは思いがけない誘いに涙を拭って、笑い顔を作った。

「今日は、いい日だね」


********


 攫われたと言っても過言でないマリーはいきなり馬車という密室、つまりあまりの事態に身を震わせた。

 今から何をされるんだろうと。

 馬車は物凄い速度で走り出した。
 もう修道院が遥か遠くに米粒のように小さくなっている。

「どこに行くのでしょう……?」
「王都に帰る」
「私の荷物は……? ほら、服とか着替えなくてはいけませんし……」
「服なんていらない」
「まさかリシャール様、王都につくまで私に裸でいろと……! いくら最近温かいからってそれはあんまりですよっ」

 マリーは青ざめて言った。そして、リシャールに必死に抗議した。

「もう外に出れないじゃないですか! 王都まで10日もあるんですよ……馬車の中に監禁なんてひどいです!」
「馬鹿か」

 リシャールは呆れた顔でマリーに積んであった箱を指差した。
 マリーはそれを開くと一通りの女物の衣類や日用品が入っており安堵した。

「よかった……着替えがある!」
「変な小説の読みすぎだ。何を想像しているんだ、まったく……。きみの私に対するイメージはどうなっているんだ」
「だって、リシャール様は、その……いやらしいから」
「はっきり言うな」

 そして、リシャールは胸を撫で下ろすマリーに淡々と地図を広げてこれからの道順を説明した。

「この機会に各地の偵察と、領主に結婚報告をする」

 その地図には各地の巡回ルートと日程が記載されていた。 
 




 このようにして、マリーの着替えすら準備バッチリなリシャールにマリーは連れ去られるように旅に出た。
 リシャールとともに、国内を回りながら王都へ帰る事になったのだ。

 マリーは、はじめは急な展開に動揺したが、順応性の高い能天気なマリーは初めての地で挨拶周りと訪問という軽い公務をこなしながら婚前旅行を楽しんでいた。

 その際、国境付近のマリーの実家にも寄り、結婚の報告をした。
 もちろん両親はマリーたちを暖かく迎えてくれた。 

 結婚の報告をすると、マリーが修道女になって娘を亡くしたも同然だと思っていた両親は泣いていた。

「お父様……?」

 マリーは初めて父が涙を流した姿を見た。

 父は、嗚咽を漏らしながら、言った。

「私たちは屋敷が火事になり、聖女に救われた事もあったし、ローゼが彼女に憧れている気持ちを尊重したかった。親として……エマ、いやリシャール様には今でも感謝が絶えないよ。私たちの子どもを2人も救ってくれたからね。でも、ローゼが修道院に入る事は、親としてはつらかった。神の修道女になるということは俗世とは離れて生涯過ごすことになるし、本当は……ローゼに結婚して、子どもがいて、ふつうの幸せを望んでいたからね。修道院に入る事はローゼの望んだ事と思っていたから止めれなかった。でも……やっぱり、今、娘が結婚してくれると嬉しいよ」

 その思いがけない発言にマリーは胸が熱くなったのを覚えている。 

 そしてその後リシャールは家族との時間を大切にするように言ってしばらく領地に滞在してくれた。

 リシャールは、マリーの両親が王都にいつでも泊まれるように屋敷の手配もしてくれたし、領地のパーティにも快く参加してくれたのだ。今まで公式の場に出ないような人が、だ。

 リシャールは家族との時間の大切さが分かっているようでーー彼の母はもういないしーー両親にも弟にも随分優しくしてくれたのが嬉しかった。

 ただ、エマを女だと信じていたライアンは「初恋が男なんて僕は今後どうすればいいんだ……!」と叫び、失恋したようだったが(リシャールが申し訳ない顔をしていたのが印象的だった)。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。

BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。 何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」 何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

処理中です...