私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

告白②

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「え、ちょっと意味がわからないんだけど……?」

 ユートゥルナが声を漏らした。
 リシャールは少し俯きながら、目を伏せて言った。

「ローゼは修道女としての活動が気に入っているようだし、続けたらいい。あんまり……相手の行動を制限するのは良くないことに気づいたんだ。制限するから、逃げられるんだと。それに最近は職業や宗教は夫婦間環と言えど、個人を尊重する時代だからな。人権というものだ。ただ、私と結婚するならという条件付きだがな」

 ユートゥルナは納得のいかない顔で、腕を組んだ。
 やや呆れたような声音で、諭すようにリシャールに言う。

「ちょっと君ね、マリーと結婚したいんだろう? こう言うのもあれだけど、修道女は結婚できないんだよ。常識的にね」
「戸籍上はもう婚約している」
「それ、違法だからね。婚約を含めて結婚っていうのは、紙切れ一枚の問題じゃないんだよ? 教会で誓わなきゃね、それは夫婦じゃない。婚約者でもない、赤の他人だよ。『神の祝福なしの結婚』は、この国では結婚じゃない。君のやっている事は社会の決まりを無視した一人芝居さ。伝統はすぐには返れないんだよ」

 ユートゥルナは正論過ぎた。

 リシャールのやっていることはかなり性急で、マリーのストーカー行為の延長で、王族の権力を行使だ。

 リシャールはマリーの同意を得ずに、身分も常識も全部無視して結婚をしようとしているのだ。
 世の中の常識から逸している行動は認められるわけがないのに。

 しかもリシャールは国を担う王子なのに、修道女を愛してしまい諦めきれず、修道院に乱入。
 マリーを犯罪者顔負けの技量で部屋を見つけ出し、連れ去らんばかりの勢いだ。

 常識人であるユートゥルナからして見れば、信じられない話であり、憤りを通り越して、最早呆れも色も滲ませていた。

 ユートゥルナ自身、様々な流刑犯罪者を引き取る事もあるが、目の前の王子であるリシャールは一番盲目的で、説得に時間がかかる人物だと感じていた。

 そう。下手な犯罪者よりタチが悪いのだ。
 ユートゥルナは、そんな聞き分けの悪いリシャールにゆっくりと語り出した。

「泉の神について、いや我が国の信仰について恐ろしいくらい知識が不足している君に教えてあげるよ。大丈夫、今まではわからなかったかも知れないけど、今日は少しでも信仰について知って帰ればいいよ」
「お前こそ私を馬鹿にしてるのか? 修道院についてはいやと言うほど知っている」
「まぁいいからよく聞いてよ、王子様。まず、修道女が結婚できないのはね、『人』ではなくて『神の持ち物』だからだよ。ここ、大事なポイントね」

 ユートゥルナはまるで講義のような口調で語り出した。

 魔法でステッキを出して、それを振り、棚から一冊歴史の宗教学の本をリシャールの前に転移させた。
 ぱらぱらとその本がひとりでに開き、修道女について書かれたページになる。
 ユートゥルナはその本をステッキで指差した。

「人間の、結婚だの家族だの結びつきを放棄して信仰に生きる覚悟を持った人が修道女だからね。だから、そこらの神父や信者とは大きく違う。思いの丈が一般人とは違うんだ。生半可な気持ちじゃなれないんだよ。その歴史や功績も多い。国境の結界が主な例かな。彼女たちは人生をかけてこの修道院に尽くし、そしてーー」
「×××年5月×日。ああ今日は雨だ。まだ5月なのになぁ。最近の季節は早足のようで、私に冷たい。空も風も星もみんな私にそっけない気がする。当然、祈りにも身が入らない。信者には悪いけど、私は何のために祈り、生きているのか疑問に思うときもある」
「え、ちょっとそれ……先代ユートゥルナの……!」

 先程とは打って変わってステッキを床に落として戸惑うユートゥルナをよそに、リシャールはまるで暗記しているかのように字一句正確に発音した。

 ユートゥルナはごくりと生唾を飲んだ。 

 信じられない光景を目の当たりにしているように目を見開いていた。

 一方のリシャールは、美しい声で語るように話した。
 落ち着いたよく響く声はどこか哀愁を帯びて部屋に広がった。

「明日、私はあの人に別れを告げに行く。もうそんなに時間が経っていたようである。出会ってから今の今まで一瞬だった。悲しくて悲しくて仕方がない。だけど、しっかりお別れをしなきゃならない。しなくないのに、お別れすると決めたのは、私。国の為に、彼のために。世界のために。全てのために。いや、違う。本当は雁字搦めの鎖みたいな、宗教上の規則のために。自分に何の得もないそんな馬鹿げた理由で自身を言い聞かす」

 次第に笑いが込み上げてきたユートゥルナは、ははっと笑って続きを述べた。

「神が恋なんてしない? 愛し合うと身体が穢れる? 馬鹿ね。1人だけを骨の髄まで求めるなんて有り得ない? 身体を繋げたらハシタナイ? 馬鹿ね、本当に馬鹿ね。私は悪くない? 悪いに決まっている、だろう……続きは」
「さすが神様」

 リシャールもにこっと笑った。

 マリーは目が点になってその詩を聞いた。

 2人はにやにや薄気味悪く微笑みあっているのが異様な光景だった。

「マリーが分からないのも無理はないよ。これは遠い昔に書かれた20代くらい前のユートゥルナの詩だよ。しかも、非公開の私的な日記の抜粋。たぶん、何百年経った今は残っていない記録さ」
「そうだ。そしてこのユートゥルナはこの後、自暴自棄になって大魔法を何度か使用した後亡くなった。最後まで後悔しながら、修道院に尽くし、祈り、短い人生を終えたんだ。神の一生なんて大抵身を犠牲にした人生だからな」

 リシャールもその説明につけ足すように言った。

「ところで……なんで非公開の日記の内容を知っているのかな、王子様?」

 ユートゥルナが何故一国の王子せあるリシャールがその内容を知っているのか疑念を感じ、険しい表情で訊ねた。

 リシャールは平然としていた。 
 いつものように感情を持ち合わせていないような、澄ました顔。 

 それに比べ、ユートゥルナはひどく動揺し、リシャールを信じられないというように凝視した。

「まさか、君は先代の記録を……いや、そんな記録は全部厳重に管理しているのに」
「盗んだわけじゃない。私は……生まれたときから知っているんだ」

 その予想もしなかった言葉にユートゥルナは肩をおとして、ソファーに深く背を預けた。
 前髪をぐしゃぐしゃかき分け、深く息を吐いた。

「なるほどなるほど。君も記憶があるんだね。はは、それ脅し?」

 ユートゥルナの記憶は神だけの持ち物だ。
 ユートゥルナという女神の生まれ変わりの証明は、記憶だ。
 その記憶のある者が生まれ変わりとして、ユートゥルナになる。

 しかし、ここにもう一人、王族であるはずのリシャールにも泉の神の記憶があるのだ。

 それは目の前に生神として祀られているユートゥルナの存在を危うくするものに他ならない。 

 信仰の対象が、もう一人いるのだから、誰が本物か、いや、それ以前の問題だ。

「女に生まれてるはずが男。しかも神の記憶持ちがふたり。君もユートゥルナかぁ。もう世も末だな」

 ユートゥルナは諦めの滲んだ遠い目をした。 

 世間に知られれば、神聖な泉の神の信仰が揺らぐ。
 信者を騙した、まではいかないかもしれないが、神の存在について疑問を唱えるものも出て来るだろう。

「2人の人間が記憶を持っている。それだけ、古来から続いた『神』も曖昧な存在になってきているんだ。わかるだろう? 現職神」
「現職ってやめてよ」

 ユートゥルナは暫く頭を抱えて俯いていた。 

 マリーははっとした。

(リシャール様は神の生まれ変わりだから、魔道具が無くても魔法が使えたんだわ)

 今までの謎が解ける。
 思い返せば、マリーが娼館に潜入していた時、リシャールに古代魔法探知機が反応した事があった。それはユートゥルナの、つまり神の魔法が生まれ変わりであるため使用出来る事を意味している。
 神の魔法は、古代から引き継がれるものだからだ。

 しかもリシャールは魔石を使用せずに古代魔法を使用して死者であるレイを生き返らせたこともあった。
 全ては、神業、つまり神の生まれ変わりだから為せる術なのだ。

 マリーは納得しつつも、国家機密レベルの会話を息を殺して眺めていた。
 もはや、一修道女の取り合いの話ではない。

 一歩間違えれば、戦争にも発展するやり取りに、ひやひやした。

「わかったよ。長年、記憶を持ちながらも公表しなかった君がこの場に及んで告白するなんて、ね。それほど、本気なんだね」

 ユートゥルナは一瞬マリーを見て寂しそうな表情をした。

「記憶がある事を公表しなかった君の配慮は礼を言わなきゃな」
「そんな記憶なんて持っていても意味がないからな」
「よく言うよ。今回の切り札がその記憶だろ? 君はマリーを返さなきゃ神様複数説を唱えて修道院宗教を破壊する気だろう……それは困る」

 全てはリシャールの思う壺だった。

 もしマリーを連れ去って結婚したとしても、修道女という身分がばれてしまえば世間が黙っていないからだ。

 リシャールは気にしなくてもマリーは気にするから、修道女は結婚できるという宗教的な法律を変える事ができるユートゥルナに交渉したらしい。

「君には驚かされたよ」

 ユートゥルナの発言に対して、リシャールは首をひねった。

「記憶の所持が私の切り札なわけではない。まだ重大な話はあるからもう少し聞け」
「まだあるのか!」

 拍子抜けするユートゥルナを他所に、リシャールは懐から書類を取り出して、仰天するユートゥルナに渡した。

 リシャールは嬉しそうにふふっと笑う。

「何この物凄い額の請求書。もう一件立派な修道院が建てられるんだけど……!」
「今回の潜入捜査にかかった額。マリー修道女の滞在費、衣装代、教育代と、結婚をやめるなら結婚式代と部屋改造費もある。婚約者をつけろと言ったのはそちらだろう?王子の婚約者になるという設定だったので本格的にしたからな」

 リシャールは請求書を指差して、項目を解説し始めた。 

 しかも、しっかり税込である。

 ユートゥルナは声を荒げた。

「君の婚約者のつもりはなかったよ! っていうか、何でこんなに使ったんだよ!」
「私たちの結婚を祝福して法律を改正してくれたら、この金額は王家で負担するが……無理だったら、とりあえずこの修道院を担保に分割払いでも……ああ、温情で利息は最低限に抑えてあげよう」
「は……?」

 ユートゥルナは素っ頓狂な声を上げた。

「ただ、金額が金額だからな。分割にすればするほど利息が上がるし、やはりおすすめは一括だな。残念ながら宗教法人には現在ある減税対策も使えないしなぁ。これでも私相手だから公的ローンの部類で下手な金融よりは国だから安心安全低金利だから喜べ」
「は、払えるわけないだろう! ただでさえ、最近は財政難なのに。だいたい、君が宗教法人税を引き上げたからここのところ苦しいのに!」
「修道院ばかり優遇される時代は終わったんだ。それに立案は私だがちゃんと議会も通している」
「はぁ……もう嫌だな」

 ユートゥルナは頭を抱えた。
 そしてひどく顔色の悪い蒼白な面持ちで言った。

「悪魔だ。悪党だ。もう、君には……降参だよ」
「そうか。良い返事をもらえて嬉しいよ」

 マリーはその一部始終に唖然としていた。

 リシャールはそんなマリーを見て、いつになく優しく微笑んだ。

「よかったな、ローゼ。神が私たちの結婚を祝福してくれるらしい」
「え、あ……」

 マリーは言葉が出ない。

 リシャールもユートゥルナの記憶がある事も、すべて計算されて逃げきれない結婚であったことも。

「これでずっときみと居られる」

 リシャールはより一層魅惑的な笑みを浮かべた。

 そして、交渉成立した事により、立ち上がり、見事な氷魔法で請求書を凍らせ、一瞬に塵にした。

「君が魔法が得意だと聞いていたけど、それは当然だね」

 ユートゥルナは目の前にいるリシャールを見て、また深くため息をついた。
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