私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

告白①

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 壁一面、というかドアがある入口以外は作り付けの本棚で埋め尽くされたユートゥナの部屋。

 マリーは息が苦しいほどの緊張で、カップを持つ手が震えた。

 先ほどフレッドが入れてくれた紅茶は国内産の最高級の茶葉で、薔薇の実が混じっており、ほんのり赤いお茶だ。
 香りは薔薇そのもので、口にした瞬間、薔薇の上品で癒しをもたらす香りが口の中一杯に広がる。
 はずだった。

(まったく美味しくない……!)

 修羅場ともいえる状況のマリーには、ローズポップティーを味わえる精神状態ではなかった。

 お茶と一緒に出された外国産の葉っぱ型クッキーや地元の最高級チーズを使ったタルトもあった。
 それらはきっとユートゥルナの茶菓子だから一級品には違いない。それでもマリーは、とても食べる気にはならなかった。

 手に汗握るばかりではなく、息を殺す、いや息が出来ないこの状況でのんびりティータイムなんて出来るわけがない。

(なんなの、この異様な会合は……! 何で誰も話さないの? リシャール様はまぁともかく、普段お喋りなユートゥルナ様まで黙ったままだわ)

 マリーが今すぐ逃亡したいくらい居ずらさを感じるこの奇異な状況。

 部屋の一角の机を囲むソファでマリーを間に囲むように、右手にリシャール、左手にユートゥルナが席についていた。
 ある意味、マリーの席は特等席だ。

 マリーは何も悪くないのだが、追い詰められた罪人のような苦い思いをしていた。

 ちなみにフレッド曰く、今日のミサはあれから直ぐにお開きで、負傷者はおらず、大事には至らなかったらしい。
 とりあえず、王家と修道院の問答無用な全面戦争は回避されたようだ。

(戦争にならなかっただけ良かったけど、友好とは程遠いわ……どうしよう)

 今この場に、いつもは四六時中ユートゥルナの側に控えている秘書はいない。

 人気がないためか、皆無言のせいか、不思議なくらい静かだった。

 声を発したのは、お茶を運んでくれたにこやかなフレッドくらいだ(お茶だけ用意してすぐ退出)。

 マリーは2人の間を取り持ちたい気持ちはあったが、原因を作ったのは自分であるから、何も言えずに小さくなっていた。

 そして、長い間の重苦しい沈黙を破って、ユートゥルナがリシャールに向けてぴしゃりと断言した。

「マリーは僕の修道女だから結婚はできないんだよ」

 その発言に対して、リシャールは鼻で笑った。まるで、「馬鹿か、お前」と小馬鹿にするように。

「僕の? 略奪愛の分際で」
「略奪……?」
「まぁ、まだ間男じゃないだけマシか……」

 リシャールがさらりと言った。
 ユートゥルナは額に青筋を立てた。

「すごい言いようだね。君、知ってる? 僕は神様なんだよ?」
「神様は身分をちらつかせて女を囲うのか」
「それは君も同じだろう、王子様」

 ばちばち。火花が散る。

 そんな全く進歩のない会話の最中、追加のお茶を注ぎにやってきたフレッドがマリーのカップに温かい紅茶を淹れた。

 あとの2人は全く手をつけてないから、新しいものに手際よく交換していた。

 マリーは助けを求めるようにフレッドを仰ぎ見たら、彼はニコッと笑った。

 にこやかな表情のフレッドは両者に穏やかに述べた。

「まぁまぁ。そんなカッカせずに。睨み合いもその辺にして、美味しいお茶でも飲んで平和的に行きましょう?」 
「裏切り者のお茶は飲めないな」

 ユートゥルナがフレッドの顔をじとっと見た。 

 フレッドがリシャールに情報を流していた事がバレたようだった。
 フレッドは、気にする事なく、リシャールにもお茶を勧めた。

「私は敵地で物を口にしないんだ」

 リシャールはお茶を断った。
 リシャールは用心深いので、やはり紅茶を飲む事はなかったので、少し悲しそうなフレッドはリシャールのお茶をグビッと飲んだ。

「こんなに美味しいのに、勿体無いなぁ。飲んでくれるのはマリーだけか。はぁ。……でも、いくらキレまくっているからって、血生臭い争いはだめだよ~。女性の取り合いに、『決闘なんて微弱な力しかない善良な市民がする事』だからね。貴方たちは兵器みたいな存在だからさ。街が無くなるし、それにそんな殺人者みたいな顔でいつまでも睨み合っていたらマリーが困ってるよ。あ、もしかして2人とも女性経験があんまりないな? ダメだなぁ、こう言う時は、優しく話し合うのが紳士だよ⭐︎  殺しはダメだよ、部屋の掃除も大変だし」

 フレッドは相変わらず軽い口調で言った。

 もちろん、誰もフレッドを相手にすることなく、険しい視線がフレッドに集まった。
 そして、フレッドは無情にも、彼らの中を取り持つわけでもなく、言いたい事だけ言って退散した。

 だから、マリーは誰も助けてくれる人はおらず、居心地が悪いながらも、小さくなりながら味のしないお茶を飲んだ。
 そして、マリーは思い返す。

 なぜ、王都に任務で行っただけのなにこんな事態になったのだろう、と。

(もう私はどうすればいいんだろう? やっぱり……マリアと田舎でカフェかな。はははっ)

 マリーはやや現実逃避をしていた。もう達観すらできない。

 ただ、一番平和的解決方法はマリーがここから消えることだ。

 勘違いではあれ、修道女になったが、このようにして一国の王子であるリシャールと神と崇められるユートゥルナの火種を作った自分はもう修道院にも居られないと確信した。

「あのう……私の、せいですよね。ユートゥルナ様」
「君のせいじゃないよ」

 マリーは申し訳なさそうに頭を下げた。
 しかし、ユートゥルナはマリーを庇い、きっぱりと言う。

 マリーは解せない。
 すべての責任は、リシャールだけではなくマリーにもあるのだ。

「あの……もういいんです、ユートゥルナ様」
「え? どうしたの、マリー?」
「私はもともと修道女向いてなかったですし……」

 このままではユートゥルナに迷惑をかけてしまうと思ったマリーは修道女を辞める決意をした。
 
(ユートゥルナ様は私なんかにせっかく昇進の機会を与えてくれて、秘書補佐までしてくれたのに……悪いけど)

 マリーは修道女の行いや仕事は嫌いではなかったが、勘違いが分かった今、迷惑をかけてまでここに居座るのも違う気がしたのだ。

(修道女だけが全てではないもの)

 マリーを火事の中から救ったのは王子であったリシャールだ。

 もし、マリーがエマに昔命を助けられて感謝したように、人の役に立ちたいのであれば、一人でも出来ることは沢山あるのかもしれない、とマリーは思い始めていた。

 思えば、今となっては王都に行って、マリーは広い世界を知ったのだ。

 修道院だけではなく、人々はどの世界でも助け会って生きている。

 市場で働き人々の生活を支える人もいれば絵を描いて人を励ます人もいる。
 サラの様に寄付したり慈善活動をする人もいる。
 リシャールのように身を徹して国の為に尽くす人がいる。
 
 マリーはマリーの出来る事を、得意なことを見つけていく方がよほど人のためになるのではないか、と思い始めていた。

「私は修道女を辞めようと思います」

 マリーはそう言った時、驚いた顔をしたユートゥルナよりも先にリシャールが思いがけない事を言った。

「別に私は修道女はやめろと言っているわけではない」

 リシャールの思いがけない言葉に、ユートゥルナが目を剥いた。
 だってそうだろう。

 リシャールはマリーと結婚したい。
 何が何でも結婚したいのだ。

 そのためには、修道女を辞めさせたいに決まっているから。
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