私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

お願いだから、私の事は忘れて下さい

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 マリーはリシャールの手を取る事が出来ず、踵を返した。
 先ほどのユートゥルナの言葉がマリーの胸の中を占拠していた。

(よくあるハッピーエンドな物語のヒロインは、役に立たない修道女ではないわ。王子様を助ける聖女にもなれないのに。私はこの手を取るわけにはいかない……!)

「ローゼ……? どうしたんだ?」

 急に背を向けたマリーに、リシャールは不思議そうな声で問いかけた。

(ここまで私を好いてくれた気持ちにお答えできずにごめんなさい。迎えに来てくれて本当にうれしかったです、リシャール様。でもやっぱり……お別れです)

 マリーは涙を流しながら、リシャールに向き合う事も出来ずに、後ろを向いて言った。
 最後のお別れの言葉を。

「私は修道女なので結婚できません。私の事は……忘れて下さい、お願いしますっ……!」

 マリーは声を振り絞り、言い放つ。

 そして、マリーはリシャールの反応を待つ前に、耐えきれなくなり走りだした。





(なんでリシャール様は私がローゼだとわかったの?)

 『ローゼ』は潜入捜査用の魔法により作り出された人物だ。
 それは今ここに居る修道女マリーとは似ても似つかぬ別人に見えるものだ。
 以前からマリーを知っている者だけには無効の魔法である。

(リシャール様との初対面はあの古教会だし、以前出会っていたとは思えないし……)

 マリーとリシャールに出会ったのが王都に行ってからだ。
 だから、魔法が無効になる条件が当てはまらず、マリーは不可解だった。

(もしかして……魔法に不備が? いや、そんなはずはないわ)

 あの魔法はユートゥルナの完璧な魔法だ。いくらリシャールでも解けない。

(私とリシャール様は以前から知り合いだったとか? 私がずっと忘れていたとか? ……そんなことはないわ。ありえない)

 マリーはリシャールほど外見の良い男性はいないはずだから、忘れるわけがないと思った。

 それにどうしてリシャールはマリーを迎えに来たのだろうか。

(本気で妃にするつもりだったかしら)

 彼が一番、マリーの能力を知っているのに。
 マリーはまさかリシャールが面会ではなく、修道院まで迎えに来るなんて微塵も思わなかった。

(……いえ、そんなことはどうでもいい)

 今は逃げなくては。マリーは無我夢中で走った。

 マリーは一瞬でも迎えに来てくれて嬉しいなんて思った自分を恥じた。

(私の恋はもう終わり。早く彼の物語……人生から退場しなきゃ)

 何につけても引き際が大切だと言い聞かせた。

 修道女、いや伯爵令嬢ですら自信のなかった自分は、王妃なんて無理だ、と。
 誰がサポートしようと無理難題とはこのことだろう。

 マリーは思う。

 自分はサラのように教養があるわけでも、身分や血筋が飛びぬけていいわけでもない。
 よくある話で、平民だが有能な人材――魔力がある聖女で王族と婚姻するのとも違う。

 マリーはただリシャールに気に入られているだけの存在だ。

 マリーにある能力は、わずかな絵に描いた虫を実体化させるくらいの魔法と、絵が少しばかり上手いだけというもの。

 しかも目を惹くような美人でもない。
 伯爵令嬢という貴族としての身分も今はない。

 リシャールにとっては足りないものばかりの結婚相手だ。つり合いなんて皆無。

 しかしながら、もしマリーが『前向きな女性』だったら、少しでも無鉄砲さがあったら、結婚してしまったかもしれない。
 でもマリーは「誰に迷惑をかけてもいいくらい好き」を押し通せる人物でもなかった。

 ただ、迷惑な女になりたくない。恥をかかせるような彼の人生のお荷物になりたくない。

 それだけだった。

(私の考えは卑屈? それとも静観? 被害妄想? いえ違う)

 静観、というよりそれは『事実』なわけで。
 王位継承権第1位の国を背負うリシャールと、万年お荷物修道女はここで終わる。

 それがお互いの為だと、これまでリシャールと出会ってから何万回と言い聞かせてきたように、今回も逃げてしまえばいいのだ。




 マリーは広場を飛び出して、居住用の棟に行き、自室にこもった。

 修道女が暮らすこの棟は、広間がある本堂とは違い、市民には非公開エリアであり、回廊も迷路のような作りだ。
 万が一部外者が侵入しても彼らはそこで迷い、修道女に危害を加える事が出来ないようになっている。
 数百年前に修道女を狙った襲撃があり、それを期にこのような作りになったという。

 マリーは念のため、自室に鍵をかけた。
 そのまま、ドアの前に息を切らして座り込んだ。

 ここならリシャールは見つける事が出来ないだろう。

 さすがのリシャールもマリーを諦めて、「最後まで面倒な、求婚しても無下にする嫌な女だったな」と思い、そのうち忘れるだろう。

「リシャール様、ごめんなさい」

 できればもっと綺麗な終わり方をしたかったのだけれど、今やもう遅い。

 当初からフレッドが言ってたみたいにしっかりと『恋人ごっこ』として線引きしていればなんて今になって後悔した。

 やっと呼吸が落ち着き、マリーが立ち上がろうとした時だった。

 鍵をかけた。そのはずだった。

 しかし、何故か勝手にドアノブが独りでに回った。
 マリーが振り向くと扉はゆっくりと開いた。

「り、り、リシャール様……!」
「やっと、『きみ』に会えた」

 リシャールは嬉しそうにマリーに笑いかけ、すっぽりとその小さな体を抱き締めた。
 マリーはリシャールの突然の訪問、いや『強制侵入』に動揺する。

「なな、なんで鍵……というか私の部屋を……」

 マリーは唖然とした。

 無理もない。
 普通に考えて、部屋に誘ったこともない、修道院関係者でもないリシャールがマリーの部屋を知っているだけでも怖いのに、鍵を壊して侵入してきたのだから。

 マリーはリシャールの腕の中で身をよじったがびくともしなかった。
 リシャールが困ったようにマリーを見つめている。

「いい加減逃げ回るのは、やめないか?」
「え、そ、その……」
「きみはあれこれこの数か月で何回私に捕まったら気が済むんだ。もう飽きただろう。それとも、もっと追い詰められたいとか? それならとことん本気を出して逃げ場をなくして追い詰めてみてもいいが……」
「そんな趣味は断じてございません……!」
「じゃあ、本当に私から逃げたいと? ふふっ」
「……っ!」
「馬鹿か、きみは」
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