私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

冷酷非情王子は修道女をどこまでも追いかける①

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 リシャールは祭壇に向かう道を真っ直ぐ進み、中央に立つユートゥルナに向かって歩いてきた。

 マリーは強く拍動する胸を抑えて、その光景に目を奪われた。
 すぐ向こうに好きで好きで仕方がない人が立っているのだ。

(どうして、修道院に来たの……?)

 毎夜、夢で会う事を願う愛しい人がそこにいる。
 これが現実ならば、奇跡の様な事態だった。

(リシャール様……)

 マリーは呼びかけることもできずに、ただリシャールを見た。

 時刻は正午過ぎ。

 リシャールの銀にも見える金髪が昼間の陽ざしに輝いていた。

 真っ黒な修道服とは対極的に、リシャールは純白の生地に銀の刺繍が入った軍服だった。

 その軍服が恐ろしく凛々しく、似合っていた。

 いつもじゃらじゃら付けていた装飾品などいらないくらいに、高貴で、高潔さと麗しさを兼ね備えていた。
 もはや単純に容姿がいいとか、そういう次元ではないのだ。

 今のリシャールは女性よりも綺麗で優雅、どの男性よりも威厳があり存在感がある。

 そんな彼は深紅の絨毯の上をまるで主役のように堂々と踏みしめた。

(この人はどうしてこんなにも綺麗な人なのだろう)

 思い出のリシャールも、目の前のリシャールも、全てが現実離れしているくらい美しい。

 広間の天井に描かれた天使の絵が霞むくらいリシャールは見目麗しい人物だった。

(こんな人の恋人だったなんて、本当うそみたい)

 マリーを含めた広間にいる誰もが、ぴりぴりする彼の殺気に息を忘れるとともに、見てはいけない神聖なもの――あの世のモノに見惚れるように彼に釘づけになった。

(表情は無いのに、怖さすらあるのに、目が離せないわ)
 
 それは怖いもの見たさというのかもしれない。ある種の畏怖かもしれない。

 見張り役の修道士が白目をむいて倒れているのに、誰もその場を動けず、リシャールを眺めていたのだから。

 そしてマリーはある事に気がついた。

(リシャール様は……もしかして私を見ている……?)

 マリーはユートゥルナの補佐をしていたから隣にいるが、フードを深く被っており、リシャールから顔は見えないはずだ。
 それなのに、リシャールの目線はユートゥルナからやや外れてマリーを見ているようで一瞬目が合った気がした。

(どうしよう、私がここに居るってもしかしてばれているの? いや、そんなはず……)

 王都でリシャールと過ごしたローゼは別人だ。

 マリーの事をしらないリシャールは彼女を探す事ができない。完璧な潜入捜査向けの魔法のはずだ。

 しかし、一歩一歩、リシャールは温度のない無表情で近づいてくる。

(どうして、リシャール様は修道院にまで来たの……? もしかして本当に私を迎えに……)

「りっ……」

 マリーが思わず声を出してリシャールを呼びそうになる前だった。

「ユートゥルナ様……?」

 隣にいたユートゥルナがマリーを背に隠すようにリシャールの前に立ちはだかったのだ。

 ユートゥルナはフードを被ったまま、背の高いリシャールを見上げた。

「僕の修道院に何の用かな? 招いた覚えはないんだけれど、王子様」

 ユートゥルナの怪訝な声が広間に響いた。
 声をかけられたリシャールはその時初めてユートゥルナを見て、先ほどの凍てつくような表情が嘘だったように穏やかに微笑んだ。

「貴方がユートゥルナ様ですか。ミサの最中に、失礼します。……初にお目にかかります。リシャール・スウルス・アンテリュールと申します」
「はっ……?」

 ユートゥルナは目を丸くして驚いた。

 何せ、氷華殿下と言われいる『泣く子も黙る冷酷非道』と噂のリシャールが丁寧かつにこやかにお辞儀をしたのだ。

 リシャールは穏やかに笑えばテオフィルのような人が良さそうにも見えるから不思議なものだった。

 ちなみに、リシャールはいつもは国王に対しても、誰に対しても敬語を使わないような人物なので、マリーはあまりにも違う彼に愕然とした。

 というか敬語話せたのが驚きだった。

(リシャール様……どうしたのかしら)

 リシャールの調子がいつもと違う。

 もちろん、ユートゥルナの身分は聖職者の中ではトップだが、第一王子であるリシャールとどちらが上というわけでもない。

 お互い国と宗教のトップであるのだから、身分差はないはずだった。
 だから、リシャールのあまりにも丁寧な態度にユートゥルナが戸惑うのも無理はなかった。

「な、何しに来たんだよ、君は……?」

 怪しむユートゥルナに対して、リシャールは好意的だった。

 何故かリシャールは握手を求めた。
 しかし、見張りを凍らせた侵入者である彼の行為を怪しんだユートゥルナは握手を拒否した。

 それでもリシャールは気分を害することなくより一層、笑みを深くして言った。

 それはまるで修道院に突然現れた悪役のようにすら見える。

(どうなっているの……?)

 マリーはこの事態に頭がついていかない。
 とにかく言える事は、剣呑な雰囲気が漂っている。
 リシャールは、笑みを顔に貼り付けているけれども。

「ユートゥルナ様。突然の訪問で申し訳ありません」

 リシャールは恭しく話を切り出した。

「……しかしながら、私は先月からずっと『結婚を控えた婚約者』がこの修道院にいるので、『面会』を申し出たのですが受理されず、この度はこうして参らせて頂きました」
「……」

 ユートゥルナは何故か黙り込んだ。

(殿下は私に面会申請していたの? でも、面会が受理されないってどういうこと……?)

 マリーは耳を疑った。
 確かに結婚は出来ないけれど面会くらいはマリーが拒否しない限り問題ないはずだ。
 リシャールが権力を押し通してマリーと無理矢理結婚を進めようとしている様子なら受理されないが、そのような話も聞いていない。
 普段ならば、リシャールがマリーにとって害がないのであれば、普通に面会くらい申請すれば出来る。

 リシャールが形の良い眉を下げて、実に困った様に述べた。

「実は私にはサラという義理の妹が居るのですが、サラはたいそう『私の婚約者』と仲が良くてですね。彼女は王都を離れた『私の婚約者』に毎日手紙を送っているそうです。それで『私の婚約者』は律儀ですから返事も頻繁に返ってくるそうなのです」
「それがどうかしたの? っていうか、君、義理の妹の文通まで把握しているの? それってストーカ……」

 ユートゥルナもバカじゃ無い。

 リシャールのストーカーじみた執着にすぐに気がついて突っ込みをいれた。
 しかしながら、リシャールにはまるで効かず、彼はユートゥルナの言葉を無視して、調子を変えずに穏やかだった。

「何故かですね、同じ王族であるサラが手紙も来月の面会も簡単に受理されているのにもかかわらず、私は無理らしいのです」
「……」

 ユートゥルナはまた口を閉ざした。

(ユートゥルナ様? なんで黙るの?)

 マリーは意味が分からず、その会話を聞いた。
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