私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

貴方と私の境が無い夜④

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「私はただ普通に……ローゼと一緒にいたいだけだった」

 リシャールは長いまつ毛を伏せてまるで独り言のように語る。

「あなたは、王になるでしょう」

 マリーは思う。
 リシャールの平凡な願いは彼女の願いでもあるが身分が邪魔して叶わない。
 リシャールの血統は変えられない。
 彼だけが王家の血を引いているのが現実なのだ。
 その隣にいるべき人はちゃんとした身分の令嬢で、落ちぶれた修道女ではない。
 もしくは、国を救う様な聖女が相応しいのだ。
 物語の結末は、釣り合いがとれた2人が幸せになるに決まっている。

「私は……王妃になれなくてごめんなさい」
「王妃になるとか考えなくてよかったのに」

 そんなわけにはいかない。
 ただの愛されるだけの妃ではいつか飽きられる。
 役に立ちたいのだ。好きだから。惨めな思いはしなくない。
 身勝手だが綺麗な恋で終わりたいのだ。
 切ない顔をしたリシャールがマリーの顔を覗き込んだ。

「王妃、つまり私が王にならなければ結婚してくれたのか?」

 マリーは素直に「はい」とは言えないが、沈黙がそう語る。
 リシャールは困った顔をした。

「私は居てくれるだけでよかったのに。……ふたりで食事をして、たまに街に行って、夜に抱きしめるだけで幸せだったのにな。……思えば最近は、一生分の幸せを感じた時間だったな」

 その言い草は終わった恋のようだ。 
 諦めた恋を悲しくも落ち着いて語る。

 マリーは悲しくてたまらない。
 自分で決めた事なのに、死にたいくらい辛い。
 人生の終わりの日のような切なさだった。これが初めての恋、初めての失恋。

 マリーはこのお別れは自分で決めた事だから、泣いてはいけないと歯を食いしばる。
 リシャールはもっともっとつらくて傷ついているはずだから。
 一緒に未来を見れない恋人でごめんなさいとしか言い様がない。
 ただマリーは生涯リシャールを思い、彼の幸せを祈るつもりだった。
 リシャールのために出来ることを探しながら生きていくつもりだ。
 リシャールはマリーを見て微笑んだ。

「ローゼに出会ってからは生きているのも悪くないと思えた。……ありがとう」
「リシャール様」

 リシャールはベッドに座らせたマリーを見上げるように言った。
 そしてリシャールは今にも泣き出しそうな彼女に確認した。

「嫌なら思いっきり殴ってほしい。この甘い夢が目が覚めるように。後悔するならいつもみたいに逃げていけ。追わないから」

 そんな事はマリーにできなかった。マリーはぶんぶん首を振る。
 好きな人にそんなことはできない。
 マリーは涙を溜めてリシャールを見上げて掠れた声で言う。

「好き、なんです」
「どこが?」
「えっと、全部……です」
「具体的に……?」

 リシャールはこの場に及んで好きになったところを詳しく知りたいらしい。
 好きなところを具体的に語れと言うが、それは恥ずかし過ぎる拷問だ。

(本人を目の前にして恥ずかしいけど……最後だし言わなきゃ)

 だから、マリーは素直に答えた。

「綺麗すぎる顔とか……」
「ああ、顔か……いつも貴様は私の顔ばかり褒めるからな……」
「顔だけじゃありません! その細いけど脱いだら素敵な筋肉がついている程よい身体とか……腰回りとか」
「ああ、身体か……この前全部見たからか。しかも腰回りって……まさに身体目当てというやつかぁ。悲しいな」
「そういうよこしまな意味じゃなくてですねっ、脱いだら案外がっしりしていていいなと……骨格が素晴らしいと言うことです! スタイルの話です! それ以外にもたくさん……」
「……」

 リシャールは複雑な顔をしていた。
 それもそうだろう。マリーの言葉ではリシャールの見かけだけが好きだと聞こえる。
 しかも身体目当て。
 よくある細い身体だけど、脱いだら胸があったからラッキーみたいな話だ。あるのは男女の差だけ。

「見てくれならテオの方がいいのに……」
「まぁ、テオ様は素敵な方ですが、私はリシャール様の澄ました横顔が好きです! 見ているだけでうっとりしてしまいます。いまだに飽きません! 世界で一番好きな顔です」
「そうか。そういえば貴様は私の冷たい顔が好きな、しかも多少強引な行為を好む嗜虐嗜好のある人間だったな」
「そ、そんな事は……」

 マリーはないとも言えなかった。

「私は押しに弱いかもしれませんが相手がリシャール様だったから今まで抵抗しなかっただけで!」
「好きなら何をされてもいいと? 私は今まで散々貴様に酷いことも身勝手な事もしてきたが……」
「身勝手? 嫌な事は何もなかったですよ?」
「……」
「いつも唐突だったのでちょっと怖い時もありましたけど……それに痕をつけられたり愛されたときはドキドキしましたが、それ以上に触れてもらえると、嬉しいと感じる時がたくさんあって……」

 確かに唐突に一方的にかつ強引な行為は怖い。
 怒らせたくない人物だ。
 しかし、今や多少強引でもいいからもっと知りたいと思うし、それすらも望んでしまいそうな自分がいた。

 怖いのに、おかしな話だが。

「嬉しかったのか……」

 その瞬間、リシャールが息を吐いた。
 苛立ちを込めた声だった。

「可愛い事を言い過ぎた」

 それは我慢していたものがプツッと切れた様な表情だった。

「時間切れだ」

 それは思い詰めたような、求める様な切羽詰まった男の顔だった。

 マリーはリシャールに抱き上げられ、シーツの海に沈んだ。

「私から逃げる気がないのなら……ほんとうの意味で心を通わせてみようか。……忘れられないくらい深く」

 そして、「今日は歯止めが効かない」とリシャールは言う。

 月も夜も雲も朝も、あなたも私も堺の無い夜。

『夜は長い。が、私たちが分かりあうには短いから、何度でも分からせてやる』、と言った。

『口で言っても、貴様には届かないだろう?』と。

 今、私たちの間に境はない。
 キスは、口のなかの味がわかるくらいにした。

『もう、だめだ』と何度も言っても応じてもらえず、全てを労られた。優しくされた。

 痛くはない。怖い事もない。

 いつの日にか恐れていた恋は、居心地のよいもので、溶けてしまうくらい甘いのだ。

 一度だけ身体に刻む。次はない。そんな恋が出来たから。

 泣きたい夜に、愛を知り、喜びを教えられ、マリーの中に消えない傷が身の中にも、心にも刻まれた。

 月が綺麗な夜、マリーはリシャール越しに窓辺から夜景を見つめた。

 辛いことばかりの世の中に、恋を知った。
 後悔は不思議となかった。
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