私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

後悔と恐怖

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 マリーは帰路に着く役人たちとすれ違いながら切なげに王城を見つめていた。

「こことも……もうお別れだなぁ……」

 3月に修道院を出てから早3か月。
 季節は瞬く間に移ろぎ、もう絵画コンクールも終わってしまった。
 王都に着いた頃はまだ春の雪がちらつくような気候も今や初夏へ近づこうとしている。

(ちょっと前まで、まさか私が社交界デビューして、夜会にも出席するなんて微塵も思わなかったけど……)

 マリーは昇進試験の課題だった潜入捜査をしていた頃が懐かしくなった。
 もとはと言えば、マリーの課題は社交界に令嬢として紛れて、血抜き殺人事件の犯人らしき人物に接触することであった。
 だから、事件解決までは求められておらず、囮程度の役割だったのだ。
 それがたまたま本当に囮になってレオナルドに攫われ、事件を解決してしまった。

(まぁ事件を解決したのは、ほとんど殿下だけど……いつもあの人はいきなり現れるのよね)

 マリーは思う。
 ニコルの事件でサラが攫われた時も、リシャールはふらっとやってきてマリーに手柄を譲って居なくなった。
 今回もリシャールは何もかもマリーの手柄にして、また通常通り悪役に徹するつもりだろう。

 今朝の新聞も、リシャールの戦争でいかに非道な行いをしたかについて書かれていた。

『氷華殿下の周りには生きる物はいない。皆、雪になって空に帰るだけ。彼は何も思っていない。感情が欠落しているからだ』と記載されていた。
 そして次にテオフィル称賛の記事が続いているのだ。

「殿下は……何がしたいのかな?」

 王になりたいと言いながら、なぜリシャールが悪役を可憐に演じているのがわからない。リシャールはもっと国民の前に立って、主張すべきなのだ。
 国民は国内外の事を知るべきなのに。
 
 マリーは生まれてはじめて、リシャールの事を何も知らない世界のすべてが腹立しかった。

「いや……決めつけていたのは、私もか……」

 マリーは長い回廊を歩き執務室にたどり着いた。
 運の悪いことに、近衛騎士曰く先ほどリシャールは執務室を出て離宮に行ったらしい。
 ここのところ執務で缶詰状態であったリシャールは久しぶりに自室に戻ったそうだ。
 マリーは中庭を越え離宮に向かった。

(私は殿下に出会うまで何も知らなかったわ)

 リシャールに出会う前はマリーも彼の事を恐れていた。
 リシャール殿下は墓荒らしして、人肉が好物。
 中でもぐちゃぐちゃにしたミンチが好きだと噂だから、『不敬を働いたらハンバーグだわ!』と思ってしまうくらい、リシャールが怖かったのだ。彼を知るまでは。

(殿下は……怖くない。いや、時と場合により怖いな)

 マリーは今ならサラの気持ちが少しわかる気もした。

 今、マリーはリシャールの寝床に訪問し、『お別れを言う』事によって、火に油を注ごうとしているのだ。
 怖くないことはない。正直怖かった。

 マリーは離宮の兵に挨拶をして、広間を通り抜け階段を登った。登り切った先で、夕焼けが2階のガラス窓から見えた。

(でも、私が王都にいるまでに事件が解決してよかったな)

 犯人であるレオナルドは宗教法と刑事裁判の2つで裁かれるらしい。
 ちなみにここ数日の取り調べにより「血抜き殺人事件」の全貌が見えてきた。
 
 事の発端は、レオナルドはが去年の冬にテオフィルの肖像画を描きに登城した際、数日滞在していたらしいのだが、その時に運悪く地下に迷い込み、魔本の魔物に呼ばれて機密文章や禁忌本が保管されている書庫までありついたらしい。
 そして、登城しても何故かアリアに会えない不信感が募っていた彼は、魔物の餌食になった。
 魔物が封印されていた魔本は年季を帯びて、紙がボロボロになり、字が変色していたのだ。だから、封印が一部解けて、魔物が本から出て、恨みの強いレオナルドに憑りついたらしい。
 レオナルドが魔物に出会った日、彼はアリアの生存確認のため面会を希望して拒否され、彼は打ちひしがれていたからちょうどよかったのだろう。
 そして、レオナルドは魔物の力により使い魔を飛ばしてアリアの死亡を確認。
 彼は絶望した。
 そんな折に、新聞でよく見かけるリシャールに目が留まったという。
 レオナルド曰く、リシャールの見かけはアリアに酷似しているのに、やっている事は非道極まりない戦闘狂であり、平和を望む彼からしてみれば許せなかったらしい。
 彼は魔本の力を借りてある程度魔力がある恨みを抱えた同志を集め、魔本と注射器を渡した。
 氷魔法が得意で巷に人肉を食べると噂があるリシャールに罪を被せるためだ。
 魔物は魔力を補強するために血を欲しがるため、古代魔法を使用して氷魔法の真似事で注射器を作成したのは好都合だったらしい。
 マリーはそれが事件の全貌だと今朝ジャンから訊いた。

 今回の事件は、貴族の反旗ではなく個人的なものからきていた。歪んだ想いを思った者たちと、時代を憎んでいたレオナルド。
 事件の終わりは、運命のすれ違いの恋の結末だった。
 ジャンによると今後はより一層本の管理を厳重にするらしい。
 しかしながら、古代の魔物を封印したのは数十代前のユートゥルナである。そう。当時女であったユートゥルナだ。

(今の神様は男だからなぁ)

 ジャンはマリーと交代に修道院から修道女を何人か呼び寄せて封印すると言っていた。 
 現ユートゥルナ様は男だから封印魔法ができないのだ。 
 神様なら一瞬の魔法でも、今回は神様が魔法が使えない。ジャンは「今回は時間がかかるなぁ」と嘆いていた。

 神様も変わるし、時代も移りゆくのだ。
 いつの時代も時は止まってくれないとマリーは感じた。

(あっという間に時は過ぎるから後悔はしないように今を精一杯生きないといけないな)

 その当たり前の事がマリーが王都に来て学んだことだった。
 いくら好きな人がいても思いを伝えないまま恋が終わったり、好きな人が死んでしまったり、もう他の人のモノになったり。

 だから伝えられるうちに、後の人生に後悔がないように生きたいとマリーは思ったのだ。

 マリーは今はただリシャールに感謝を伝えたかった。

 マリーの中で今までは『恋』とは漠然としたものだった。物語の情景の様な曖昧なもので幻想に近い存在だった。それをリシャールは教えてくれた。甘くて重くて深い恋をマリーに与えてくれたのだ。

 もう1つリシャールに感謝したいことは、マリーにとっての自身の存在意義だ。地味で役立たずの修道女にとってリシャールの話は『希望』でだった。それまでの『希望』は遠いモノで、自分自身に諦めていたマリーにとって、彼との出会いは勇気を与えたのだ。
 初めてマリーの魔法を褒めてくれただけだけれど、それがはまらなく嬉しかったのだ。

 恋を知った。希望をくれた。その人とお別れをする。
 自分なんかを好きだと言ってくれたあの人に。
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