私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

修道女と妃殿下

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「サラ様。短い間でしたが、大変お世話になりました」

 マリーはサラに感謝を込めて深くお辞儀した。
 サラは瞳を潤ませて立ち上がり、マリーに駆け寄って彼女の肩を掴んで問いかけた。

「ローゼ様……本当に修道院に帰られるのですか……!」

 レオナルドの事件から2日後の昼過ぎ。
 マリーとサラは中庭でお茶をしていた。
 事の発端は、マリーがお別れを言うためにサラをお茶に誘ったことが始まりだった。
 ちょうど簡単な昼食を二人で薔薇を観賞しながら食べた後、マリーは重い口を開いてサラに明後日王都を経つ事を伝えたのだ。

 その瞬間、サラは顔色を無くし愕然とした。

「ごめんなさい。サラ様。もう修道院から帰還命令が出ているんです。サラ様と会えなくなるのはつらいですが、お手紙を書きますから……これからもよかったら、ずっと友達でいてください」

 サラはこの世の終わりの様な表情で、ウサギの様な赤瞳に涙をたくさん溜めていた。

「せっかくお友達になれたのに……!」

 サラにとって初めての女友達がマリーだったのだ。
 人見知りかつやや人間不信気味だったサラがマリーに出会ったことで、敬遠しがちだったサロンにも少しずつ参加するようになり、最近は社交界にも出席できるようになったのだ。
 隣国から一人嫁いだサラにとってどれほどマリーの存在が頼もしかったことか。
 サラにとってマリーはいわば恩人なのだ。
 詳しく言えば、優しいお母さんみたいな存在であり、サラの暴走を温かい目で見守り、時に励まし、助言してくれる唯一無二の存在だった。
 だから、サラがショックを受けるのもわかる。

「ローゼ様がいなかったらわたくしはただの変態引きこもりになっていまします……!」
「変態引きこもり……」

 マリーは言葉を失う。サラは王子の妃でありながら、官能小説家なのである。
 変態ということは言い過ぎかもしれないが、サラの場合ある意味本当に変態であるからマリーも迂闊に言葉が出なかった。
 だって、王子様を全裸にして逆さ吊りにする等の辱めと言う辱めを書いた小説の作者なのである。

 決して常人の沙汰ではないのは事実だ。
 しかもモデルは彼女の夫だと言うからとてもたちが悪いお姫様なのである。

 そんな風変わりな姫であるサラもマリーにとっても特別な存在だった。

 サラは王都に来てから初めての友達であって、今や二人はニコルの件で同じ事件を共に戦い、リシャールの秘密を知った同志であった。
 ちなみにリシャールの秘密というのが、王子なのに神様みたいに魔石も魔道具も何も使用しないで魔法が使えるというとんでもないものであり、神であるユートゥナを崇める信仰をぶち壊すものだった。
 神様は魔石がなくても魔法が使えるから『神様』の生まれ変わりなのに、なぜ神のような人物が2人もいるのかという恐ろしい秘密を共有する仲間でもあった。

 サラは困った面もあるが、積極的に私財(かの小説の印税等)を寄付したり、貧困層に対する対策を積極的に考えている平等感と正義感のある人物でもある。

 ちょっとずれたところを除けば、博識で頭の良い人物であった。

 マリーは微笑み、サラを優しく抱きしめた。

「サラ様は立派な方です。私なんかいなくてももう大丈夫ですよ。自信を持ってください。あなたこそ、王子の妃にふさわしいです」
「そんなことありません! わたくしは屑、いえ屑のほうがまだマシなくらいのどうしようもない人間です。ローゼ様がいたから、わたくしは引きこもりを卒業し人並みになれたのに……」
「サラ様……」

 マリーは段々サラが心配になって来たのは言うまでもない。
 しかし帰らなくてはいけない身。 
 もともと仕事で王都に来たのだから。
 しばらくサラの自虐を聞きながら、時にハンカチで彼女の涙をぬぐって落ち着いた頃。
 やっと、サラが現実を認める様にいったのだ。

「そうですね。もう会えないわけではないですし。ぐすっ。ローゼ様は昇進なのですし、おめでとうございます、と言わなければいけませんね」
「ありがとうございます、サラ様」
「絶対に会いに行きますわ」
「ぜひ」

 サラは自分の席に戻り、すっかり冷めたハーブティーを飲んだ。

 マリーもつられて一口飲んだ時のことだった。
 サラが頬に手を当てて、悩まし気に呟いた。

「リシャール様、結局捨てられたのですね」
「ぐふっ……!」

 マリーはサラの一言に吐き出しそうになり、盛大にむせる。

「ローゼ様、だ大丈夫ですかっ……?」
「あ、ごほごほ。だ、大丈夫です。捨てるも何も、私たちは不釣り合いと言いますか」

 マリーは思う。
 自分は修道女だし、リシャールは王子だし、そもそも二人の身分差は好きだとか愛しているから埋められるものではないと。

 もし、マリーが歴代に残る聖女の様な能力があったら別かもしれなかったが、残念ながらマリーは落ちこぼれな修道女のわけで。
 そんな事情を分からないサラは、ぶつぶつと小声で言った。

「はぁ……聞く限りリシャール様は何回振られるのでしょうか。ああ、可哀想になってきましたわ。励ましようがないと言いますか。救いようがないと言いますか。事件では身を徹して血だらけになったり、ローゼ様の事が好き過ぎて心配であらゆる方法で守りまくったのに、私財も投げ打って部屋も改築したのに。いろいろ我慢に我慢を重ねた結果あっさり撃沈。一ミリも動物的接触もできなかったという悲惨な結果。弟のテオなんて犯罪級の既成事実無理矢理実行犯なのに、リシャール様は……案外甲斐性なしなのですね。だからわたくしがお薬の力に頼ればいいと言ったのに律儀にも使わなかったんですのね。ああ、でも……彼は別に何度振られてもハートブレイクなんて無縁の鉄のメンタルですし、きっと大丈夫でしょう。いいえ、ここまで来たらむしろ振られるのを楽しんでいるとか? 不思議な性癖ですわね……理解できませんわ」

 マリーはサラが言っている事が分からない。

 実はマリーの知らない所でサラは(あくまでも親切心で)リシャールにマリーと既成事実を起こさせるための媚薬を渡していたのだった。

 親友だと思っていたサラがリシャールに「これであいつを襲え」と薬を渡していると知らないマリーはぽかんとしていた。

「サラ様、何のお話でしょか。薬とは……」
「ローゼ様。わたくしもローゼ様のそんな無垢な所が隙があって大好きですわ! 寂しくなりますけど、手紙も沢山書きますし、これからも時折会いに行きますわ!」

 マリーはうまい具合にサラにごまかされた。
 
 上手く話せないと語っていた口下手なサラも成長したのだ。
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