私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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古教会で待っているから

送り主より愛をこめて③

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(青ちゃん……!)

 マリーはひらめいた。
 
 青ちゃんはマリーが10年前に描いた絵だ。
 それが今も生きている様にひらひらと気まぐれに飛んでいる。

(青ちゃんは蝶ではなくて私の描いた絵だけど、『実在』するのならやってみる価値はあるかもしれない……!)

 マリーが青鳳蝶の彼女を描いた時、想いを込めたのを覚えている。
 こんな素敵な柄の鳳蝶がいたらいいな、と願ったのだ。

(青ちゃんを描いた絵は特別製の魔法紙だったわ。美人画が魔力のあるレオナルドさんが描いた絵ならば、いけるかもしれない。日記が思いがこもった本物ならば二つを合わせて……!)

 それは一瞬の出来事であり、マリーは意を決して賭けに出た。

 マリーは青ちゃんに合図をした。
 マリーの分身でもある青ちゃんはすぐにその内容を理解し、人間の姿になり、ナイフでマリーの手を結ぶロープを切った。
 マリーは怪しまれない様に指輪型にしておいた魔石をポケットから取り出し、握り占める。

「何をする……!」

 レオナルドはハッとしてマリーにつかみかかろうとして日記が床に落ちる。
 マリーはそれを手にして、美人画駆け寄った。

 レオナルドが魔石を奪うよりも、マリーが手を翳して呪文を唱えるのが先だった。

(蝶魔法と原理が同じならば)

 眩い光が辺りを包み込む。

「レオナルドさん。レターセットの御礼です」
「なんだって……あ、あれは……!」

 マリーは魔法に成功した。

 辺りがぼんやりとした中、浮かび上がるのは若き日の日記を書いた時代のアリアだ。
 徐々にアリアの輪郭がはっきりする。

 美人画からアリアが出てきたのだ。
 若き日のアリアはゆっくりと瞬きをした後、レオナルドに微笑んだ。

『レオナルド、日記をみつけてくれたのね。ありがとう』

 目の前のアリアは、想いの亡霊。夢の存在だ。それでも。

「あ、あり、アリア……」
『レオナルド、久しぶり。きっとあなたは、リシャールに優しくしてくれているのね。ありがとう。あなたは……思いやりがあるいい人だもの』

 アリアはレオナルドの両手を握りしめてお礼を言った。
 レオナルドは動揺する。

「違うんだ、アリア。僕は……」
『私がいなくなっても、ずっと仲良しでいてね。実は私、最近病気だとわかったの。あの人は必死で治療法を見つけているけど、たぶんダメだと思うわ』

 アリアは残念そうな顔で目を伏せた。

 会話は成立しない。

 アリアの思いが見せる幻だから、一方的な会話だ。アリアの言う『あの人』とは多分国王の事だろう、とマリーは思った。
 マリーが再現したアリアはまだ病床に臥せていない頃のようだった。

「アリア、君は……」
『レオナルド。あなたと過ごした幼少期は楽しかった。幼馴染でよかった。私はね、恋うんぬんじゃなくても、好きだったよ』

 それはたぶん、日記の中に書かれた言葉なのだろう。

 曖昧な答えだ。
 今となっては二人の関係は闇の中。でもそこには愛があるのは確かで。

 アリアは微笑みながら、泣いていた。

『あなたが生きているって知った時にはもう私は子供もいたし、王妃だった。気軽に会いに行くことも出来ないでごめんね。あなたはいつも私の事を遠くから気に掛けてくれているとお父様から聞いたわ。今から思えば、あなたの存在はかけがえのない人で、2人で過ごしたあの時間は――私の生涯忘れられない時間でした』
「……っ」
『あなたも幸せになっているわよね。もしかしたら、独身かしら? だめよ、私のような手がかかる幼馴染はもういないのよ。もう私を気にしないでいいのよ。あなたは心配性で、お節介なところがあるから。私の事なんて忘れてね。私は……いつもあなたの幸せを祈ってますよ』
「……ア、アリア……っ!」
『あなたには絵があるわ。以前私に教えてくれたでしょう。文字を読めなくても絵画は誰にでも分かるから、宗教画として成り立ってきたって。それならば、絵は人々の希望になるんじゃないかしら。あなたの活躍は聞いているわ。あなたは絵で偉業を成せる人よ。私も王妃としてできる事はするつもりよ。国のために悲劇を繰り返さないために、これからは私たちが頑張りましょう』

 レオナルドは床に泣き崩れた。

 アリアはしゃがみ込んで、レオナルドを抱きしめた。
 そしてアリアは視線を祭壇付近に佇むリシャールに向ける。
 
『リシャールもありがとう。今思えば、私は病弱で、あなたに何もしてあげられなかったわね。たぶんあなたにとって、いい母親ではなかったわね』
「……」

 リシャールは黙っていたが、少しだけ笑っていた。

『私がどうしてもレオナルドのことが気になっていたからあなたは約束通り彼にこの手紙を届けてくれたのね。陛下は嫉妬深いからこんな日記があったらきっと捨てちゃうだろうし、あなたに頼んだの』
「……」

 普通のキャンバスに書いた絵の為か、魔法が長く続かない。

 アリアの輪郭がぼやけてきた。

『リシャールは私の言いつけを守る子だからいつも無理をされてしまっているわね。王子は大変でしょう。だから芸術を学んでほしいと思ったの。歌でも絵でも物語でもなんでもいい。何かがあなたの癒しになればいいと思うわ。レオナルドはいい人だからきっとリシャールを助けてくれるわ。ありがとう。さようなら。私の愛しい子』

 そしてアリアは完全に消えてしまい、美人画だけが残った。

 結果、終わりがないようなレオナルドの初恋は完全に終わった。
 2人は身体を合わせたこともなかった。でも、いつの時代も、ただ好きだった。

 マリーはレオナルドを自分と重ねた。リシャールと敵わない恋をする自分と。
 マリーは知らずに涙が流れていた。

「なぜ、君が泣くんだ」

 床に膝をついたレオナルドが言った。
 レオナルドは真っ赤な顔で、マリーを見上げる。

「だって……」

 すべてはすれ違いと時代と勘違いが起こした事件だ。

 魔物に心奪われなかったら、レオナルドは道を踏み外さずにリシャールと出会っていたのかも入れない。

 レオナルドがしたことは許されない。
 レオナルドがリシャールの出生や現在の国武力について知らないにせよ、初恋を切り裂いた戦争という時代背景を憎んだにせよ、今回の事件は多くの人を巻き込んだ。

 リシャールはゆっくりとレオナルドの方へ歩いて来た。
 そして、リシャールは掠れた声で言った。
 
「渡すのが遅くなって悪かった」
「……っ!」

 レオナルドが目を見開いて、リシャールを見上げた。

(殿下は何で謝るの? これは……誰も悪くないのに)

 マリーは運命のすれ違いを嘆いた。

 リシャールは泣いていていない。
 いつもの綺麗な無表情だけど、マリーにはとてもつらそうに見えた。

 レオナルドはアリアを忘れられないくらい好きならば、何も憎まず、耐えればよかったのだ。
 もしくは、アリアなんて、忘れて終えばよかったのだろう。
 アリアは、彼の幸せを祈っていたのに、罪を犯してしまった。

 レオナルドは再度嗚咽を漏らし、泣き崩れた。

 そして、レオナルドは「こんなもの……!」とずっと肌身離さず懐に入れていた年季の入った小さな本ーー魔本を床に投げつけた。

 死者は床に倒れ、灰になった。
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