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古教会で待っているから
送り主より愛をこめて①
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「お願いします! 私の事なんてもう見捨ててください。忘れてください!」
教会にマリーの甲高い声が響き渡る。
それは悲痛な叫びでもあった。
マリーは必死だった。
リシャールは優しい。優しすぎるのだ。
以前テオフィルが言っていた。
リシャールは王位継承権も弟のテオフィルになら喜んで譲る。華やかな表舞台はテオフィルに立たせて、自らは汚れ役ばかりを担っていると。
今回の事件だって、世間のリシャールに対するイメージの悪さが引き金になっている面もあるのだ。
「殿下なんて全く好きじゃないです!」
先ほどからマリーの容赦ない攻撃に、リシャールは眉根を寄せている。
「……貴様、何を言っている?」
「全然好きじゃないって言っているんです。分かりませんか!」
「ローゼ。変な嘘をつくな」
「いえ、嘘じゃないです。訂正します。好きなのはそのお顔だけなんです、実は!」
「……」
「絵を描くためだけに、殿下に興味本位に近づきました!」
「好奇心だけで私と居たというのか貴様は……まぁあり得そうな話ではあるが……」
「そうです! だから、結婚どころか、顔以外愛してないのです。ごめんなさい!」
「……」
マリーは言い切って、はぁはぁ息を上げる。
リシャールは前髪をグシャっとかき分けた。
「ローゼ。もういいから。頼むから……何もいうな。レオナルドより貴様の方が酷い発言だ」
「へ?」
「まぁ、いい。その話が8割型真実だとして、顔だけ好きでも……」
マリーはリシャールには珍しく俯きがちで、いつもより一層顔色の悪い。
レオナルドはすっかり置いてきぼりだったが、空気の読める狂人レオナルドは二人を見守っていた。
「ああ、悪いな。待たせた」
「いえ。何だかわかりませんが、順調な恋愛ではなさそうですね。顔よし金あり権力ありの第一王子だと言うのに……」
「顔顔うるさい。ほっておいてくれ」
リシャールは気を取り直して、レオナルドに向き直る。
いつもリシャールが使っていたパイプオルガンの横にある机に王位継承権破棄の書類がセットされている。
リシャールはマリーとレオナルドを通り過ぎで祭壇の方へ向かった。
「殿下、サインしちゃだめ……!」
マリーの張り上げた声を空しく、リシャールは祭壇に近づいていく。
レオナルドは嬉しそうに笑った。
しかし、リシャールはまっすぐ歩いて行き、パイプオルガンの椅子に座ったのだ。王位継承権破棄の書類のある机ではなく。
「あなたは何を……? 婚約者を人質に取られて気が振れたのですか?」
レオナルドが訝し気にリシャールに訊ねた。
マリーもてっきりリシャールが王位継承権を破棄する書類にサインすると思っていたのに、なぜか彼は鍵盤を確認し始めた。
「絵は興味がないが、音楽は少しかじっている。自己紹介がてら、レオナルドとの初対面を記念してアリアの好きな一曲ぐらい引かせてくれないか? それぐらいの猶予はあるだろう」
「いいでしょう。幼馴染の息子ですからね。彼女もピアノが得意でした。まぁおかしなことをしたらこの娘を殺します。僕が死んだ瞬間、椅子についた爆弾がこの娘を確実に殺しますから。サインするしか助ける方法はないと思ってください」
「ありがとう」
リシャールは突然、国家でもある『薔薇姫』を弾いた。
「殿下は何をして…?」
マリーは唖然としつつも、いつの間にかその演奏に心を奪われた。
横を見上げると、レオナルドも目を見開いて、その演奏を見ていた。
リシャールのピアノはどこか泣きたくなるような悲しみを帯びると同時に聞きほれるような美しさとやさしさにあふれた音色だった。
儚い恋のような、友をしのぶような、自分を責めるような。
あっという間に1番が終わり、2番を引き終えた。
薔薇姫と言う曲は確か2番までだ。
演奏が止まる。
しかし、リシャールは一息おいてテンポの遅い曲を続けて弾いた。
一部の音楽家しか知らない3番を弾いたのだ。
「アリアの父が作った曲だから、リシャール殿下が弾けてもおかしくないですが、まさか本当にあの難曲を簡単に演奏するなんて……! 殿下は芸術なんて興味がないと思ってましたよ」
「殿下は……そういう人なんです」
芸術なんて興味がないと言いながら、アリアの大好きな音楽を真剣に学んでいたリシャール。
絵には興味がないと言いながら、マリーに高級紙を買ってくれた人。
本当は好きじゃないのかもしれないけど、さり気なく合わしてくれるのだ。
3番を弾き終わった所で、鍵盤の上が開いた。リシャールはその小さな空間の中から、年季の入った分厚い本と手紙を取り出した。
「レオナルド。これをお前にやろう。アリアからのプレゼントだ。ずっと渡してくれって頼まれていたんだ」
教会にマリーの甲高い声が響き渡る。
それは悲痛な叫びでもあった。
マリーは必死だった。
リシャールは優しい。優しすぎるのだ。
以前テオフィルが言っていた。
リシャールは王位継承権も弟のテオフィルになら喜んで譲る。華やかな表舞台はテオフィルに立たせて、自らは汚れ役ばかりを担っていると。
今回の事件だって、世間のリシャールに対するイメージの悪さが引き金になっている面もあるのだ。
「殿下なんて全く好きじゃないです!」
先ほどからマリーの容赦ない攻撃に、リシャールは眉根を寄せている。
「……貴様、何を言っている?」
「全然好きじゃないって言っているんです。分かりませんか!」
「ローゼ。変な嘘をつくな」
「いえ、嘘じゃないです。訂正します。好きなのはそのお顔だけなんです、実は!」
「……」
「絵を描くためだけに、殿下に興味本位に近づきました!」
「好奇心だけで私と居たというのか貴様は……まぁあり得そうな話ではあるが……」
「そうです! だから、結婚どころか、顔以外愛してないのです。ごめんなさい!」
「……」
マリーは言い切って、はぁはぁ息を上げる。
リシャールは前髪をグシャっとかき分けた。
「ローゼ。もういいから。頼むから……何もいうな。レオナルドより貴様の方が酷い発言だ」
「へ?」
「まぁ、いい。その話が8割型真実だとして、顔だけ好きでも……」
マリーはリシャールには珍しく俯きがちで、いつもより一層顔色の悪い。
レオナルドはすっかり置いてきぼりだったが、空気の読める狂人レオナルドは二人を見守っていた。
「ああ、悪いな。待たせた」
「いえ。何だかわかりませんが、順調な恋愛ではなさそうですね。顔よし金あり権力ありの第一王子だと言うのに……」
「顔顔うるさい。ほっておいてくれ」
リシャールは気を取り直して、レオナルドに向き直る。
いつもリシャールが使っていたパイプオルガンの横にある机に王位継承権破棄の書類がセットされている。
リシャールはマリーとレオナルドを通り過ぎで祭壇の方へ向かった。
「殿下、サインしちゃだめ……!」
マリーの張り上げた声を空しく、リシャールは祭壇に近づいていく。
レオナルドは嬉しそうに笑った。
しかし、リシャールはまっすぐ歩いて行き、パイプオルガンの椅子に座ったのだ。王位継承権破棄の書類のある机ではなく。
「あなたは何を……? 婚約者を人質に取られて気が振れたのですか?」
レオナルドが訝し気にリシャールに訊ねた。
マリーもてっきりリシャールが王位継承権を破棄する書類にサインすると思っていたのに、なぜか彼は鍵盤を確認し始めた。
「絵は興味がないが、音楽は少しかじっている。自己紹介がてら、レオナルドとの初対面を記念してアリアの好きな一曲ぐらい引かせてくれないか? それぐらいの猶予はあるだろう」
「いいでしょう。幼馴染の息子ですからね。彼女もピアノが得意でした。まぁおかしなことをしたらこの娘を殺します。僕が死んだ瞬間、椅子についた爆弾がこの娘を確実に殺しますから。サインするしか助ける方法はないと思ってください」
「ありがとう」
リシャールは突然、国家でもある『薔薇姫』を弾いた。
「殿下は何をして…?」
マリーは唖然としつつも、いつの間にかその演奏に心を奪われた。
横を見上げると、レオナルドも目を見開いて、その演奏を見ていた。
リシャールのピアノはどこか泣きたくなるような悲しみを帯びると同時に聞きほれるような美しさとやさしさにあふれた音色だった。
儚い恋のような、友をしのぶような、自分を責めるような。
あっという間に1番が終わり、2番を引き終えた。
薔薇姫と言う曲は確か2番までだ。
演奏が止まる。
しかし、リシャールは一息おいてテンポの遅い曲を続けて弾いた。
一部の音楽家しか知らない3番を弾いたのだ。
「アリアの父が作った曲だから、リシャール殿下が弾けてもおかしくないですが、まさか本当にあの難曲を簡単に演奏するなんて……! 殿下は芸術なんて興味がないと思ってましたよ」
「殿下は……そういう人なんです」
芸術なんて興味がないと言いながら、アリアの大好きな音楽を真剣に学んでいたリシャール。
絵には興味がないと言いながら、マリーに高級紙を買ってくれた人。
本当は好きじゃないのかもしれないけど、さり気なく合わしてくれるのだ。
3番を弾き終わった所で、鍵盤の上が開いた。リシャールはその小さな空間の中から、年季の入った分厚い本と手紙を取り出した。
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