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古教会で待っているから
大好きな人には会えないし、彼女は死んだと言うから①
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レオナルド・タフマンは一見穏やかな紳士でありながらも元軍人のため背格好のよい人物だった。
彼は男らしい雰囲気でありつつも、画家と言う職業のためか繊細。つまり、きめ細やかな気づきが出来るのだ。
マリーが王都に来て、リシャールに恋をしたばかりの頃。
もともとレオナルドは、マリーが何かとお世話になっているブラン侯爵がひいきにしている画家だ。
だからブラン侯爵の親切で、「せっかく王都に来ているのだから、国内で活躍しているレオナルドを紹介するよ」と言われ、マリーとレオナルドは時たま交流があった。
あれはいつだっただろう。
一番初めに恋に悩んだ日の事だ。
マリーは茶飲み友達と思っていたリシャールにキスされそうな距離で顎を掴まれて教会に通えなくなった時期があった。
そんな恋を知り始めて動揺するマリーの異変にいち早く気づいたのは、レオナルドだった。
そしてレオナルドはマリーに薔薇の透かし模様が入った美しいレターセットをくれた。
「恋をしているんだね。好きな人が出来たら送るといいよ」と初心なマリーを微笑ましく応援してくれたのだ。
それが今。
マリーはレオナルドが墓場から生き返らせたらしい比較的腐敗の進んでいない新しい死体で作った青白い顔で瞬きのしないゾンビたちに囲まれている。
「少しだけ我慢して復讐に付き合って下さい。今日はアリアの誕生日なのです」
「レオナルドさんどうして……!」
マリーは手足を縛られて、椅子に座っていた。
ちなみに睡眠剤で眠らされて連れて来られたが、傷もなく、縛られているがさほど痛くもない。
レオナルドは涼しい顔をして、マリーの横に女性の描かれた美人画を立てかけ直した。
少し角度が悪かったのか、イーゼルを調整している。
その絵はマリーが見てもわかるぐらいリシャールに、アリアナに似ている。
「アリア。暫く待っていてね」
そしてレオナルドは先ほどからマリー以外に、絵の女性に話しかけている。
「もうすぐ僕もこれを飲んで、アリアの元に行くから」
そういって手にしているボトルは、マリーでも知っている即効性のある毒だ。
どうやらレオナルドはマリーをこのように誘拐して目的を果たした後、死ぬつもりらしい。
マリーにも「すこしだけ我慢していてね」と何度も優しく言うのだ。
しかもこの場所は。
(ここは、殿下とよく会っていた古い教会よね……?)
マリーとリシャールが婚約する前に、何かと理由をつけて通っていた思い出の教会だ。
祭壇の中央から伸びる絨毯の真ん中あたりの位置、つまりこの部屋の中央にマリーたちはいた。
また教会の長椅子の壁際、つまり外側の通路にはゾンビたちが列をなして控えている。
優しいレオナルドと、ゾンビと、彼が愛し気にアリアと呼ぶ美人画。
マリーには全く意味が分からない。
教会に生きている人間はマリーとレオナルドだけで恐ろしく静かな空間だった。
その静寂を破るように、教会の重い扉が古びたきしみを立てて開いた。
「殿下!」
マリーは思わず叫んだ。
リシャールはいつもマリーを助けてくれる。犠牲になっても駆けつけてくれる人だ。
「ローゼ。怪我はないか? 早くこいつを片付けるから待っていろ」
リシャールはそげ落としたような無表情で一瞥した後、ゆっくりとした足取りで歩き出した。
「迂闊に動かないでください!」
レオナルドが怒鳴る。
リシャールは気にしていないような顔で、ゆっくりと歩く。
「ローゼを離せ。私が誰か知っているだろう。素人が古代魔法を使ったってたかが知れている。それにお前からは殺気が出ていない。殺す気もないくせになぜこんなことをするんだ? だいたい、権力がらみの謀反だろうが、慣れない事はするなよ。本来は反逆罪で死刑だが、ローゼは無事だからな。いまなら多めにみてやる。降参しろ」
「っ……!」
「本当に私に恨みがあって、『殺すやつ』はもう女一人ぐらいはすぐにやるんだ。お前が魔本をばらまいた連中みたいにな。お前が用があるのはローゼじゃなくて、私だろう?」
「僕は本気だ! 軍人だったこともある!」
戦いに離れしているリシャールは一瞬でレオナルドがマリーを殺す気がないと判断したらしい。
しかし、レオナルドがマリーの首に短剣を突き付ける。
刃を当てたところ、血がたらっと流れた。
そこでリシャールは歩みをやめて、レオナルドを恐ろしい形相で睨みつけた。
「要求はなんだ?」
リシャールの低い声が響く。
レオナルドはマリーに歯を突きつけながら、恭しく言った。
「リシャール殿下。すぐに王位継承権を手放してテオフィル殿下にお譲り下さい。そして、血抜き事件の犯人だと出頭して下さい」
「……お前が犯人か」
「はい、僕が盗みました。魔本を手に入れて、同志にばら撒きました。そう。僕も、罪人です」
レオナルドは悪気もなく、あっさり告白する。
「そしてあなたも罪人です。今回の件は、僕の仕業ですが、それ相当の罪があなたにはある。僕は本気です。僕には古代魔法があるし、あなたの愛しい女性ぐらいは一瞬で殺せます。今日はアリアの誕生日でしたので、少し魔法を使って彼女を攫ったのですよ。そうです。今日は、良き日です。人の命なんてどうでもいいあなたが罪を認める日なのです」
彼は男らしい雰囲気でありつつも、画家と言う職業のためか繊細。つまり、きめ細やかな気づきが出来るのだ。
マリーが王都に来て、リシャールに恋をしたばかりの頃。
もともとレオナルドは、マリーが何かとお世話になっているブラン侯爵がひいきにしている画家だ。
だからブラン侯爵の親切で、「せっかく王都に来ているのだから、国内で活躍しているレオナルドを紹介するよ」と言われ、マリーとレオナルドは時たま交流があった。
あれはいつだっただろう。
一番初めに恋に悩んだ日の事だ。
マリーは茶飲み友達と思っていたリシャールにキスされそうな距離で顎を掴まれて教会に通えなくなった時期があった。
そんな恋を知り始めて動揺するマリーの異変にいち早く気づいたのは、レオナルドだった。
そしてレオナルドはマリーに薔薇の透かし模様が入った美しいレターセットをくれた。
「恋をしているんだね。好きな人が出来たら送るといいよ」と初心なマリーを微笑ましく応援してくれたのだ。
それが今。
マリーはレオナルドが墓場から生き返らせたらしい比較的腐敗の進んでいない新しい死体で作った青白い顔で瞬きのしないゾンビたちに囲まれている。
「少しだけ我慢して復讐に付き合って下さい。今日はアリアの誕生日なのです」
「レオナルドさんどうして……!」
マリーは手足を縛られて、椅子に座っていた。
ちなみに睡眠剤で眠らされて連れて来られたが、傷もなく、縛られているがさほど痛くもない。
レオナルドは涼しい顔をして、マリーの横に女性の描かれた美人画を立てかけ直した。
少し角度が悪かったのか、イーゼルを調整している。
その絵はマリーが見てもわかるぐらいリシャールに、アリアナに似ている。
「アリア。暫く待っていてね」
そしてレオナルドは先ほどからマリー以外に、絵の女性に話しかけている。
「もうすぐ僕もこれを飲んで、アリアの元に行くから」
そういって手にしているボトルは、マリーでも知っている即効性のある毒だ。
どうやらレオナルドはマリーをこのように誘拐して目的を果たした後、死ぬつもりらしい。
マリーにも「すこしだけ我慢していてね」と何度も優しく言うのだ。
しかもこの場所は。
(ここは、殿下とよく会っていた古い教会よね……?)
マリーとリシャールが婚約する前に、何かと理由をつけて通っていた思い出の教会だ。
祭壇の中央から伸びる絨毯の真ん中あたりの位置、つまりこの部屋の中央にマリーたちはいた。
また教会の長椅子の壁際、つまり外側の通路にはゾンビたちが列をなして控えている。
優しいレオナルドと、ゾンビと、彼が愛し気にアリアと呼ぶ美人画。
マリーには全く意味が分からない。
教会に生きている人間はマリーとレオナルドだけで恐ろしく静かな空間だった。
その静寂を破るように、教会の重い扉が古びたきしみを立てて開いた。
「殿下!」
マリーは思わず叫んだ。
リシャールはいつもマリーを助けてくれる。犠牲になっても駆けつけてくれる人だ。
「ローゼ。怪我はないか? 早くこいつを片付けるから待っていろ」
リシャールはそげ落としたような無表情で一瞥した後、ゆっくりとした足取りで歩き出した。
「迂闊に動かないでください!」
レオナルドが怒鳴る。
リシャールは気にしていないような顔で、ゆっくりと歩く。
「ローゼを離せ。私が誰か知っているだろう。素人が古代魔法を使ったってたかが知れている。それにお前からは殺気が出ていない。殺す気もないくせになぜこんなことをするんだ? だいたい、権力がらみの謀反だろうが、慣れない事はするなよ。本来は反逆罪で死刑だが、ローゼは無事だからな。いまなら多めにみてやる。降参しろ」
「っ……!」
「本当に私に恨みがあって、『殺すやつ』はもう女一人ぐらいはすぐにやるんだ。お前が魔本をばらまいた連中みたいにな。お前が用があるのはローゼじゃなくて、私だろう?」
「僕は本気だ! 軍人だったこともある!」
戦いに離れしているリシャールは一瞬でレオナルドがマリーを殺す気がないと判断したらしい。
しかし、レオナルドがマリーの首に短剣を突き付ける。
刃を当てたところ、血がたらっと流れた。
そこでリシャールは歩みをやめて、レオナルドを恐ろしい形相で睨みつけた。
「要求はなんだ?」
リシャールの低い声が響く。
レオナルドはマリーに歯を突きつけながら、恭しく言った。
「リシャール殿下。すぐに王位継承権を手放してテオフィル殿下にお譲り下さい。そして、血抜き事件の犯人だと出頭して下さい」
「……お前が犯人か」
「はい、僕が盗みました。魔本を手に入れて、同志にばら撒きました。そう。僕も、罪人です」
レオナルドは悪気もなく、あっさり告白する。
「そしてあなたも罪人です。今回の件は、僕の仕業ですが、それ相当の罪があなたにはある。僕は本気です。僕には古代魔法があるし、あなたの愛しい女性ぐらいは一瞬で殺せます。今日はアリアの誕生日でしたので、少し魔法を使って彼女を攫ったのですよ。そうです。今日は、良き日です。人の命なんてどうでもいいあなたが罪を認める日なのです」
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