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修道女と王都と、花と、死者
小さな花屋の花瓶は割れない⑤
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「アリアナちゃんはこの話を知っているのですか……?」
マリーは述べられた全てが衝撃的な話であり、国王に対する無礼を忘れて思わず聞いてしまった。
だってそうだろう。
アリアナにとっては、目の前の国王が『養父』であるのだ。養父とは親の代わりに生活の面倒を見てくれる人だ。
深い愛情を持って、養子に接する存在だ。
幼いアリアナの保護者ともいえる。
それなのに、養父が前世の夫というこの複雑な事情。
今もなおアリアナに向けられるのが、純粋な愛情ではないならば。愛や恋、執念ならば。
それはもう、恋も愛も知らない10歳の女の子には理解しがたい話だ。
同じ愛情でも全く違うし、時を経たその思いは歪んだ愛ともいえる。
それに今から人生を歩んでいく準備をしている幼少の彼女からすれば、いくら国王が今も王妃アリアを愛しているとしても、生まれ変わった彼女には関係のない話だ。
アリアナには前世に関係なく、今生を安全に自由に生きる権利がある。子供の権利だ。
養父が実は前世の夫なんて言われても困るだろう。恋も愛も知らないのに。
それでも彼は、アリアナに自分を愛せとなど理不尽な事をいうのだろうか。
マリーはこの人なら理不尽な、『恋のわがまま』を通そうとする気がして、アリアナが心配になったのだ。
(いつかアリアナちゃんはこの事実をどう受け止めるんだろう)
そう思うと胸が痛い。
死んでもなお、振り回されるのは、彼女の思いを無視することだろう。
一緒に暮らしていると言う事は、生まれ変わってもまた結婚しろということなのだろうか。
まだ王妃は生きている事になっているというし、目の前の国王は過去に囚われすぎている気がしてならなかった。
それほど相手思う気持ちはマリーには分からない。そんな悲恋をしたことが、まだないから。
「知ってるよ」
国王は少しかすれた声で呟き切なげに口元だけ笑った後、一度だけゆっくり目を伏せて、また何でもない話をするかのように明るい声で言った。
「アリアに会いたくて生まれ変わりを探していたのは本当だけど、アリアナは孤児だったから引き取らずにはいられなかった、というのが正直な気持ちだ。アリアナに分別がある程度ついた後、彼女に聞かれたよ。何故、縁もゆかりもない僕が養女にしたのか教えてほしいと言われてね。だから、僕は包み隠さず言ったんだ。君は僕の妻で、死んだことが今でも受け入れられなくて、君を探して引き取ったって」
「え……」
「で、その時、今の思いを伝えたんだ。僕の事はいいから、君はちゃんと大人になって好きな人生を生きて欲しいってね」
「それって……」
マリーには分からない。異常ともいえる執着の強い目の前の彼が言った意味を。
好きで好きでたまらない相手と再会したのに、援助もして育てたのに、自由に生きて欲しいという、彼の真意を。
「彼女は好きだけど、小さな彼女を育てていると情もわくんだよね。ただ、幸せになって欲しい、というか。おかしいよねぇ、あんだけ、狂うほど好きで、息子を犠牲にしてまで一緒に生きて欲しかった人なのに」
その姿はすでに終わった恋を語るようでもあり、哀愁を帯びていた。
それは恋を語るというより、もっと深いものだった。
「僕が全部話してもアリアナは『そう』とだけ言ってね。そっけないよね。10歳だから仕方ないけど、僕は泣きそうなのに彼女は陽気に笑ってさ。嫌になるよね。しかもね、『結婚するならリシャールかテオの第二夫人がいい』ってさ。王子様がいいんだって。ひどいだろう? 若い男を選ぶなんて。まぁ、僕も一回死ねば似たような年に……」
「もう狂言はやめろ」
リシャールが机を叩いた。
国王は悪気もなく、リシャールを見上げる。
「冗談だよ、分からない?」
「どうだか」
リシャールは呆れていたが、マリーは茶化したように笑う国王の、一瞬寂し気な目が焼き付いて離れなかった。
マリーは述べられた全てが衝撃的な話であり、国王に対する無礼を忘れて思わず聞いてしまった。
だってそうだろう。
アリアナにとっては、目の前の国王が『養父』であるのだ。養父とは親の代わりに生活の面倒を見てくれる人だ。
深い愛情を持って、養子に接する存在だ。
幼いアリアナの保護者ともいえる。
それなのに、養父が前世の夫というこの複雑な事情。
今もなおアリアナに向けられるのが、純粋な愛情ではないならば。愛や恋、執念ならば。
それはもう、恋も愛も知らない10歳の女の子には理解しがたい話だ。
同じ愛情でも全く違うし、時を経たその思いは歪んだ愛ともいえる。
それに今から人生を歩んでいく準備をしている幼少の彼女からすれば、いくら国王が今も王妃アリアを愛しているとしても、生まれ変わった彼女には関係のない話だ。
アリアナには前世に関係なく、今生を安全に自由に生きる権利がある。子供の権利だ。
養父が実は前世の夫なんて言われても困るだろう。恋も愛も知らないのに。
それでも彼は、アリアナに自分を愛せとなど理不尽な事をいうのだろうか。
マリーはこの人なら理不尽な、『恋のわがまま』を通そうとする気がして、アリアナが心配になったのだ。
(いつかアリアナちゃんはこの事実をどう受け止めるんだろう)
そう思うと胸が痛い。
死んでもなお、振り回されるのは、彼女の思いを無視することだろう。
一緒に暮らしていると言う事は、生まれ変わってもまた結婚しろということなのだろうか。
まだ王妃は生きている事になっているというし、目の前の国王は過去に囚われすぎている気がしてならなかった。
それほど相手思う気持ちはマリーには分からない。そんな悲恋をしたことが、まだないから。
「知ってるよ」
国王は少しかすれた声で呟き切なげに口元だけ笑った後、一度だけゆっくり目を伏せて、また何でもない話をするかのように明るい声で言った。
「アリアに会いたくて生まれ変わりを探していたのは本当だけど、アリアナは孤児だったから引き取らずにはいられなかった、というのが正直な気持ちだ。アリアナに分別がある程度ついた後、彼女に聞かれたよ。何故、縁もゆかりもない僕が養女にしたのか教えてほしいと言われてね。だから、僕は包み隠さず言ったんだ。君は僕の妻で、死んだことが今でも受け入れられなくて、君を探して引き取ったって」
「え……」
「で、その時、今の思いを伝えたんだ。僕の事はいいから、君はちゃんと大人になって好きな人生を生きて欲しいってね」
「それって……」
マリーには分からない。異常ともいえる執着の強い目の前の彼が言った意味を。
好きで好きでたまらない相手と再会したのに、援助もして育てたのに、自由に生きて欲しいという、彼の真意を。
「彼女は好きだけど、小さな彼女を育てていると情もわくんだよね。ただ、幸せになって欲しい、というか。おかしいよねぇ、あんだけ、狂うほど好きで、息子を犠牲にしてまで一緒に生きて欲しかった人なのに」
その姿はすでに終わった恋を語るようでもあり、哀愁を帯びていた。
それは恋を語るというより、もっと深いものだった。
「僕が全部話してもアリアナは『そう』とだけ言ってね。そっけないよね。10歳だから仕方ないけど、僕は泣きそうなのに彼女は陽気に笑ってさ。嫌になるよね。しかもね、『結婚するならリシャールかテオの第二夫人がいい』ってさ。王子様がいいんだって。ひどいだろう? 若い男を選ぶなんて。まぁ、僕も一回死ねば似たような年に……」
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「冗談だよ、分からない?」
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