私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女と王都と、花と、死者

薔薇の街 終

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「エマは……聖女じゃないと思うぞ」
「え? 何を言ってるんですか? エマは一瞬で傷を治すような術者なんですよ。教会関係の聖女以外に誰がいるっていうんですか……?」
「そんな女聞いたことはない」
「聖女ですよ。町のみんなはそう言ってましたし。エマの身元はきっとわけがあって明かせないのかもしれませんが……エマは確実に聖女です」
「……」

 リシャールは困った。
 心底。
 彼女が修道女に執着する理由がまさかリシャールだったからだ。リシャールはローゼを奪った修道院なんて大っ嫌いなのに。
 それに、彼女が慕う聖女である親友がリシャールだと言ったら、どう思うだろう。
 リシャールとしては、女装男はさすがに彼女だってイヤだろうし、出来れば今の自分だけを見て欲しいのが男心だ。いつまでも隠すわけにはいかないけれど。

「それに私は、傷モノですから。殿下には似合いませんよ。後ろの開いたドレスも着れませんし」

 傷? なんだそれ?
 そんなものないぞ?
 と言いたいが、あえて言わないのはリシャールの男心だ。

 実は背中の傷はずっと心残りだったから、昨晩リシャールは濃厚な愛撫ついでに綺麗に治した。彼女は気づいていないようだった。
 
(まぁ、自分では見えないしな)

 リシャールは彼女は一生、背中に傷があると思って、背中の空いた服を着なければいい、と思っていた。

「背も低いですし、スタイルも良くないですし、頭の中身は海綿が詰まっているみたいですし」
「海綿は悪かった。まだ根に持っていたんだな。だが、背が低い事に問題でも?」
「身長差は大変だって聞いたことあります」
「……それ、意味わかっているのか?」
「家具のサイズですかね?」

 彼女はため息をついた。

「私は美人でもないですし。王都に来る前はすごい地味だったんですよ。びっくりするくらい、質素で地味な修道女でした。それに、殿下の方が美人です。殿下は女に生まれても美人で色気があってモテていたと思いますよ」
「ほぅ、自虐のオンパレードで私を納得させようとそんな事いうんだな。今夜は長い夜になりそうだ」
「ど、どういう」

 リシャールは、やっぱり今夜あたりは本気でどうかな、憎き修道院に帰れないような事をしてやろうか、というか、もう溺れてしまうくらいに躾けて良さを教え込んで、などと物騒なことを考えていた。

「殿下。顔が怖いです! わ、私は修道院に帰るので、そういうことされたら困ります」

 リシャールは修道院と言うものは時代遅れの今や意味のない場所だと知っていた。
 そして、そこには彼女が慕う聖女はいない。

「帰れるとでも……?」
「え……」

 能力のない彼女の先は見えていた。
 ユートゥルナに可愛がられて狭い世界で暮らすだけだ。
 狭い、狭い、時間が止まったところで。

「私は帰ります」
「別れ話は聞かない」
「私は、あなたにも感謝してますが、結婚はできません。ですから、生涯、殿下のご活躍をお祈りします。今までありがとうございました」
「それは聞き飽きた」

 祈ったところで世界は変わらないし、身近なところしか善行はできない。よって、人は平等なのだ。
 神などいないのだ。
 リシャールは人間は気持ちの持ちようだから、神を信じるのは個人の自由だが、それよりも自分が成せる事を見つけた方がいいと思っている。
 
(それに生きる上で無駄な仕事はないし、王族だからとか、女だからとか。女として生きていても、男として生きていても、自分は自分だろう)

 暗い部屋で祈る時間があるなら、出来ることをして前を向けばいい。神任せほど危ういものはないから。

「私はエマのように、なりたいのです。どうせ助からなかった命なら」

 彼女は立ち止まって必死にリシャールに言った。
 彼女の場合は、ただエマという人物に憧れているだけなのだ。
 リシャールは知っている。彼女の家族から離れて能力がないと言われ続けた寂しい暮らしを。
 心許せるのは孤児院と街の子供たちや市民、わずかな友人。
 
(それじゃあ、嫌味を言われていた令嬢時代と何の差がある?)

 むしろ、今の方が立場が悪い。

「こんな私が生きていく、エマは光なんです」


 リシャールの事を受け入れられない自信のなさも、全てあの明るい彼女を変えてしまった修道院という閉塞的な環境のせいだった。
 彼女が令嬢と生きていれば、こんな惨めな思いもせずに済んだのだろう。
 朝から晩まで命をすり減らして、雑用なんてせずに済んだ。
 彼女は修道女といっても名ばかりで、任務もない、やる事は下っ端に混じてやる雑務、もしくは、魔法使いの話し相手だ。

「だから、誰とも結婚はしません。好きだけど、できません」

 一生結婚する気がないなら、自分と結婚した方がましだとリシャールは思った。

(できる限り、いや、嫌というほど、その下りに下がった自己肯定感を見直すくらいに愛してあげよう。ローゼの『やりたい事』はすべて私が、気が済むまでさせてやる)

 リシャールは彼女の涙を拭った。手を繋いで歩いた。
 昔はふざけて彼女から繋いでくれた手を。

 今はリシャールは彼女に遠ざけられてばかりだった。
 彼女の泣き顔はリシャールを好きだと言っているように見える。
 
(好きじゃなきゃこんなに辛い顔をするわけない)

 だから、彼女は物凄くリシャールのことが好きなのだ、と。

 皮肉にも、リシャールたちの近くにいた若い男女が嬉しそうに我が子を抱いて歩いていた。幸せそうだった。

 リシャールは身分も立場も邪魔だった。
 もし、リシャールと彼女が身分に縛られない平民なら。

 リシャールは躊躇うことなく彼女再会した時点で告白して、それでささやかな式を上げて、深く抱き合い夜を共にし、そして愛しい子どもを抱けたのだろうか。
 愛していると言ったら、素直に嬉しいと言ってくれたのだろうか。
 リシャールを愛しそうな顔で見つめて、腕の中で全てを曝け出して、彼女の頭の先から爪の先端までのすべてを彼にくれたのだろうか。

 気がつけば、花屋の前だった。







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