私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

文字の大きさ
上 下
118 / 169
修道女と王都と、花と、死者

薔薇の街16

しおりを挟む
 再会を果たした彼女の姿形は以前と全く違えど、過去に諦めた初恋の人には間違いなくて、リシャールに迷いはなかった。

 それに、修道院の記録から彼女たちが同一人物であるとだいたいの確認が取れてからは、何事もスムーズだった。
 次に、リシャールは役所の記録から彼女の戸籍番号を探した。婚約する際に必要だったためだ。
 もはや自分は探偵だな、と笑いながら(実際には第一王子だったと思うが、もはや誰も私を王子なんて思わないだろう)懸命に捜査したのだ。
 
 彼女が社交界デビューに備えている中、リシャールは彼女の素性を知り勝手に婚約する為に戸籍を懸命に調べていた(役所の人間にはストーカーじみていてかなり引かれていた)。
 最早、リシャールの行為はら王子の所業ではなかった。言うまでもなく、正気ではなく、初恋にかける執念深さは国一だった。
 リシャールは自身を半ば狂っていると認めた。

(神とやらよ。私を甘く見るな? 私ほど、彼女を愛している男はいない。彼女の指先から内臓まで好きな気がする。自分でも、怖くなるくらい好きなんだ)

 話は戻るが、いくら修道院が一般役所に記録されている個人の記録までもを抹消しようとしても、すべては消しきれないものだ。
 こういう不正のために、王族が別に記録している場合があるからだ。
 要は、個人の記録は、役所と王家の2つある。
 ただ、王家の記録は膨大であり、余程の事が無い限り閲覧できない。
 一方、役所は、今生きている人間で王都にいるもの、所在地で簡単に知る事が出来る。
 ちなみに、王家の記録すら、何者かによって彼女は消されていたが、幸運な事に、過去のマリーローゼリーの記録はポールの記録から出てきた。

 そこには彼女の戸籍番号があった。
 その番号さえわかれば、王族の権力を使って戸籍をいじるのは容易かった。
 だからリシャールが修道院の戸籍から彼女を帰俗(出家から戻る事)させ、国民戸籍を戻すのも簡単だった。

 これにより、彼女の戸籍を修道院からもとの伯爵の娘に戻した。

 その時、リシャールは彼女の知らない所で彼女を戸籍上は一般人にした。
 よって、実は彼女はもう戸籍上は『市民』になったのだった。

(だって、修道女だったら、結婚できないじゃないか)

 リシャールはそれほど必死だったのだ。

 あとはリシャールが神とやらが持っている『契約書』を奪い破棄すれば、彼女は修道院から出る事が出来る。
 ちなみに今、彼女は、戸籍上は市民であり結婚はできるが、身分は修道女のままという立場だった。

 そう。その事実を彼女は知らないのだ。
 市民ならば、王族の命令には背く事が出来ない。
 彼女はその事実を知らないでリシャールから逃げて行こうなどと考えている、可愛い人なのだ。リシャールは彼女が何も知らない罠にかかった獲物のようで、愛しかった。

 そして彼女の社交界デビュー前に、リシャールは遠路はるばる彼女の父親であるミュレー侯爵に会いに行き、『私がエマだった事』も含めて全部話した。

 はじめは、『あのリシャール殿下が数年ぶりにまたやってきた! 戦争以外で何しに辺境地に来たのか?』 と驚いていたが、すべてを話し終えると、夫人は、嬉しそうに『エマ! あなたがエマなのね! ローゼがいつもあなたの事話していたの。ずっと、あの子のこと覚えてくれてありがとう』と泣いていた。
 その後も、リシャールたちはミュレー侯爵邸で仲睦まじく思い出を語りながら、婚約の話を進めた。

 夫人が今でもリシャールを『エマ、エマ』と呼んでいたから、『リシャールです』と訂正したが、直してくれなかったのが恥ずかしかった。
 夫人はリシャールたちの婚約(その時点で彼女は知らない)を大層喜んでくれて、『女の子が生まれたらエマにしましょう!』と先走っていた。
 ミュレー伯爵も『ぜひ修道女辞めさせて下さい!』『あなたは命の恩人です! ローゼと、ぜひ、結婚してやって下さい。お願いします。もらってください』と泣いて喜んでいた。

 ライアンはエマが男だと知り、物凄くショックを受けていたが、『エマは僕の中で永遠さ』と訳の分からないことを言っていた(それでも真面目な青年になっていた)。




 そして最後にリシャールは忠実な使い魔――人間だったり、鳥だったり、猫だったり様々だが彼らに、彼女が「素敵な場所」という修道院について調べさせた。

 もし、本当にエマに憧れているだけではなくて、修道院を気に入っているのならば、強引に結婚できないと思ったからだ。
 その時は予定通り婚約はするが、修道女を辞めるという事については、未練があるなら猶予をあげてもいいという考えだった。

 修道女たちは口々に使い魔に『絵描きのマリー』について容易く語った。

『ああ、マリーね。あの絵の上手な、万年下っ端の惨めな子』
『性格は良いでしょ、健気だし。特技は絵だけで、静かにいつも部屋にこもっているわよね。同期のマリアも出世しちゃったし話し相手がいないのかしら』
『貴族だったらしいのに、なんで修道院にきたのかしら? 制裁? まさかね』
『向いていないのに……まぁユートルナ様のお気に入りだからね』
『違うでしょう、同情よ。神様だから可哀想になったんじゃない。真面目にやっているから声くらいかけてやろうかな、って』
『無害そうだから、ま、マリーなんてどうでもいいけど。でもいつまで朝から晩まで下働きするのかしらね。身体もたないでしょ。あ、でもそれしか仕事がないのかな?』
『でも、マリーは嫌いじゃないのよ』
『いじめてなんか、いないのよ、私たち』



(だめだだめだ、もうだめだ)

 リシャールは思った。こんなところに清い彼女が1秒もいる意味がない。

 どこが素敵な場所なんだろうか。
 修道院のくせに空気すら澱んでいる。
 これにより、リシャールはもう絶対何が何でも彼女と結婚しようと思ったのだった。

 それが彼女の為。自分の為。利害一致、この結婚は正当性があるとリシャールの中で立証された。

(修道女なんて、今すぐ辞めてしまえ)

 それ以来、リシャールの目標は『彼女を仕事を陰ながら応援して時に助ける頼りになるボランティア』から『彼女に修道女を辞めさせる事』になった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

処理中です...