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修道女と王都と、花と、死者
薔薇の街14
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修道院とはこの国の信仰の対象である泉の神を祭る集団の本拠地であり、信仰のかなめである。
リシャールはミュレー侯爵の話を聞き、直ぐに辺境地のから山を越えた先にある、国境付近にある修道院本部を訪ねた。
ちなみにリシャールたち王都出身者が呼ぶ辺境地は、国境付近を差す。
だから、ミュレー侯爵邸も国境付近であり、修道院本部も、そこから北へ山を越えるとあるので、田舎の風景は変わり映えのない景色であった。
侯爵の話によれば、修道女になった彼女の名前はマリーというらしい。
リシャールは「なんとありふれた名前だろうか」と思った。
リシャールは、ありふれた名前だけを頼りに、修道院の門を潜り、『神』とやらと面会を申し出た。
しかし、出てきたのは明らか普通の修道服を着た老婆であり、神の代理人と名乗り、彼女はリシャールを見て、憐れむように言った。
「殿下。遠路はるばるお越しいただきましたが、大変申し訳ありません。マリーという人物にあなたは会う事が出来ません」
「何故だ?」
「いくら王族であられるあなたでも、ここにはここのルールがあります。それに、修道女は人間ではありません」
「馬鹿な事をいうな」
彼女は誰のものでもない。
人間は所有物ではない。
自分だけのものにしたかったら、閉じ込めて二度と外の世界と遮断しなければいけないのだ、とリシャールは憤慨した。
しかし。
「あなたの知る、マリーローゼリー・ミュレーは死んだと思って下さい。それが神の答えです」
それは、死刑宣告のような言葉だった。
思わず、リシャールはその死神の様な老婆を思いっきり睨んだ。
「もし、生きていたとしても、彼女は一生修道女です。あなたと生きる世界が違います」
そしてリシャールは成すすべもなく、修道院を後にしたのだ。
********
時が経ち、20歳の頃には父の助けもあり、リシャールは完璧に宗教裁判を勝っていた。
また、それをきっかけにリシャールは堂々と死体を掘り、今度は国の為に戦う生きる死体をつくり続けた。
そして、自らも戦に出て、長らく続いた大戦を勝ち取り、平和を手に入れた。
私生活としては、初恋を諦めきれず、修道院に彼女を会いに行けば門前払いを繰り返していた。
辺境地を訪問するたび、思い馳せた。
時々、リシャールは、近く訪れた折に人知れず田舎町に足を運び、教会の中庭の長椅子に座った。
そこだけが唯一、リシャールを許してくれる空間だった。
そしてそこで彼女を未練がましく思い出しては、恋い焦がれた。
リシャールの願いは、彼女ともう一度話がしたい、ただそれだけだった。
結婚したいという願いは次元の低いものに変わっていた。
時はさらに経ち、リシャールは年を重ねた。
すると、見合い話が舞い込んできたが、煌びやかなお見合い相手の、中身のない令嬢など興味を持てなかった。
リシャールはどの女も抱く気すら起こらず、修道女となった彼女との再会だけを夢見た。
リシャールは、ただ彼女に会いたい。
それだけだった。
それからまた月日が流れ、ふと、気づけば、リシャールはひどく汚れていた。
その頃になれば、今更、汚れひとつない神の元で暮らす綺麗な彼女に会ってどうするつもりだったんだろう、と思い始めた。
氷魔法で作った兵で敵を蹴散らし、血で大地を汚し、最期は全てを凍らせ、無に帰す。
毎回その作業を淡々と繰り返す。特に感情はない。出来ればこんなことはしたくないけど、嫌だいやだと思ってもこの地獄は終わらない。
ただ、わかることは、リシャールは戦で随分穢れてしまったのだ。
心身ともに疲弊し、常に頭痛がしていた。
誰かがいつも「殺してやる」と言っている様な気がした。
誰もリシャールを人間だと思わなくなった。
それは、当然の報いだった。
戦によって、沢山の兵の、その家族の、友人の恨みを買った。
人を殺めてしまった。生活を奪った。楽しみを、未来を奪った。
リシャールは死者を甦らせるという禁忌以外の罪を犯し過ぎた。
さらに、命を弄ぶ異様な存在であることから、国民にすら、嫌われている有様である。
しかし、リシャールが戦に出なければ、自国は完全に他国に比べ近代化の遅れをとっており、すぐに負けて、植民地にされてしまうだろう。
飛び道具や兵器が開発され始める中、研ぎ澄まされた伝統的な剣など役に立たない。
初めは、兵力を補うために参加した戦だったが、普通の人間は脆弱すぎて見てられず、そのうちリシャールは生身の兵は下げて、屍と氷でできた自らの兵と共に前線に立った。
リシャールからすれば、この魔法と才能があれば、人など簡単に全て無に帰することができた。勝つのは容易かった。
リシャールには人を殺す才能と、命を弄ぶ能力があったのだ。
だからといって、リシャールが人殺しが好きなわけではない。
すべては、国民のためだった。
それに、国の国境付近の脆弱な結界は最早役に立たなかった。
今の時代において、魔物や魔法よりも危険なのは『人間』だった。
そして、一番初めに敵に狙われてるのが国境付近の修道院だった。
(彼女を守れるなら、人殺しでもいい)
リシャールは今日も明日も彼女の生活を守られたなら、それ以上嬉しい事はないと思った。
このようにして、一度目は戦地で、リシャールは失恋したのだ。
リシャールはミュレー侯爵の話を聞き、直ぐに辺境地のから山を越えた先にある、国境付近にある修道院本部を訪ねた。
ちなみにリシャールたち王都出身者が呼ぶ辺境地は、国境付近を差す。
だから、ミュレー侯爵邸も国境付近であり、修道院本部も、そこから北へ山を越えるとあるので、田舎の風景は変わり映えのない景色であった。
侯爵の話によれば、修道女になった彼女の名前はマリーというらしい。
リシャールは「なんとありふれた名前だろうか」と思った。
リシャールは、ありふれた名前だけを頼りに、修道院の門を潜り、『神』とやらと面会を申し出た。
しかし、出てきたのは明らか普通の修道服を着た老婆であり、神の代理人と名乗り、彼女はリシャールを見て、憐れむように言った。
「殿下。遠路はるばるお越しいただきましたが、大変申し訳ありません。マリーという人物にあなたは会う事が出来ません」
「何故だ?」
「いくら王族であられるあなたでも、ここにはここのルールがあります。それに、修道女は人間ではありません」
「馬鹿な事をいうな」
彼女は誰のものでもない。
人間は所有物ではない。
自分だけのものにしたかったら、閉じ込めて二度と外の世界と遮断しなければいけないのだ、とリシャールは憤慨した。
しかし。
「あなたの知る、マリーローゼリー・ミュレーは死んだと思って下さい。それが神の答えです」
それは、死刑宣告のような言葉だった。
思わず、リシャールはその死神の様な老婆を思いっきり睨んだ。
「もし、生きていたとしても、彼女は一生修道女です。あなたと生きる世界が違います」
そしてリシャールは成すすべもなく、修道院を後にしたのだ。
********
時が経ち、20歳の頃には父の助けもあり、リシャールは完璧に宗教裁判を勝っていた。
また、それをきっかけにリシャールは堂々と死体を掘り、今度は国の為に戦う生きる死体をつくり続けた。
そして、自らも戦に出て、長らく続いた大戦を勝ち取り、平和を手に入れた。
私生活としては、初恋を諦めきれず、修道院に彼女を会いに行けば門前払いを繰り返していた。
辺境地を訪問するたび、思い馳せた。
時々、リシャールは、近く訪れた折に人知れず田舎町に足を運び、教会の中庭の長椅子に座った。
そこだけが唯一、リシャールを許してくれる空間だった。
そしてそこで彼女を未練がましく思い出しては、恋い焦がれた。
リシャールの願いは、彼女ともう一度話がしたい、ただそれだけだった。
結婚したいという願いは次元の低いものに変わっていた。
時はさらに経ち、リシャールは年を重ねた。
すると、見合い話が舞い込んできたが、煌びやかなお見合い相手の、中身のない令嬢など興味を持てなかった。
リシャールはどの女も抱く気すら起こらず、修道女となった彼女との再会だけを夢見た。
リシャールは、ただ彼女に会いたい。
それだけだった。
それからまた月日が流れ、ふと、気づけば、リシャールはひどく汚れていた。
その頃になれば、今更、汚れひとつない神の元で暮らす綺麗な彼女に会ってどうするつもりだったんだろう、と思い始めた。
氷魔法で作った兵で敵を蹴散らし、血で大地を汚し、最期は全てを凍らせ、無に帰す。
毎回その作業を淡々と繰り返す。特に感情はない。出来ればこんなことはしたくないけど、嫌だいやだと思ってもこの地獄は終わらない。
ただ、わかることは、リシャールは戦で随分穢れてしまったのだ。
心身ともに疲弊し、常に頭痛がしていた。
誰かがいつも「殺してやる」と言っている様な気がした。
誰もリシャールを人間だと思わなくなった。
それは、当然の報いだった。
戦によって、沢山の兵の、その家族の、友人の恨みを買った。
人を殺めてしまった。生活を奪った。楽しみを、未来を奪った。
リシャールは死者を甦らせるという禁忌以外の罪を犯し過ぎた。
さらに、命を弄ぶ異様な存在であることから、国民にすら、嫌われている有様である。
しかし、リシャールが戦に出なければ、自国は完全に他国に比べ近代化の遅れをとっており、すぐに負けて、植民地にされてしまうだろう。
飛び道具や兵器が開発され始める中、研ぎ澄まされた伝統的な剣など役に立たない。
初めは、兵力を補うために参加した戦だったが、普通の人間は脆弱すぎて見てられず、そのうちリシャールは生身の兵は下げて、屍と氷でできた自らの兵と共に前線に立った。
リシャールからすれば、この魔法と才能があれば、人など簡単に全て無に帰することができた。勝つのは容易かった。
リシャールには人を殺す才能と、命を弄ぶ能力があったのだ。
だからといって、リシャールが人殺しが好きなわけではない。
すべては、国民のためだった。
それに、国の国境付近の脆弱な結界は最早役に立たなかった。
今の時代において、魔物や魔法よりも危険なのは『人間』だった。
そして、一番初めに敵に狙われてるのが国境付近の修道院だった。
(彼女を守れるなら、人殺しでもいい)
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