私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女と王都と、花と、死者

薔薇の街11

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 その後も、リシャールは先ほどの話を終えても、「ローゼの行きたいところに行こう?」と言って、1つ1つ丁寧にマリーの希望を聞いてくれた。
 そして、マリーたちはメイン通りに戻り、以前修道院の同僚であるマリアが言っていた薔薇を原料に使った化粧品店に入った。

「わぁ……すごい」

 広い店内の中は所狭しと、薔薇が彫られた容器の化粧品が並んでおり、中央には大きな花瓶で花が活けられていた。
 床は白い大理石で、店内の所々に鏡が設置され、試供用のコスメもある。

「時間はまだあるから、ゆっくり選べばいい」

 リシャールは、どれを買おうか迷うマリーを待ってくれた。

「いい香り」

 マリーは迷った挙句、今年の新作だという、試供用の淡い桃色の小瓶を手に取り、香りをかいだ。
 薔薇の上品な香りだった。
 
 すると、リシャールは小瓶を持つマリーの手を引き寄せて匂いをかいだ。

「本当だ。きみに、似合う香りだ」
「……!」

 リシャールは珍しくも、その整いすぎた顔で優しく、にこっとしたのだ。

(きみって……わ、私だよね? そ、それにしても……)

 マリーは、リシャールに麗しく笑われたらもうだめだった。
 キャパオーバーだった。

(か、かっこいい……! 普通に笑うと、すっごく、かっこいい!)

 もともと、リシャールの顔が大好きなのだ。
 死ぬほど好みなのだ。
 だから、いつも仏頂面のリシャールに珍しく、優しくにこっと笑われたら、素敵すぎて凝視出来ない。

(どうしようっ、笑ったら100倍かっこいい!)

 マリーは、どうしても自分を制御できなくて、赤くなる。
 そんなマリーの心中も知らずに、リシャールは首を傾げた。

「どうした?」
「いえ、特に……」

 マリーはぐっとおさえた。
 そして、少し冷静になった。
 だいたい、別れるのに、照れてどうするのだ。
 馬鹿みたいだ。悲しくなるだけだ。

「香水は手首や首筋に付けるといい。そのタイプの容器は、つけた時は爽やかな軽い香りで時間が経ってから甘く香るものだ。少量で長く効果が続くと評判だ」
「詳しいんですね」
「原産国だからな」

 ローズラインの薔薇は香りが強く、化粧水も使用後に香りが残る。
 薔薇の香りは王都の香り。

「私は何もつけてない方が好みだが……」

 マリーは、素敵な香りなのにそんな風に言わないでも、と思いつつ、リシャールに言われた通り、スーッと首筋にコロンをつけた。

「これで私もいい香りですね。都会人」

 マリーがふふっと冗談ぽく笑うと、急にリシャールが首に顔を近づけてきた。

「ちょっと……!」

 平日だからか、客はまばらで、今日は市民に美術館を開放しているから皆そちらに客足が流れている。
 定員も他の接客中だ。
 外から店の様子がよく見えるガラス張りの店の中。そのおしゃれな香水瓶や化粧品が並ぶ店内の隅。
 つまり、通行人から丸見えの位置で。

「まぁ、これは、これで、きみの香りが混じって……いいかな」

 背が高いリシャールは屈んで、マリーの首筋に顔をうずめた。

「殿下……!」
「なんだ?」
「あ、あの、公衆の面前なので、その……」
「ああ、そういうことを気にするのか?」

 リシャールは顔を上げ、何か言いたげに、遠目で外の橋付近のカップルを見た。
 キスをしている。濃厚なやつを。

「さすがに昼間からあれはしないが……」
「……」
「まぁ、観光地だからか、恋人が多いし、珍しくない光景だ。だから、これくらい目立たないのにな」

 おや? リシャールは先ほどの話を聞いていたのだろうか。
 マリーは修道女を辞めるつもりはないから、婚約者のつもりもないのに、こんな昼間から堂々といちゃついていて、いいのだろうか。もう別れるのに。

「……殿下だって、こんな事していたら、いくら目立たない魔法をかけていても、新聞社にまたあれやこれや大袈裟に書かれますよ」
「ああ、あいつらにこんな気休め魔法は効かないからな。スクープだろうな」

 しかもこの王子様、変装魔法をしてないのだ。
 服装は騎士風であり、リシャールがいくらあまり国民の前に出ないと言っても、わかる人にはわかるのに。

「婚約者だから、何を書かれようが問題ない。むしろ、書いてくれても構わない。最近、テオもネタ切れで困っているようだしな。誰かが新聞社のネタにならなくてはいけない。それは王族の使命だ」
「え……どういう使命ですか、それ。プライベート切り売り商売ですか? というか、私たちはもう……別れるのでは?」

 マリーは思わず、じーっとリシャールを見つめた。

「何の話だ?」

 マリーはその一言に絶望した。

「だってさっきまで、いつになく、しんみりした雰囲気だったじゃないですか……!」
「しんみり? なんの話だ? 貴様が泣きそうだから、黙っていた事の話か?」
「私の修道女人生を応援してくれるのではなかったんですか……?」

 その言葉に、リシャールは眉をひそめた。

「応援? 馬鹿か。私は修道女なんてやめてしまえと、常に思っている」
「え……!」
「だから、前から別に養うから、側に居てくれるだけでいいと言っているだろう。だいたい、妃なんて立場に気を負う必要がないのに」
「何言っているんです? 第一王子のお妃様ですよ?」
「貴様こそ、まだ分かってないのか。じゃあ……今夜あたり、本気出して抱こうかな」

 リシャールはマリーの耳元で甘く低い声で囁いた。
 というか、今日も泊まるのだろうか。
 
(本気ってなに!?)

 マリーが数時間かけて、じっくり語った結果。
 全く何も伝わっていなかったらしい。
 しかも、この状況。
 
(これは、もしかして……私たちは)

 マリーは気づいてしまった。
 マリーとリシャールは形だけ婚約をして、公務があるときはお昼に手作り弁当を持参して一緒に食べたり、しかも、首にキスされるなどのいちゃいちゃらしい事もしていた。
 昨日は、一夜を過ごし、一線は超えてないものの、夜にそれなりの事はしているし、今だってデートもしている。
 しかも、今や思い出話も語りあう仲だ。

(これは、もはや……恋人ごっこではなく、本物の恋人?)

 マリーは今更ながら気づく。

(駄目よ。流されたら。こういうところが、私のいけない所だわ)

 マリーはこの甘ったるい雰囲気を変えるべく、話題を変えた。
 マリーは、出来るだけ不自然ではない話を明るく話そうとした。

「そういえば、殿下もほのかに甘い薔薇の香りですね」
「そうか? 私は何もつけてないが」

 リシャールはそのようにいうが絶対何かつけている、とマリーは確信していた。

「そうですか? いつもしますよ。私の好きな匂いです。香水で無ければ、洗剤かソープですかね?」
「……」

 正直なところ、リシャールからは毎日マリーの脳みそを溶かすようないい香りがするのだ。
 ここの香水なんか比じゃない。
 近くに行かないと分からないほどの微かな香り。
 マリーはその香りが大好きだった。
 初めて会った日のあの上衣も、いい香りがした。
 だから、自分へのお土産にその香りを買いたいのだ。
 だから、この機会にリシャールに聞いてみることにした。

「やはり、殿下は、高貴な人ですからいい香りがします」
「……あのな」
「今まで嗅いだことがないような、いい香りでずーっとかいでいられます。落ち着く香りです。好みなんですよね。どこのソープですか? ここに売ってたら、思い切って給料入ったから買おうかなぁ」
「……貴様は本当」

 リシャールは額に手を当て、ため息をついた。

「……ひどく抜けている、な」
「はい……?」
「だから、昔からずっとーー心配でいられないんだ」
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