私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女と王都と、花と、死者

薔薇の街⑩

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 マリーとリシャールは、城下の大広間にある噴水を通り過ぎ、昔話をしながら、王立美術館と植物園を散策した。
 実は今日は珍しくも無料開放日であり、特別展示以外は自由に入場手続きなしで見物できるのだ。

 2人はゆっくりと、散歩しながら話していた。
 この国が信仰する初代女神ユートルナの絵画や、硝子でできた骨董品を見たり、感想を言ったり、植物園を歩いた。
 その最中に、途切れ途切れに、マリーは昔話をした。

 本当はここまで詳しく、話すつもりなんてなく、さらりと伝える予定だったが、リシャールが昔話を聞きたそうに「それで? 彼女はどんな人だったんだ?」とエマについて尋ねて来たり、「あの時、貴様はどう思ったんだ?」とエマに出会った時の話を聞いて来たりしたので、細かく時間をかけて話すことになったのだ。
 もちろん、エマとキスをしたことは伏せて、だ。

 それにしても、他人に興味がなさそうなリシャールが人の話をここまで聞きたがるのは珍しいことだった。
 いつもはあれやこれや他人の話を話し過ぎるとーーつまりフレッドやジャンについての話なのだがーーうるさそうな顔をするのに。

 もともと、マリーはリシャールに『聖女』であるエマのことを遅かれ早かれ話すつもりでいた。
 その話は修道女としてのマリーの原点であり、マリーにとって大切な人であるリシャールとちゃんとお別れするために、その話はしなければならないものだからだ。

 マリーは命を救ってくれたエマに憧れて、身分を捨てた。
 リシャールは身分を捨てられない。

 マリーの修道女としての仕事は、別に彼女でなくても誰でもできるものだ。
 リシャールには彼しかできない王族としての仕事がある。

 マリーに妃など務まらない。王族生まれのサラですら、王家との結婚の大変さをこぼしていたくらいだ。
 マリーは第一王子と結婚する器量も、教養も何もない。
 ただ、愛されるだけの妻にも、なりたくない。
 それなら、もっと有能な人とパートナーになってほしいと思う。
 リシャールの足手まといにはなりたくないのだ。

 よって、二人の立場は平行線でいつまでも交わることはない。

 マリーは国とリシャールの幸せを一歩、いやそれ以上引いて応援しているのだ。
 怒りなどない。
 地味な修道女である自分を静観している。
 努力でどうにかできる範疇を越えているのだ。この恋は。 

 それに、マリーは一度修道院の門を叩いたからには、簡単に修道院を辞められないのだ。
 マリーの身は、もう契約において修道院の、神のものなのだ。
 だから、マリーには自由がない。結婚なんてできない。
 いくらリシャールが書面上でマリーと結婚したとしても、時が来て、あの修道院の門を潜れば――もう、マリーを見つけられないのだ。

 永遠に。

 だって、目の前にいる、ローゼは何もかもが、作り物だから。
 髪の色も、目も、身分も、全部、ユートルナの魔法だからだ。
 魔法が解ければ、誰も、ローゼの顔を思い出せなくなる。それが潜入捜査というモノなのだ。
 ユートゥルナの魔法は特別なのだ。だって、彼は神様の生まれ変わりだから。

 それに、マリーは修道女を辞めたいなんて思わない。
 あそこはマリーの帰るべき場所なのだ。
 友人も待っている。勉強を教えている街の子供たちや、もはや兄弟の様な幼い修道士たちも待っている。
 穏やかな、そして静かな日々に戻る、のだ。
 そして、「ああ、王都で、素敵な人に出会って、教会で、物語の様な恋をしたな」と時折思い出すのだ。
 それが、この恋の行く先だ。
 

 多種多様な薔薇が咲き乱れる植物園を出て、しばらく歩いた通り道に自転車に乗る若い男女がいた。
 10代半ば頃の男が、帽子をかぶった女を後ろに乗せて、笑い合いながら、風を切って走って行った。
 マリーはその男女の初々しさに思わず笑みがこぼれた。

「殿下、自転車に乗れますか?」
「……自転車ぐらい乗れる」
「さすが、殿下ですね。……そういえばエマは都会の人だから、自転車に乗れななかったんですよ。思い出しました。物知りなエマに、唯一私が、教えてあげれたのは、自転車の乗り方だったんです」
「……」
「まぁ、エマは運動神経が恐ろしく良かったから、すぐに全力疾走して、手は離し運転とかしてましたけどね。よく、自転車の後ろに乗せてくれたなぁ。懐かしいです。私の住んでいた田舎は山手で土地が広大で坂も多かったですから自転車が不可欠だったんです」
「……そうか」
「いい思い出です」

 それから、2人は何も言わず、来た道を戻り、メイン通りまで歩いた。

「今日の話でローゼがなぜ修道女になったのか、よくわかった」

 リシャールは歩を止め、マリーに向き合った。
 無表情ではないが、その瞳はいつになく静かな色をしていた。
 どうやらマリーの修道女になった決心が、リシャールにも伝わったらしい。

「エマの様にはなれませんが、いつかそのように役に立つ人になりたいものです」

 あの日から、マリーは身分を捨てる事を決めた。
 彼女の両親も、マリーに魔力があることを知っていたし、自分たちもエマに助けられた身であったため、その翌年には快く修道院に送り出してくれた。 
 もちろん、婚約は取り消された。

「……」

 リシャールは何も言わなかった。
 静かだった。
 リシャールは、エマによく似た青い瞳で、マリーを見下ろしていた。

「聞いてくれてありがとうございます」

 マリーはリシャールには知って欲しかったのだ。
 修道女にこだわる理由を。
 それをしっかり説明することが、リシャールに対する誠実な態度だと思ったからだ。
 恋人のふりをして、とんずらする身ではあるが、出来る事なら、正直にこの恋を終わらせたかった。

(いつか、もし……素敵な修道女としてこの国の為にできたら殿下の為になるのかな)

 それがリシャールに対する恩返しかもしれない。
 エマと、リシャールに対する。
 暫く2人は無言であった。
 ただ見つめ合って、それからリシャールは歩き出して、マリーはその後について行った。
 リシャールはわかってくれたのだろう。
 物分かりは悪くないのだ。どちらかと最近はマリーが好きで盲目気味だったが、真剣に話せば理解してくれるタイプだ。
 マリーは、リシャールの無言が肯定だと思った。
 未来のない恋を認めた、と。
 だから、せめて今日だけは、残りすぎないリシャールとはの日々を楽しもうと思った。

 そして昼近くになったので、広場近くの人気のカフェで昼食を食べた。
 たまたま運良く空いていた窓際の奥の席に座り、蒸し鶏と野菜のベーグルと豆のサラダとコンソメスープのセットを2つ頼んだ。
 さすが人気店。どれも盛り付けが上手で、美味しい、とマリーは思った。
 マリーは黙々と食べるリシャールに感想を聞くと、「ローゼと食べたものは何でも美味しい」、「ローゼの作るものの方が一番だが」と言っていた。
 マリー的には絶対店の方が美味しいと思っていたので、意外だった。
 
「全部が特別だった」
「え……?」

 リシャールが食べ終わり、外の街並みを見ながら呟くように言った。

「ローゼと出会って、教会も悪くないと思った。食事も面倒でなくなった」
「……殿下?」
「そして、公務のない、休日が嫌いになった。ローゼのいない日は、いつも考えていた」

 リシャールは真っ直ぐマリーを見て、少しだけ、笑った。

「きみは今頃、何をして、何を思っているのか。もう、これ以上好きな人には会えないだろうなぁ、ってな」
「……!」

 別れ話のような雰囲気なのだろうか。
 寂しさと、涙が滲む。
 自分から言っておきながら、マリーはぐっと涙を堪えた。
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