私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女と王都と、花と、死者

薔薇の街④回想

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「この色?」
「ああ、そうだ。その色が、ほしい」

 エマに『色』が欲しいと言われただけなのに、マリーは内心どきどきしていた。
 フードを被っていてよく色合いは解らないが、宝石の様な、綺麗な瞳に見つめられると、体中に知らない熱がのぼってきて、だめだった。

(どうしよう、何か言わなきゃ……)

 金縛りにあった様に、上手く声が出ない。
 何故かはわからない。
 この感情は今までにないものだった。
 恥ずかしい、とも、怖いとも、違うし、単純にエマと話せて嬉しいとも違う。
 全部混ぜたような、不思議な感情だ。
 声を出したくても、出ない。
 緊張感により、心地よい、熱だった。
 それは、エマに話しかけられたからか、もしくは。

「ダメなのか?」

 エマの声で、その異様な金縛りはとけた。

「え、いや……どうぞ! お好きに使ってくださいっ」
「ありがとう」

 マリーはおずおずパレットを差し出すと、エマはほんの少し嬉しそうに口角を上げた。
 エマはホルマリンの絵日記らしいスケッチブックにそのマリーから借りた赤を重ねた。
 
 たったそれだけのきっかけでマリーとエマは話すようになり、打ち解け、ミサがあるたびに顔を合わせるようになったのだった。

 そのころ、教会の裏庭では初夏の花が雑草に紛れて、半分野生化したデイジーやなでしこの花が咲き乱れていた。
 農民が山羊を散歩させるような長閑な町で、マリーとエマは鮮やかな赤、黄色、白、紫の花に紛れて、その夏を過ごした。
 足元を飾る花の中で、それぞれ好きな絵を描いたり、本を読んだり、ときにはマリーの持参したお菓子を二人で分け合って食べた。
 エマは口数が少なく、一緒にいるだけの時間が多かったが、マリーはその穏やかな時間が好きだった。

「ずっといい絵を描くと思っていたんだ」

 それなりにお互いの事を知った頃。
 真っ青な青が印象的なよく晴れた日の午後、マリーが花の絵に色を乗せていた時。
 エマが突如、気まずそうに言った。

 エマの話によると、彼女は随分前から――この町に巡回に来た当初からマリーを遠目に見ていたらしい。
 エマの話曰く、いつもマリーの絵を感心して見ていた、と。

「きみは画家になればいい。良い色を作る。赤だけじゃなくて、ほら、その緑も、深くていい。空の青さを表す色も素敵だ」

 エマはマリーが見返すと気まずそうに視線をそらして、やや照れながら、マリーの何気ない風景画をよく褒めてくれた。

「きみは、ちょっと抜けているから、のんびり絵でも描いている暮らしが似合うと思う。いや……穢しているわけじゃない……その、政略結婚なんて似合わないと言っているんだ」

 当時、マリーは伯爵家の令嬢であったし、もうすでに婚約者がいた。
 婚約者はマリーをみると、いつも「お前と結婚するのかぁ。ああ、はずれだ」というような、意地悪な、そして聡明で見目麗しい女の子が好きな少年だった。
 お互い恋など知らないもの同士の婚約だ。
 そのよくある貴族の政略結婚を、修道女であるエマはどこかお節介なとこがあって、心配していたらしい。

「王都に知り合いがいるんだ。よかったら、その……もう少ししたら、そこに来ないか? きっと勉強になると思う」
「それ素敵ね。そういう風に生きれたら、いいなぁ」

 マリーは貴族。
 だから、自分の結婚の意味をよく分かっていた。
 だから、やんわり、エマに返答した。
 エマは納得いかない様で、しばらく、不機嫌な顔で俯いてしまう。

「私は……ほんとうに、好きなんだ。きみの……絵が」
「ありがとう、エマ」

 どんな絵も、エマは好きだと、少し照れて、そっけなく褒めてくれた。


 そして、マリーは日に日に、エマと居る時間が増えていった。
 何でも話せるように打ち解けた頃、マリーはずっと引っかかっていたことを聞いてみる事にした。

「あのね、エマ。なんで、初めて会った頃はいつも怒っていたの?」

 マリーは出会った当初の険悪なエマの心境を聞いてみた。
 教会のベンチでサンドイッチを食べている時だった。
 すると、エマは訳が悪そうに、俯いて言った。

「怒っていないよ。もともと、こんな不機嫌な顔だ。……ただ、きみみたいな子、初めてでどう接していいかわからなかったんだ。……悪かった」

 エマは歯切れが悪く、小声だった。
 エマは発言に戸惑っているようだった。

「きみみたいなその……」
「なあに」
「私みたいな……嫌われ者に声をかけて来るような、馬鹿みたいな間抜けな子に会った事が無かった」
「え、それひどい。エマは素敵なのに! 嫌われるってどういうこと!」
「え、そっち?」

 エマは微妙な顔をした。
 エマは、何故、自分の事を嫌われ者なんて言うのか、マリーは問いただしたが、教えてくれなかった。
 エマは、少し戸惑った後、真っ直ぐマリーを見た。

「正直……きみみたいな、かわいい子に会った事が無かったんだ」

 まるで、男子なら告白の様なセリフで、マリーは思わず笑ってしまった。

「へんなの。エマの方が可愛いのに」

 マリーはこの国では珍しい真っ黒な髪色に、魔女みたいな紫の瞳で、平凡な顔立ちだ。
 それに比べ、エマはフードから見え隠れする束ねた髪は淡い銀の糸のように美しい。
 しかも、目鼻立ちは作り物のように神聖さすら感じる美女であり、14歳にしては背も高かったし、真夏というのにフードを被り、修道服にズボンという厚着だったがスタイルが抜群に良かった。
 だから、マリーはエマの言っていることが分からなかった。
 
「私は本気だが……」
「分かったよー」
「全然わかっていない……」

 エマはぶつぶつ言っていたが、マリーは気にしなかった。

「でもエマ。初対面で、『去れ』なんて言ったら、嫌われちゃうからやめた方がいいよ?」

 マリーは人見知り?であろう、不器用なエマの今後の為に言った。
 マリーだから、あまり気にすることなく、友達になれたが、人間関係というものは、たいてい初対面で決まるのだ。
 エマが今後、勘違いされない為に、マリーから、友人としての忠告だ。
 しかし、エマは、首を傾げた。

「きみは、私の事が嫌いなのか?」
「好きだよ?」
「しかも、きみは去らなかっただろう? あんな言い方されても……」
「そうだね。なんでだろうね」

 2人は笑った。
 なんだろうか。
 マリーは最悪の初対面でも、エマの事は嫌いになれなかった。
 エマには初めからマリーを惹きつける何かがあったのだ。
 マリーはエマと居る時間が、楽しくて仕方なかった。
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