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修道女と王都と、花と、死者
薔薇の街③ 回想
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それはマリーがまだ12歳の何も知らない女の子で、『マリーローゼリー・ミュレー』という辺境地伯爵令嬢だった頃の事だ。
マリーは修道院に隣接する広大な領地をもつ、宗教に深い理解がある家系に生まれた。
首都から離れた田舎だったため、山や川、農地に恵まれた自然の中で育った。
領地は、首都ほどの豪華絢爛な屋敷ではなかったが、今思えばそこそこの規模だったと思う。
マリーの住む侯爵邸の屋敷の中には、神父を招けるぐらいの立派な礼拝堂があった。
だから、字を読めるようになる前から聖書の内容は頭に入るぐらい毎日聞かされていた。
マリーの両親は、ユートゥルナ教会の信仰に厚く、休日になると平民に混じって教会で行われていたミサに参加していた。
しかしながら、ミサと言ったら、祈りやらお言葉やら、いろいろ子供にとっては退屈である。
12歳のマリーも例外ではなく、ユートゥルナという代々生まれ変わりながらも国を守ってきた生き神様の素晴らしさや、教会ありきのこの国の歴史ーーつまり、国境の結界により何度も戦を免れた事について理解は出来たがまだぴんとはこなかった。
だから、ミサはとても退屈だったのだ。
同じ祈りの言葉、どこか聞いたことあるような神父の話、誰一人話さず静まり返る教会は異様なものとさえ思えた。
つい、マリーはミサの最中に居眠りをしてしまい、それについて両親に咎められ、たまたまその日はミサに参加せず、教会の横にある庭で時間を潰すことにしたのだ。
町人は皆顔馴染みで、田舎の領地だから、12歳の少女である令嬢が一人でいたとしても、特に危険もない。だからいつも彼女は自由だ。ミサが終わるまでの間、野原に花を見に行き、時には川辺で本を読んだりしていた。
マリーは貴族とはいえ、自由気ままな少女時代だった。
そんな時に、巡回の神父様に連れられていた少女、つまりのちに聖女様と慕うエマと出会ったのだ。
エマは異様な女の子だった。
昼間からミサに参加する事もなく、中庭で盛大に本などの私物を広げていた。
その本も、『生き物膀胱大辞典』とか『世界で一番つらくて面白い兵役』とかよくわからない不思議な題名のものだった。
普通の正常な少女ならば、まず手に取らない本だ。
――怪しい。
それがマリーの第一印象だった。
しかしその変な所を打ち消すぐらいにエマは綺麗な女の子だった。
エメラルドグリーンの瞳、淡い銀髪、すっきりとしすぎてどこか悲しい憂いを帯びた整いすぎた綺麗な顔。
少女にしては肉付きが悪く、背は高い身体。
少し触れただけで、壊れてしまう芸術品のような存在感。
(綺麗)
マリーは一目で、心を奪われた。美しい、と思ってしまったのだ。
エマは真昼間の良く晴れた日にも真っ黒な深いフードのついた上着を羽織り、当時の少女には珍しく裾の長いワンピースの下にズボンを履いていた。
出会ったその日、マリーはエマに声をかけようとすると、にらまれたのでやめた。
(あんなにきれいな子初めて見たわ。友達になりたい)
それはある意味恋の様な、興味だった。
純粋にマリーはエマの美貌に惚れており、近づきたかった。
マリーは教会に行く事が楽しみになった。
「あの……!」
「君に用はない。去れ」
しかし、マリーの想いもむなしく、エマは全く相手にしてくれなかった。
エマは人を避けている節があり、いつも一人でいた。
そんな日が何日か続いたある日のこと。
マリーは今日こそは声をかけたいと思っていた。
その日も変わり者のエマは昼間から教会の横でお手製のホルマリンに3日前に付け込んだというカエルをスケッチしていた。
その日、マリーはやっぱり諦めきれなくて、でも声もかけられず、エマの近くで絵具を用いて教会を描いていた。
そんな時だった。
「その真っ赤な血みたいな、どす黒い赤、少し貸してくれないか?」
それが彼女の第一声だった。
「えっと……この薄暗い赤の事?」
「ああ。それだ。その色が、足りないんだ」
エマはマリーのいろんな色が無造作に混じるパレットを見て言った。
エマはその日、思った色が欠けていて、心底困っているようだった。
マリーは修道院に隣接する広大な領地をもつ、宗教に深い理解がある家系に生まれた。
首都から離れた田舎だったため、山や川、農地に恵まれた自然の中で育った。
領地は、首都ほどの豪華絢爛な屋敷ではなかったが、今思えばそこそこの規模だったと思う。
マリーの住む侯爵邸の屋敷の中には、神父を招けるぐらいの立派な礼拝堂があった。
だから、字を読めるようになる前から聖書の内容は頭に入るぐらい毎日聞かされていた。
マリーの両親は、ユートゥルナ教会の信仰に厚く、休日になると平民に混じって教会で行われていたミサに参加していた。
しかしながら、ミサと言ったら、祈りやらお言葉やら、いろいろ子供にとっては退屈である。
12歳のマリーも例外ではなく、ユートゥルナという代々生まれ変わりながらも国を守ってきた生き神様の素晴らしさや、教会ありきのこの国の歴史ーーつまり、国境の結界により何度も戦を免れた事について理解は出来たがまだぴんとはこなかった。
だから、ミサはとても退屈だったのだ。
同じ祈りの言葉、どこか聞いたことあるような神父の話、誰一人話さず静まり返る教会は異様なものとさえ思えた。
つい、マリーはミサの最中に居眠りをしてしまい、それについて両親に咎められ、たまたまその日はミサに参加せず、教会の横にある庭で時間を潰すことにしたのだ。
町人は皆顔馴染みで、田舎の領地だから、12歳の少女である令嬢が一人でいたとしても、特に危険もない。だからいつも彼女は自由だ。ミサが終わるまでの間、野原に花を見に行き、時には川辺で本を読んだりしていた。
マリーは貴族とはいえ、自由気ままな少女時代だった。
そんな時に、巡回の神父様に連れられていた少女、つまりのちに聖女様と慕うエマと出会ったのだ。
エマは異様な女の子だった。
昼間からミサに参加する事もなく、中庭で盛大に本などの私物を広げていた。
その本も、『生き物膀胱大辞典』とか『世界で一番つらくて面白い兵役』とかよくわからない不思議な題名のものだった。
普通の正常な少女ならば、まず手に取らない本だ。
――怪しい。
それがマリーの第一印象だった。
しかしその変な所を打ち消すぐらいにエマは綺麗な女の子だった。
エメラルドグリーンの瞳、淡い銀髪、すっきりとしすぎてどこか悲しい憂いを帯びた整いすぎた綺麗な顔。
少女にしては肉付きが悪く、背は高い身体。
少し触れただけで、壊れてしまう芸術品のような存在感。
(綺麗)
マリーは一目で、心を奪われた。美しい、と思ってしまったのだ。
エマは真昼間の良く晴れた日にも真っ黒な深いフードのついた上着を羽織り、当時の少女には珍しく裾の長いワンピースの下にズボンを履いていた。
出会ったその日、マリーはエマに声をかけようとすると、にらまれたのでやめた。
(あんなにきれいな子初めて見たわ。友達になりたい)
それはある意味恋の様な、興味だった。
純粋にマリーはエマの美貌に惚れており、近づきたかった。
マリーは教会に行く事が楽しみになった。
「あの……!」
「君に用はない。去れ」
しかし、マリーの想いもむなしく、エマは全く相手にしてくれなかった。
エマは人を避けている節があり、いつも一人でいた。
そんな日が何日か続いたある日のこと。
マリーは今日こそは声をかけたいと思っていた。
その日も変わり者のエマは昼間から教会の横でお手製のホルマリンに3日前に付け込んだというカエルをスケッチしていた。
その日、マリーはやっぱり諦めきれなくて、でも声もかけられず、エマの近くで絵具を用いて教会を描いていた。
そんな時だった。
「その真っ赤な血みたいな、どす黒い赤、少し貸してくれないか?」
それが彼女の第一声だった。
「えっと……この薄暗い赤の事?」
「ああ。それだ。その色が、足りないんだ」
エマはマリーのいろんな色が無造作に混じるパレットを見て言った。
エマはその日、思った色が欠けていて、心底困っているようだった。
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