私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

文字の大きさ
上 下
100 / 169
修道女と王都と、花と、死者

王子と修道女の逃げられない夜①

しおりを挟む
 ガチャ、っと、ドアの取手が回る金属音が響いた。

「先に寝ていてもよかったのに」

 リシャールはベッドに座り、彼を待っているマリーを見て、微笑んでいた。

「……待っていろ、って殿下が言っていたんじゃないですか」

 そうだ。リシャールがマリーの住む屋敷を突然訪ねてきて、待っていろと言って寝室に誘導したのだ。
 雨の中、王子であるリシャールを追い返すわけもいかず。
 いや、今までなら、何ふり構わず逃げていたのかもしれない。マリーはずぶ濡れになってでも、夜でも構わず飛び出していた。
 しかし、今日は油断していたからか、寝る前だったからか頭が働かなかったのか、……マリーは逃げるまでもなく、リシャールに部屋まで追い詰められた。
 要は今日のリシャールは抜けていて鈍過ぎるマリーが考える時間を与えてくれなかったのだ。
 リシャールの湯浴みはあっという間だったのだ。

「まぁ、そうだが。いつもは言いつけを守らない貴様が大人しく待っているとは……期待してもいいのかな」

 よく言う。考える時間すら与えなかったくせに。
 リシャールは、この屋敷の寝室に窓も出口もないのを知っていて、言うのだ。

「き、期待ってな、な、な、なんの事でしょう?」
「惚けるのが下手過ぎて哀れだな」

 リシャールの色素の薄い髪が濡れていて金の糸のように美しく、頬は風呂に入って血行がよくなったのかほんのり赤かった。
 リシャールはゆったりとしたガウンを羽織っていた。
 いつもはきっちり隙がないような服装の彼を見慣れているせいか、着崩している格好は妙に色っぽく、マリーは動揺させるには十分だった。


(どうしよう、どうしよう! 結婚もしてないのに、夫を寝室のベッドで待つような、この自然な状況。まるで、平民の夫婦みたいじゃない)

 いつか読んだ物語にそっくりな状況だ。
 こんなシーンのあとは必ず愛のシーンがはじまるのだ。
 ようは、夜の営みというやつだ。

「そんなに、緊張しないでもいい。何もしてないだろう、まだ」
「まだ?」
「貴様だって、抵抗もなく私といるだろう。つまり、同意ということだ」

 リシャールは綺麗な人だった。マリーの大好きな顔で、性格で。その彼と今から何をするか。その身体に抱かれるのか。刻まれるのか。
 そう考えるとマリーはもう言葉が出ない。
 ほんのり、石鹸の香りがする。
 マリーは、これからの展開を考えると、緊張し過ぎて、ボーっとした。
 本当はリシャールと今後についてしっかり話し合いたい。
 結婚できないと伝えたい。
 だけど、今日はそれを言うと、本気で彼を怒らせそうで、そしたら危ない展開になりそうで、マリーは逃げるしかないと確信したのだ。

「そんなに緊張するな。まるで悪い事をしている気がするじゃないか」
「だって……」
「いや、悪いのかもしれないな。先を思えば、今から謝っておこうか?」
「なんで謝るのですか?」
「そりゃ、私は今からいろいろするから」

 マリーはリシャールに引き寄せられるように肩を抱かれた。
 マリーの好きな綺麗な顔が頭上で妖艶に微笑んでいる。

(だめだ……)

 このままでは流されてしまう空気だ。
 今日のリシャールに温情はない。
 リシャールの気を逸らすためにも、何か話さなくては、とマリーは思った。
 万が一の事態の際は、一瞬の隙をついて、ドアから逃亡しよう。
 この頭の悪い計画くらいしかマリーには浮かばなかった。

(何を話そう……あ)

 すると、マリーは不思議に思った。
 何故、リシャールは着替えているのだろう。
 確かリシャールは手ぶらで訪ねて来たはずだ。

「殿下、そのガウンは……まさか魔法でしょうか?」
「まさか。ふつうのガウンだ」

 魔法でなければ、マリーはなぜリシャールが着替えがあったのか謎でならない。

「殿下……」
「どうした?」
「着替え、どこから出したんですか」 

 もしかして上衣に畳んで圧縮していたのか。
 リシャールは嫌そうな顔をした。

「気になるのはそこか? この状況で?」
「だって手ぶらでしたし……」
「荷物は届いていただろう」

 荷物、ああ、あの木箱か。
 そう言えば、今日、謎の木箱が届いたのを思い出して納得する。

「しばらく滞在する。仕事は終わらせてきた」

 リシャールは、ごろん、と横たわった。
 狭いシングルのベッドだ。
 リシャールが寝転がればスペースが限られている。

「狭いですね。私はソファで寝ますので……」

 そう言ってマリーは逃げようとしたが、リシャールはマリーの手を掴んだ。

「早く、来い。優しくするから」

 マリーは手を引かれ、リシャールの胸の中に閉じ込められた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...