私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女と王都と、花と、死者

今度は逃げない、逃がさない②

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 美術館から帰宅した日の夕暮れ時。
 日中、一昨日の雨が嘘のように、空は晴れていたので、太陽が沈みかけた頃には、紅い夕焼けと群青を織り交ぜたような美しい空模様だった。

 マリーは珍しく自らリシャールの執務室を訪ねた。
 西陽を背に佇むリシャールは誰よりも綺麗だった。男なのに、息を飲むくらい綺麗だったのだ。
 金髪は茜色に輝いていたし、瞳は深海のように落ち着いた色。
 表情は抜け落ちているくらい無表情なのに、造形が美しい。
 冷たい雰囲気と切なさを混ぜたような空気が漂っていた。

「殿下って、本当に綺麗ですよね」

 特に何をするでもなく、リシャールの顔を眺めながら、マリーは呟いた。
 突然の訪問については何も言わずに、リシャールは答えた。

「男が綺麗とか言われてもな、何の得もない」
「またそんな事を言って……ふふっ、女性にモテるじゃないですか。得ですよ」

 書面から視線を上げたリシャールはふん、と言わんばかりに不機嫌そうに言った。

「好かれるのは、悪趣味な貴様だけでいい」

 リシャールは徐に立ち上がり、ドアの前にいるマリーの所までやってきた。
 マリーに、実に不快そうに眉をひそめた冷たい表情が降り注ぐ。

「凝りもせず人の顔の事ばかり言うな」
「すいません、つい……」

 別に顔だけ好きと言うわけではないが、マリーは弁解しない。話がややこしくなって、顔以外にどこが好きだとか話し始めたら告白みたいになってしまう。

「……あの、殿下。この前のことといい、殿下は、何者なんでしょうか? ……最後に教えてくれませんか?」
「最後?」
「ええ。だって、もう任務は終わってますし。ローゼは終わりです」
「終わり、か……なるほど」
「心配しないでください。私は秘密を知っても誰にも言うつもりはないです。あ、でも、嫌ならいいです。誰にでも言いたく無い事はありますし」
「貴様の話は矛盾してる」
「そうですね、でも、そうなんです。……どうしても、最後に、少しでもあなたの事が知りたくて。それが、正直な気持ちです」
「……そのうち話す」

 マリーは、そのうち、と言われても、マリーには時間がないから、その時は無いかもと悟る。
 マリーは「ありがとうございます」と言い、リシャールの顔を眺めていると、「やっぱりいい顔だなぁ」と独り言のように呟いた。
 そして、マリーは「殿下は絵になります。みんな惚れ惚れさせる才能ありますよ、自信を持って下さい」とくすくす笑った。

「……」

(大丈夫。ちゃんと言える。しっかり向き合える)

 マリーはこの数ヶ月の愛しい日々に、リシャールに感謝して、彼の幸せを願って背中を押してあげれると思った。
 マリーは優しく、リシャールに微笑んだ。
 お別れは寂しいが、泣きたい気持ちで胸が一杯だが、きっとこれが正しいと言い聞かせて。
 修道女は恋をできない。恋する人ではない。
 一度、死んで、世間から離れた身。

「これから殿下は、きっと素敵な人に出逢えます。身分も釣り合って、能力ある魅力的な方が現れます。……私にはそう思うんです」
「……」
「そしたら、殿下は本当にその人が好きになって、恋に落ちます。そして」

 2人は国を守っていく、とマリーは言い終わる前に、「黙れ」と、冷たい声でリシャールは話の腰を折った。

「後悔なくたった一人を愛し切るのも大変なんだ。何度も簡単に恋なんか落ちるか。それなら、世の中悲恋は流行らない」
「……そうなのかもしれませんね」

 マリーは自信なく、頷いた。
 ただ、言えるのは、自分はふさわしくはないと言う事だ。

「貴様に分かるものか」

 リシャールはいつになく物憂げに目を細めた。
 リシャールはそのまま屈んで、マリーに口付けた。

「……え」

 マリーには低い温度のものが触れた時、それが何だか瞬時には理解できず、二度目の噛み付くような深い口づけまで意味がわからなかった。

「……はっ」

 息継ぎすらままならなくて、呼吸が乱れる。
 やっと唇が離れた時、リシャールはマリーを抱き締めたまま、マリーの髪を、背中を腰を撫で、低い声で言った。

「私が毎夜貴様に愛してるだとか、好きだとか愛の言葉を囁いたとしても、貴様にはそれが届くとも限らない。ほら、こんなに赤めて、期待させるような顔をしていても、貴様は違うなどと言うんだろう。絵の題材として好きとか言う。……それだから、難しいんだ」
「ちょっと殿下……こんな所でだめです。ちょっと冷静になってー」
「部屋なら良いのか? いつならいい? 夜になればいいか? ……そんな事ばかりいって、貴様は」

 マリーはいつものように振り払った。
 このままでは、物事がまた振り出しに戻ってしまう。
 今日こそは、しっかり話し合いたいのだ。
 恋人ごっこはもう終わったと。だから、さようなら、と。
 しかし、リシャールは離してくれなかった。

「貴様は、私のそばに入ればいい。修道院なんか戻ったところで何になる?」

 マリーは、リシャールの言葉がまるで『修道院は役立たずなマリーを必要としていない。だから、可哀想な貴様は私が生涯面倒見てやる』と言っているように聞こえた。
 マリーは、そう聞こえるぐらい、修道女としての自信がなかった。
 マリーは込み上げてくる思いを、どうにも止める事ができず、リシャールに強く言った。

「どうせ私は役立たずです! でも、そんな私にもできる事があるって、殿下が教えてくれたんじゃないですか!」

 初めて会った日、リシャールはマリーの絵を褒めてくれた。
 次に会った日、リシャールは、これからの未来に必要な人材だと言ってくれたのに。
 リシャールはどうしてマリーの能力を信じてくれなくなったのだろうか。
 マリーの事を、ただ1人認めてくれたのに。
 マリーは色んな意味で今すぐ泣きたい気分だった。

「あのな、話を聞け。あそこはー」
「いい思い出で終わらせて下さい。それに、私にだってわかります。地味で取り柄のない、魔力の少ない修道女に、私にできる事は限られてくるって。でも、それでもいいと思って生きてきたんです。今からその生活に戻るのだから、今の私の事は、お願いだから、忘れて下さい……!」
「……」


 リシャールはその言葉がかんに触れたのか、マリーの手を抑え、壁に彼女を貼り付けるように追い詰めた。
 いつになく、リシャールの動作は荒々しく、切迫感すらあり、なんだかんだ言って優しいリシャールの、いつもの感じではなく、マリーは驚きのあまり、目を見開く。

「それ以上言うと、優しくできない」

 絞り出すような声を聞いた後、3度目の口付けは食べられてしまうような深くて甘い、味わうようなものだった。
 長い、じっとりとした口付けの後、リシャールは言った。

「一度だけ、この手を離してやろう。だが、次に捕まったら、貴様の負けだ」

 そう言って、リシャールはマリーの手を離し、マリーは扉からいつものように逃げていった。
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