私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女と王都と、花と、死者

雨の日と、聖女①

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「最近のリシャール君はどうしちゃったかな? 舞踏会まで出てさ。これじゃあまるで、普通のきらっきらな王子様じゃないか」
「……私は一応王子だが?」

 リシャールは執務室で書類にサインしながら淡々と仕事をこなしていた。
 先程、書類を持って訪ねてきたジャンは書類をリシャールの机に置いたのち、怪訝そうな顔で訊ねてきたのだ。
 最近のリシャールはおかしいと。

「馬鹿言うなよ。リシャール君のどこが王子だよ。ああ、どこに消えたんだよ。趣味は墓荒らし、人肉好きと噂される、凶悪冷酷な顔は。昨日なんか、普通にダンスして微笑んでいたよね。もう、僕、怖いんだけど。寒気するわ」

 ジャンはあり得ないと言わんばかりに鳥肌の立った腕を見せたり、リシャールの額に手を当てたり(リシャールは鬱陶しいがされるがまま無視している)、騒がしく執務室を歩き回っていた。

「僕としては真っ当な人間として一歩踏み出した君を応援したい気持ちもあるんだけど、今はただ信じられないというか、受け入れられないというか……今までを知っているだけに、おぞましすぎて体が拒否反応っていうのかな」
「……」

 ジャンは思い詰めたように髪を掻きむしった。
 心の底から、信じられないようだ。
 ジャンはバン! っと机を叩いた。

「ああ、もう! 誰か嘘だと言ってよ。冗談でマリーにはリシャール君は性欲強いとか一晩中アレが機能するから気をつけろとか、執拗な愛撫で穴という穴に突っ込まれるし、ねっとりしているとか、下品な所をふやけるまで舐め回すのが好きとか散々言ったけどさ。実際のリシャール君は恋もしないし、表情筋が死んでいるから微笑まないし、女の子にも欲情しないし微塵も興味ないんだよ、それが事実なんだよ!」

 さすがのリシャールも散々な言われように腹が立ったのか、ペンを止め、ジャンを睨んだ。
 いくら幼馴染でも言ってはいけないこともある。
 しかも、マリーに、そんな事を吹き込んでいたことは聞き捨てられない。
 まるで、変態じゃないか。

「お前も本当に……失礼極まりないやつだな。殺されたいのか? だいたい、王子である私が公務で舞踏会に出席し、婚約者とダンスしてなんの問題がある?」
「君、自分が誰だと知っているの? いや、もう何でもいいや。氷華殿下でも悪魔でも人でなしでも女の子に反応しない不能でもいいよ。とりあえず、僕は絶対、君と関わりたくないわ!」

 舞踏会翌日の午後。
 事の内情をフレッドから聞かされたジャンは混乱していた。
 無理もない。
 ジャン不在事にニコルの事件をリシャールが解決した後、血だらけで姿を消したと思えば、無傷で舞踏会で出席していた。
 しかも、ジャンが知るリシャールは舞踏会に出るような真っ当な王族ではなかったはずだ。

 何事もなかったように、執務に励むリシャールはいつも通り澄ました顔をしていた。
 よく見れば、少しだけ表情も柔らかくなったかも……とジャンは思う。

「いや、なんかさ、僕の知っている君はもっと、捨て身じゃなかったけ? 戦に死にに行くみたいな希望のない人間で」
「……」

 ジャンはここ数ヶ月のリシャールについて、幼馴染としていろいろ思う事があった。

「仕事は真面目だけど、常に冷血で淡々としててさ。政策や功績すごいのに、目立ちたがらないし、手柄は譲るし。冷酷非道だと言われても、訂正もせず、戦に一人で戦って命を削る。ただひたすら、ひっそりと生きていたい雰囲気で。……死んだ人間みたいで」
「……」

 リシャールは否定しない。
 確かにそういうふしはあった気がするからだ。

「唯一熱中できることは、死体集め。友達は、絶交気味の僕と避け気味のフレッドのみ。兄弟とは仲違い。偏食。女嫌い。希望のカケラもない人間だったのに、どうしちゃったの? 婚約したり、舞踏会出たり、あれほど興味がなかった事件を自ら動いて犯人を次々捕獲したり。っていうか、君、誰?」
「お前、何が言いたい?」

 リシャールは再度ジャンを睨んだ。
 ジャンの言い草は、ケンカを売っているようにしか聞こえない。
 ジャンは睨まれて少し怯んで、後ずさった。

「やっぱいいよ、リシャール君は怒らせたらいけないね。昔から人の恋事に首を突っ込んだら馬に蹴られて死ねというし」

 リシャールがマリーに出会った当初、ジャンがマリーの婚約者役だったのだが、それを気に食わなかったリシャールにジャンは半殺しにされた苦い過去がある。
 半月はベッドの上だった。
 リシャールの恋人でもないマリーの社交界デビューを手伝っただけというのに酷い仕打ちだった。
 だいたい、仕事なのに。
 ジャンには本当に悪気はなかったのだ。
 リシャールに対する話題は大抵喧嘩を売っているようではあるが、それぐらい言わないとリシャールは会話をしないし、ジャンにとってはコミュニケーションに近い感覚だったのだ。あの日も。
 社交界デビューの日、ジャンが軽い気持ちで、『これからマリーの婚約者ななってきますわ。よろしくね! ちゃんと僕好みにちょっとえろく衣装も用意したし、見にきてよ。ちなみに君って元カレなの? 抱いた? あはは。その反応はまだしてなかったんだぁ、残念だね。実は最近僕気づいたんだけど、彼女、意外に胸もあるんだよな、これが。胸は上向きで、大きさも弾力もあるね。お尻は大きめできっと後ろからヤるときはいい感じに……ぐふっ!』と言い終わる前に致命傷を食らったのだ。

 リシャールに声をかけたのがそもそもの間違いで、火に油を注いだことは言うまでもない。
 あれ以外、ジャンは心底懲りて、からかうのをやめた。
 今もリシャールとマリーの恋事に巻き込まれないよう距離を取っている。
 ジャンはマリーにとっては上司であり、リシャールに勘違いされやすい立ち位置でもあるのだ。

 フレッドがお茶を注いでいて、うんうんと頷いていた。
 リシャールはリシャールについて永遠と語るジャンが鬱陶しくなり、リシャールがいつの間にか召喚した氷の兵に首根っこをひょいっと掴まれて、執務室から追い出したのはいうまでもない。

 ジャンは執務の邪魔以外何者でもない。
 静かになったところで、フレッドがリシャールにお茶を渡した。

「砂糖もミルクもいらないね。はいどうぞ」
「……」

 リシャールは黙って紅茶を受け取った。

「ねー殿下、またやっちゃったの?懲りないね」

 フレッドはくすくす笑った。
 今回もまた輪廻転生を無視して死者を生き返らせた。
 フレッドの時と同じように、生前戦によって人生を歪められたものを選び、第二の人生を与えたのだ。
 墓を暴いて、死人を蘇らす行為は褒められたものではないが、道徳に反しているが、フレッドはリシャールの事は嫌いじゃなかった。
 リシャールがある意味優しくて、深い憐憫の情を持っている人物だと知っていたからだ。

「また、罪が増えるな」

 それは罪だ。間違いない。
 リシャールは自分自身を嘲笑うように笑った。
 馬鹿な事をした、と言うように。
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