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修道女と王都と、花と、死者
舞踏会にて②
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「ちなみに、殿下はどういうふうに愛してくれるのかな。マリーのどこが一番お気に入りなの? 足? お尻? いや、もしかして言えないところ……。いや、殿下もお年頃だし、そうだよねぇ、うんうん、わかるよ、それ、甘い臭いに誘われてちゃう蜂気分」
蜂ってなんだ。マリーから蜜でも出るっていうのか。
人間であるマリーはもちろん甘い臭いもしないし、臭いがするなら汗の臭いで、味は塩味のみだ、と思っている。当たり前だ。
たまにつける香水は甘めかもしれないけど。
「あるわけないでしょ、フレッドが一番知ってるくせに。話をはぐらかさないで」
「あれ、そうなの? 結構、進んでいるのかと思ったよ。……おれの期待違いか。修道院クビになったら、もう殿下の執事も嫌だし、マリーが寿退社するなら、ほんとうにマリーの執事になろうと思ったのに」
どうやら、フレッドは転職先にマリーに目をつけているようだ。
フレッドも今回の件でいろいろ迷惑をかけたから、悪いとは思うが……。
というか、フレッドに話を逸らされていることに気づき、強引に話を戻す。
「ちゃんと聞いて、フレッド。この前の事件は……私の手柄じゃないの」
数日前のニコルの事件の事だ。
すべてはリシャールが氷魔法を使い、レイを蘇えらせ、片付けた。
それが事実だった。
「いや、あれはマリーの手柄だよ」
フレッドははっきり言い切った。
やっぱり、フレッドは知っている。
フレッドはマリーの話を遮るように唇を指で封じて、にこっと愛想らしく笑っていた。
それ以上言うな、というような。
フレッドはすべてを闇に葬るつもりらしい。
「すべては思い違い、だよ。そうじゃないと、殿下が困るんだよ」
マリーはリシャールがいた事実を消さなければならない事の重大さを思い出し、やるせないが、これ以上、話すことはやめた。
しかもあれから発覚したらしいが、事件の犯人の何人かはリシャールが捕まえていたらしいのだ。
自分が疑われても気にしないリシャールがなぜか事件解決に奔走している謎の事態。
リシャールが動くのなら、マリーなんか、いや修道院に依頼しなくてもよかったのではないか、というレベルの話だ。
まぁ、リシャールとはいえ、清らかな女性ではないから魔本に魔物を封印できないし、少しだけマリーは必要かもしれないけど、封印だけなら、ほかの王都の支部修道女でもできるし、わざわざ修道院に依頼する必要もなかったかもしれない。
しゅんと黙り込むマリーにフレッドは明るい声で言った。
「マリーは踊らないの? せっかく、綺麗なのに」
「まぁ、ね」
「ドレスも似合っているよ。もう隅に置けないくらい可愛いし、一人でいるのが勿体ないよ」
マリーはこの日のためにリシャールが用意していたらしい淡い黄色のドレスでサイズもデザインもよくマリーに合っていた。
髪もしっかり結い上げていたし、化粧もメイドに施されて、しっかりした令嬢に見えはするが、人知れず壁の花になっていた。
いや、壁の花になろうとしていた。
「さっき、テオ様と、ジャン先輩と踊ったし、もう遠慮しておくわ」
案の定、彼らの足を、ピンヒールで踏みまくったが、ジャンもテオフィルもさすが紳士。
素知らぬ顔で踏まれながら、踊ってくれた。
もう被害者は出していけない。
あとで謝ろう。
しかし、納得いかないのは、リシャールと前に踊った時は足を踏むことはなかったのに。
今日は不調なようだ、とマリーは思っていた。
(サラ様、相変わらず綺麗だわ)
マリーは遠くで来客に囲まれているサラを見た。
実は、この舞踏会はサラが初の公の場に出る舞踏会なのだ。
ローズライン王国は国王夫妻が長い療養のため、長らく公務は王子に任されている。
リシャールは殆ど公に姿を現さないため、もっぱらテオフィルの仕事だった。
サラはあれほど引きこもっていたのに、いざ、公の場にでると案外緊張した案外素振りも見せず、しっかり挨拶をこなしていた。
あの事件以来、一度サラに会ったのだが、「わたくしは一度人生について考えてみます。ローゼ様のおかげで、いえ、リシャール様もですわね……。今後はわたくしなりに、できることを探していきたいです。それに今一度テオと話し合ってみようと思います。……実はわたくし、疑心暗鬼にずっと人を怖がっていたのですけど、あのリシャール様ですら、案外怖くなかったので、妙に自信になりましたの。リシャール様に今度お礼を言わなくてはいけませんね」と言っていた。
あれから、サラはテオフィルと何か話したんだろうか。
遠くから他国の使者の対応をするサラたちは仲睦まじい夫婦に見えるが、どことなく演技というか他人行儀にも見えた。
ふとした瞬間にサラの顔が切なく見えてしまうのは何故だろう。
瞳の奥が笑っていないような。
些細な変化はここ数日過ごしたマリーしかわからないものだった。
(あとでサラ様に声をかけてみよう)
リシャールもいない舞踏会で、マリーはただ、姿を隠すように壁にもたれて、物語の様な舞踏会を眺めた。
自分の生きる世界ではないなぁ、と心のどこかで静観しつつ、フレッドの注いだワインに口をつけた。
(殿下はどこに行ったのだろう?)
見慣れた王城も、リシャールがいなければ、白と黒の味気ない絵と変わらない気がした。
蜂ってなんだ。マリーから蜜でも出るっていうのか。
人間であるマリーはもちろん甘い臭いもしないし、臭いがするなら汗の臭いで、味は塩味のみだ、と思っている。当たり前だ。
たまにつける香水は甘めかもしれないけど。
「あるわけないでしょ、フレッドが一番知ってるくせに。話をはぐらかさないで」
「あれ、そうなの? 結構、進んでいるのかと思ったよ。……おれの期待違いか。修道院クビになったら、もう殿下の執事も嫌だし、マリーが寿退社するなら、ほんとうにマリーの執事になろうと思ったのに」
どうやら、フレッドは転職先にマリーに目をつけているようだ。
フレッドも今回の件でいろいろ迷惑をかけたから、悪いとは思うが……。
というか、フレッドに話を逸らされていることに気づき、強引に話を戻す。
「ちゃんと聞いて、フレッド。この前の事件は……私の手柄じゃないの」
数日前のニコルの事件の事だ。
すべてはリシャールが氷魔法を使い、レイを蘇えらせ、片付けた。
それが事実だった。
「いや、あれはマリーの手柄だよ」
フレッドははっきり言い切った。
やっぱり、フレッドは知っている。
フレッドはマリーの話を遮るように唇を指で封じて、にこっと愛想らしく笑っていた。
それ以上言うな、というような。
フレッドはすべてを闇に葬るつもりらしい。
「すべては思い違い、だよ。そうじゃないと、殿下が困るんだよ」
マリーはリシャールがいた事実を消さなければならない事の重大さを思い出し、やるせないが、これ以上、話すことはやめた。
しかもあれから発覚したらしいが、事件の犯人の何人かはリシャールが捕まえていたらしいのだ。
自分が疑われても気にしないリシャールがなぜか事件解決に奔走している謎の事態。
リシャールが動くのなら、マリーなんか、いや修道院に依頼しなくてもよかったのではないか、というレベルの話だ。
まぁ、リシャールとはいえ、清らかな女性ではないから魔本に魔物を封印できないし、少しだけマリーは必要かもしれないけど、封印だけなら、ほかの王都の支部修道女でもできるし、わざわざ修道院に依頼する必要もなかったかもしれない。
しゅんと黙り込むマリーにフレッドは明るい声で言った。
「マリーは踊らないの? せっかく、綺麗なのに」
「まぁ、ね」
「ドレスも似合っているよ。もう隅に置けないくらい可愛いし、一人でいるのが勿体ないよ」
マリーはこの日のためにリシャールが用意していたらしい淡い黄色のドレスでサイズもデザインもよくマリーに合っていた。
髪もしっかり結い上げていたし、化粧もメイドに施されて、しっかりした令嬢に見えはするが、人知れず壁の花になっていた。
いや、壁の花になろうとしていた。
「さっき、テオ様と、ジャン先輩と踊ったし、もう遠慮しておくわ」
案の定、彼らの足を、ピンヒールで踏みまくったが、ジャンもテオフィルもさすが紳士。
素知らぬ顔で踏まれながら、踊ってくれた。
もう被害者は出していけない。
あとで謝ろう。
しかし、納得いかないのは、リシャールと前に踊った時は足を踏むことはなかったのに。
今日は不調なようだ、とマリーは思っていた。
(サラ様、相変わらず綺麗だわ)
マリーは遠くで来客に囲まれているサラを見た。
実は、この舞踏会はサラが初の公の場に出る舞踏会なのだ。
ローズライン王国は国王夫妻が長い療養のため、長らく公務は王子に任されている。
リシャールは殆ど公に姿を現さないため、もっぱらテオフィルの仕事だった。
サラはあれほど引きこもっていたのに、いざ、公の場にでると案外緊張した案外素振りも見せず、しっかり挨拶をこなしていた。
あの事件以来、一度サラに会ったのだが、「わたくしは一度人生について考えてみます。ローゼ様のおかげで、いえ、リシャール様もですわね……。今後はわたくしなりに、できることを探していきたいです。それに今一度テオと話し合ってみようと思います。……実はわたくし、疑心暗鬼にずっと人を怖がっていたのですけど、あのリシャール様ですら、案外怖くなかったので、妙に自信になりましたの。リシャール様に今度お礼を言わなくてはいけませんね」と言っていた。
あれから、サラはテオフィルと何か話したんだろうか。
遠くから他国の使者の対応をするサラたちは仲睦まじい夫婦に見えるが、どことなく演技というか他人行儀にも見えた。
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(あとでサラ様に声をかけてみよう)
リシャールもいない舞踏会で、マリーはただ、姿を隠すように壁にもたれて、物語の様な舞踏会を眺めた。
自分の生きる世界ではないなぁ、と心のどこかで静観しつつ、フレッドの注いだワインに口をつけた。
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