私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女、姫の護衛をする

彼の秘密⑤

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「氷魔法……」

 どうして。
 リシャールは魔石もないのに死人を生きた人間のように生き返らせてしまった。
 ニコルの古代魔法とは比べ物にならないくらい完璧に。
 古代魔法のような代償もなく、瀕死の状態で簡単にしてしまった。
 ニコルは驚愕しているのも無理はない。
 リシャールは深く甲冑を被った騎士にまたしても氷魔法で大剣を作り、投げ渡した。

「武器はそれでいいだろう」
「……十分だ。あんた、すごいな、化け物ってあんたのことだわ。あはは、どう見ても人間じゃん、俺。目玉落ちてないわ」

 騎士は腕を回したり、剣を構えてみたり、いろいろ確認してから感嘆するように言った。

「誰が化け物だ。死人のくせに、はやく働け」
「人使い荒そうな雇い主だな。今世もはずれかな」
「それはお前次第だ。まぁ私はお前が思うより労働条件はいいと思うぞ? 今夜さえ、働いてくれればいい」
「あはは、太っ腹だなぁ、あんた」

 騎士の声は甲冑をかぶっていてくもっていたが、低めの太い声だった。

 リシャールは皆が呆然と見守る中で、「魔法、得意すぎて悪かったな」と誤魔化すように、少し笑った。

「そう言う問題じゃないでしょ、殿下!」
「ドラゴンに変身するよりたち悪いですわ! これを修道院に知られたらーー」

 魔法が得意とかそういう次元の話ではなく、常識を覆されたような驚きで、リシャール以外の誰もが目を疑った。
 サラが言うようにリシャールの秘密は修道院に知られたらまずいものだった。
 常識とか宗教観とか、すべてがひっくり返るような秘密だ。
 修道女のマリーに知られてしまったけれど。

「殿下、もはや私には意味がわかりませんが、やはり古代魔法を使えたんですね……!」

 危機感の覚えたニコルが銃を構え発砲したが、レイと呼ばれた騎士がその弾を切り裂いた。
 リシャールが「やれ」と合図を送ると、レイは死者たちをハエでも払うかのような軽い剣さばきで薙ぎ払い、ニコルにあっと言う間に詰め寄った。
 レイはいとも簡単に銃口を向けたニコルの腕ごと斬った。

「ぐぁぁあぁ!」

 ニコルの悲鳴が辺りに響き、銃が地面に腕と共に落ちる。

 レイはため息をついて、「素人が殺しなんかすんな」とニコルを呆れながら見下ろした。



********



 レイは手際良く慣れた様子でニコルを縛り上げ、柱に括り付けた。

「なぁ、こいつ、全裸にして逆さずりにしていい? 俺、中途半端に生き返らされてめちゃ迷惑してたんだよ。目玉落ちるし、腕とけるし、大事な玉落ちるし……最悪。骨もばらばらだったんだぜ。顔も背中側についてたし……」
「いいぞ、やれ。どんな縛り方でもいい。一番ひどいやつにしてやれ」
「ちょっとやめてください!」

 マリーはレイとリシャールを止める。
 彼らは相当怒っており、まぁニコルが悪いのだけれども、本当にやりかねない雰囲気が流れていたからだ。
 一応、ニコルも片腕を失ったけが人なのだ。
 さすがにそれはひどい。下手したら、死ぬ。
 マリーがリシャールたちを静止しているのを見たニコルは嬉しそうに笑った。

「貴女は優しいのですね、こんな私にも…。そういうところ、惹かれてしまいます。こんな極悪非道のリシャール殿下なんかやめて私にしませんか?」

 どうやらニコルは懲りていないらしく、惚れっぽさは健全だった。
 リシャールはすごく不快そうに眉根を寄せた。

「やっぱり、レイ。こいつ始末しよう。手伝ってくれないか。報酬は弾む。家一軒でどうだ? こいつをミンチにしよう。そして花壇の肥料にでもするか、豚小屋にまくのはどうだろう」
「おっけー。やろう、やろう、家ゲット!」
「殿下、やめてください! 罪が増えます!」

 マリーがなんとかリシャールをなだめた後(家がほしいレイも手ごわかった)、ニコルが納得いかないような口調でリシャールに聞いた。

「魔器がないのになぜ氷魔法が使えるのですか? あれは本当に古代魔法ですか?……殿下」

 ニコルは縛られてもなお、それだけが気がかりだったのか、リシャールに問いただした。
 マリーもそこが聞きたかった。
 もし、マリーとサラの予測が事実なら大変なことを知ってしまったことになる。

「悪いな、私にはそんなもの、いらないんだ」

 リシャールは人間なのに? 
 マリーは思い当たる節はあったが、そんなはずない。
 だって、魔器や魔石がなくてお魔法が使えることが常識な、『あの方』は既にいる。
 複数人いたら、おかしい。
 それは、今までの『あの方』の概念を覆す事になってしまい、宗教について問われる修道院とっては有ってはならない事実だ。
 リシャールは開き直ったのか、当然のように受け答えする。

「魔器など、人間が真似事をするために精霊の力を借りてるに過ぎない。私はオリジナルだ。言いたいことはそれだけか?」
「本当に嫌な男ですね。意味わかんないです、はい。これは、有ってはならない事だ」
「しかたないだろう、出来るんだから。私は空気読んで隠しているんだ」
「ああ。殿下さえいなければ。反則な殿下さえ今日現れなければ……私は不幸な彼女を助けたかった、だけなのに」
「だから、そんなに好きならすべてを投げ打って全部の時間を捧げて24時間監視して守ればよかったんだ。ニコル、お前はその危害を加えたという男を葬ればよかった」

 傍から聞いていてサラも呆れていたが、リシャールの言い方はまるで極悪非道の悪役の台詞だな、とマリーも思う。
 いくら気に食わない相手でも、葬ってはいけない。
 もちろん、いくら好きでも監禁はダメ。絶対にしてはいけない。
 残念ながら、犯罪者同士の会話にしか聞こえない。

「ニコル、お前は独りよがりの恋に酔っているだけだ。臆病な自分を棚に上げて。なぜ、その手はついている? 女1人守れず、愚行を犯すくらいならそんな手、ちぎってしまえ。……いや、もう片腕ないな」
「……」

 笑えない冗談だったので皆何も言わなかったが、腕を斬ったレイだけは、「あんた、ナイスジョークだな!」とうけていた。ツボにハマったらしい。

 ニコルはあっけにとられ、返す言葉もなかった。
 なんだか、ニコルが可哀想なのは何故だろうか。
 複雑な気分でリシャールを見ていると、リシャールはマリーに言った。

「ローゼ、今回のは貴様の手柄だ。早くそいつを封印しろ」

 マリーはリシャールに促され、魔本に封印した。
 弱い魔物であり、拍子抜けするぐらい簡単だった。
 魔物を封印されたニコルは別人みたいに抜け殻のようになり、俯き、何も話さなくなってしまった。

 死人たちはニコルが斬られてから動かなくなり、リシャールがニコルが縛られた後、氷魔法をかけ、空に返した。

 レイは、死者の亡骸が氷の華のように舞うその中に佇むリシャールを見て、「あんたは、かなり訳ありだわ。……とりあえず、約束は守ってね」と言って、どこかに去って行った。

 古代魔法が解け、門が開き、しばらくして、王都担当の教会関係者が駆けつけた。「マリー殿、お手柄ですね!」と彼らはマリーを褒めたが、「いや、私はあの」と今までの事を話すわけにもいかず、否定も出来ず、言葉を濁すしかなかった。
 ニコルを教会関係者に引き渡そうとした際にふとリシャールが居ない事に気づいた。

「殿下見ませんでした? 大けがをしているんです!」
「え、リシャール殿下ですか? 今日は確か外出予定では?」
「いえ、いたんです、探してください!」

 応援に来た人々にリシャールの捜索を頼んだが、リシャールは姿を消し、城中探しても見つからなかった。

「きっと、見違いですよ。リシャール殿下は今日は外部視察中です。だいたい大けがをしているのに血痕すらなかったんですから。古代魔法で催眠にかかっていたんじゃないですか?」

 教会関係者はそう言ってマリーに控室で休むように促した。
 サラも、信じられないような顔をしていたが、確かに現場にはニコルの血痕以外なかったし、ましてや死者の形跡すらなく、綺麗さっぱり犯人のニコルとマリーたちだけを残して消えてしまったのだ。

 いち早く遠方に居ながら事態を聞きつけたテオフィルが朝一に帰還するまで、サラとマリーは教会関係者と待機する事になった。
 ニコルはとりあえず地下牢に送られたらしい。
 あとはテオフィルが裁きを下す予定だ。あの様子だと、余罪はありそうだ。
 テオフィルが帰ってくるまで、今度こそちゃんとした護衛に守られながら過ごしていたが、なんだか数時間前の事を思い出すと変な気分だった。

 サラもマリーも無言だったが、ふと、サラがつぶやいた。

「ローゼ様。あんなこと、って物理的に不可能なんですかね」
「そうですね、サラ様。有り得はする、かもしれませんが……みんなが出来る事ではないですよね」
「魔石いっぱい持っていたので、騙されるところでしたが」
「ええ。殿下らしいですよね。用心深さが」

 リシャールはわざとジャラジャラ魔石をつけて魔具も持たずに、ピアスを魔具と見せかけていたのだ。
 私は魔石に頼ってます、たくさん魔石を持っているから強いだけです、と言いたげに。
 皆を欺いていたのだ。
 サラは博識だから修道院の事も精通しているため、事態の深刻さがわかるのだろう。

(こんなことってあっていいの?)

 マリーはもうひとり、魔石がなくても、魔法が使える人を知っている。
 青髪の人のよさそうな青年の顔が浮かぶ。
 いつもマリーに気さくに声をかけてきて、ちょっとおっちょこちょいで、よく怪我をして、とてつもなく魔法が上手なあの方を。

(ユートゥルナ様)

 離宮は何事もなかったように綺麗な朝を迎えた日の事だった。
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