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修道女、姫の護衛をする
彼の秘密④
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マリーとサラはリシャールの絶対守ってほしいというか、見て見ぬふりをして明日から綺麗さっぱり忘れて欲しいという訳ありな『秘密』とやらに困惑しつつも、リシャールに鬼気迫る形相でかつ強い口調で言われてしまい、つい勢いで、頷いてしまった。
別にマリーもサラも、例えそれがどのような内容であれ、秘密を暴露する趣味もないし、リシャールが隠しておきたいなら守るぐらいの良識はある。
ただ、気になるのは、この場に及んで、いきなり告白されようとしているリシャールの『秘密』って何だろうか。
リシャールが大量に血を流し、生命の危機であるこの場においてニコルに追い詰められていても、頑なに守りたかった『秘密』。
きっと、『秘密』の内容は、余程のことに間違いないのだけれど。
(全然見当がつかないわ。殿下の事だから、サラ様が言うみたいな破廉恥なことではない気がするし、案外、弱みを含むものかもしれない。強がりで、優しくて、私たちを巻き込みたくないというくらいな人だから……秘密というものには、何か知るとまずい部分が含まれているのかも)
多分、それは常人が知ってはいけない、『王家の秘密』か『リシャール個人の秘密』のどちらかで、隠し通さなくてはいけない何かだ。
世間には漏れてはいけない危ない要素を含んでいるのかもしれない。
サラは王族だから、もしそれが『王家の秘密』であれば、マリーはともかく妃殿下であるサラにはばれてもいいような気がするため、もしかしたら『リシャールの個人的な秘密』の確率が高いのかもしれない。
あくまでマリーの予想ではあるけれども。
しかし、それが何であれ、マリーは納得がいかなかった。
リシャールはあれほどマリーに結婚を迫っておきながら、自分はマリーの素性も経歴も身体のことも余すことなくストーカー並みに知っておきながら、マリーは彼のことを表面上、関わる中で知った事実しか知らない。
リシャールは多分マリーに言えない事がたくさんあるのだ。
マリーはリシャールがどんな生活を送り、氷華殿下と呼ばれるようになったのかも知らない。どんな恋をしてきたとか、何が好きかとか、家族をどう思っているかとか。彼の何も知らない。
何も語らず、肌を差し出し、気まぐれな会話をして、それだけが彼との関係のすべてだったから、深い所までは知らない、といか関わらないようにしてきたのだ。
それはいつかマリーは修道院に帰るとつもりでいたから、深入りしないようにする防衛手段でもあったが、関わろうとしてこなかった分、後悔した。
マリーは何も知ろうとしないし、リシャールは何も教えない。
(……何が結婚よ)
リシャールは自分の知られたくない部分、隠したい部分を露呈せず、結婚するつもりなのだろうか。
マリーはリシャールが言いたくないなら言わなくてもいいと思っていた。
秘密は誰にでもあるから。
リシャールにどんな秘密があっても彼に対する想いは変わらない自信はあったからだ。
でも、実際に秘密が多い現状は信用されてないようで、気持ちとしては悲しいものだった。
もし、万が一、結婚したら、一緒に生きるのではないか?
それなのに、隠し事を抱えたまま、隣にいるつもりなのか。
今回の事がなければ、教えてくれる気すらなかったのか。
(今回だって、その重大な秘密を死ぬかも知れない時まで隠すくらいだし)
なんて自分はリシャールにとって役に立たない人間なんだろう。
もし、頼りになるような王族の姫や、真っ当な修道女だったら、リシャールは胸の内を曝け出すのだろうか。
リシャールの抱える何かを話してくれるのだろうか。
マリーはやるせ無いが、今は現実を見守るしかない。
とりあえず、マリーはリシャールにどんな秘密があれ、隙を見て寿命が10年20年縮もうとも治癒魔法をかけるか、もしリシャールの秘密が自爆など彼の身に危険が及ぶ場合はその前に全力で止めるだけだ。
役立たずは、役立たずなりに出来ることをしよう、と心に決める。
マリーは顔を上げると、追いついてきてきたニコルがにやりと薄気味悪く微笑んでいるのが見えた。
ニコルはゾッとするくらい青白い顔だった。
(ニコル様……? だよね?)
ニコルはリシャールにも増して青白い。
もう生きているのが不思議なくらいの顔色で、ほんとうの死人みたいだった。
リシャールが言っていたニコルは一晩は持たないというのは本当のようだ。
ニコルは肉体も水が抜けたようにカラカラに痩せ、目も死んだ魚のように澱んでいる。
これが禁術である古代魔法の代償で、欲望を叶えるために魔力を消費し、生命力すら魔物に吸い取られ、多大な魔法に手を出した結果かもしれない。
「さぁ、早く決着をつけてしまいましょう、夜が明けてしまいます」
ニコルは焦った様子は見せなかったが、確実にマリーとリシャールを殺すつもりらしく、「煩わしい邪魔が消えたら後でゆっくり、お話ししましょう。今日の事は水に流しますから。女性は、ちょっと脇道それる時もあります。今回だけは特別に許してあげますよ」
ニコルはサラに微笑んだつもりのようだったが、顔面蒼白に加え、顔の輪郭が痩せ細り、かつ下心の見える下劣な表情でひどいものだった。
「わたくしは……!」
「私の言うことを聴きなさい! 貴女を助けてあげると言っているのですよ! 1人じゃ何もできない女のくせに!」
ニコルはこの時初めて声を荒げて怒鳴り、サラが動揺するように目を見開いて、涙を浮かべた。
ニコルは言った後から、はっとしたのか、また変な微笑みを張ってつけたように浮かべ、サラをなだめる様に言った。
「泣かないでください。私は怒ってませんよ。貴女は弱くて、可哀想で、可愛い人ですよ。そんなあなたが好きですよ。私が居ないとダメなところが可愛くて仕方がない。ふふ、これからは私が守ってあげますから、泣く必要はないんですよ。……私たちの部屋には、貴女の好きだと言っていた花も、お菓子も、書籍も、お茶もありますよ。これからは長い時間を二人で静かに過ごしましょう。もうちょっと待ってくださいね」
ニコルから発せられたのは、サラを侮辱する言い方の替えた、反省のない言葉だった。
言うまでもなく、サラは1人では妃殿下でありながら社交の場すら立てない。
おまけに可哀想などと一番言われたくない言葉付きだ。
サラは痛い所をつかれ、また俯いてしまった。
事実、妃殿下でありながらも引きこもりなのがサラだ。
たった独りで中庭で昼間から読書をして、友達もおらず、小説を書いて静かに過ごすのが妃殿下サラの日常。
(そりゃ昼間から怪しげな本を1人で読んでいるからって、いや1人じゃないと読めないんだけど、それだからってなんで可哀想なんて言われなきゃいけないの? ……腹立つ男だわ)
マリーは憤慨していた。
大事な友達が悪く言われているのだ。
社交の場だって、下手に上手く繕って悪口三昧の貴婦人とやらより、正直なサラの方がマリーは好きだった。
嫌みのない、素直なサラが好きだった。
誰だって不得意はあるものだし、会話よりも本を読むのが好きならそれの何が悪いんだろう。
社交界はいつも無駄話して、噂ばかりで、寝取られ、不倫、ギャンブル、ドロドロな所に馴染む人間の方がどうかしている。
貴婦人どころかサラは妃殿下なのだから、もっと堂々としていればいいだけで、つけあがった周りの貴族や、テオフィルを狙っていた令嬢たちがいい様に身分を忘れて、サラが攻撃しない事をいいことに、サラの居場所を奪った結果なのだ。
異国から1人で嫁いで来た、ちょっと社交が苦手で気弱だっただけなのに、結局ニコルも社交界の奴らと何も変わらないとマリーは思う。
確かにサラはいつもマリーとテオフィルの側でしか立っていられないほど依存してはいたが、最近は彼女なりに頑張っているし、マリーはそんな風に言わないでほしかった。
(社交は無理矢理サラ様と連れてきた腹黒いテオ様1人ですればいいのよ。サラ様は博識だから、そんなくだらない場より、もっと建設的な文官寄りの仕事の方があっているの!)
マリーはここ数週間サラと過ごして思ったことだ。
サラは、優秀な人物だ。
ただ、いろいろ上手くいかなかったのは、自分に自信がなくて、今までに背中を押してくれる人がいなかっただけの事だ。
方面を変えれば、きっと活躍できる、とマリーは確信していた。
ニコルは何もわかっていないのだ。
「あなたはサラ様の事をそんな風に……んぐっ!」
マリーがニコルに文句を言おうと口を開くと後ろからリシャールにまた口を塞がれた。
「貴様は余計な事は言うな」
次にリシャールはマリーから手を離したかと思うと、サラの肩を叩き、
「あんなくだらない男に怯えるな、サラ姫。天地がひっくり返っても、世界にお前と2人だけになっても願い下げだと言ってやれ」
とニコルに聞こえるように言い放った。
「リシャール様……?」
「はっきり言わないで期待させる方が可哀想だ」
リシャールはサラとマリーの前に出て、ニコルに見向きもせずに、ニコルの横を通り過ぎ、死者の群れの中に入って行った。
「殿下……?」
マリーは止めようとしたが、リシャールは早足で死者の群れに躊躇なく入っていくし、サラを一人にもできず追うことができない。
「おや、殿下はどこに行かれるのでしょう? 絶望的な状況で頭がおかしくなったのですかね」
ニコルは血を流しながら、腐った手に捕まれながらも振り払い死者の中に入っていくリシャールを笑い飛ばした。
「……」
リシャールは何も言わず、歩き続けた。
ポタポタと血痕を残しながら、ためらわずに。
何かを探すように視線だけ彷徨わせ、何を思ったのか片隅の壁付近で立ち止まった。
「レイ・ベルナール。没150年。死因は毒殺。ふん、屈強な戦士も毒には勝てなかったのか。まぁ、大層忙しい人生のようだったな。戦う気力は……見る感じはないようだな。こんなふうに身体が溶けているくらいだ。もう生きたくないのだろう。……でも少し私の話を聞いてくれ。困っているんだ。今日はお前と違って、私はまだ戦いたいところだが、この傷だ。お前、どうだ? 横たわって、身体が腐って、不貞腐れて、嘆いて……どうしようもなく、暇なら私と契約しないか?」
リシャールは身体が半分朽ちて原型をとどめていない死体の前で独り言を言った。
その死体はニコルの古代魔法により蘇ったものの不完全すぎて途中で力尽きたのだろう。
状態が悪すぎて、若いのか老いているのか、体格すらわからない死体にふっと微笑んだ。
「悪い話じゃないだろう?」
どこかで聞いた言い方だな、とマリーは思うが思い出せない。
どうやら死体に勧誘しているらしい。
他の死人に捕まれては振り払いながらリシャールは動かない死体にめげずにまた問いかける。
「今一度、助けてくれたらあとは自由に生きていい。望む限り、私が面倒を見てやろう。私は身分がいいから金の心配はしなくていい。お前が生きていたころより、平和な時代だ。ああ、お前のもうひとつの願いも叶えてやるさ」
死体は何も言わなかったし、動きもしなかったが、リシャールはふっと笑い、死体に手を翳した。
すると、その瞬間、辺りに霜が降りる。
死体が氷の大輪の花に包まれたと思うと、花が割れ、中から氷の騎士が出てきた。
騎士は空気を数秒浴びると、透明な皮膚が色づき、気が付けば鎧を纏った体格の良い男になっていた。
別にマリーもサラも、例えそれがどのような内容であれ、秘密を暴露する趣味もないし、リシャールが隠しておきたいなら守るぐらいの良識はある。
ただ、気になるのは、この場に及んで、いきなり告白されようとしているリシャールの『秘密』って何だろうか。
リシャールが大量に血を流し、生命の危機であるこの場においてニコルに追い詰められていても、頑なに守りたかった『秘密』。
きっと、『秘密』の内容は、余程のことに間違いないのだけれど。
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多分、それは常人が知ってはいけない、『王家の秘密』か『リシャール個人の秘密』のどちらかで、隠し通さなくてはいけない何かだ。
世間には漏れてはいけない危ない要素を含んでいるのかもしれない。
サラは王族だから、もしそれが『王家の秘密』であれば、マリーはともかく妃殿下であるサラにはばれてもいいような気がするため、もしかしたら『リシャールの個人的な秘密』の確率が高いのかもしれない。
あくまでマリーの予想ではあるけれども。
しかし、それが何であれ、マリーは納得がいかなかった。
リシャールはあれほどマリーに結婚を迫っておきながら、自分はマリーの素性も経歴も身体のことも余すことなくストーカー並みに知っておきながら、マリーは彼のことを表面上、関わる中で知った事実しか知らない。
リシャールは多分マリーに言えない事がたくさんあるのだ。
マリーはリシャールがどんな生活を送り、氷華殿下と呼ばれるようになったのかも知らない。どんな恋をしてきたとか、何が好きかとか、家族をどう思っているかとか。彼の何も知らない。
何も語らず、肌を差し出し、気まぐれな会話をして、それだけが彼との関係のすべてだったから、深い所までは知らない、といか関わらないようにしてきたのだ。
それはいつかマリーは修道院に帰るとつもりでいたから、深入りしないようにする防衛手段でもあったが、関わろうとしてこなかった分、後悔した。
マリーは何も知ろうとしないし、リシャールは何も教えない。
(……何が結婚よ)
リシャールは自分の知られたくない部分、隠したい部分を露呈せず、結婚するつもりなのだろうか。
マリーはリシャールが言いたくないなら言わなくてもいいと思っていた。
秘密は誰にでもあるから。
リシャールにどんな秘密があっても彼に対する想いは変わらない自信はあったからだ。
でも、実際に秘密が多い現状は信用されてないようで、気持ちとしては悲しいものだった。
もし、万が一、結婚したら、一緒に生きるのではないか?
それなのに、隠し事を抱えたまま、隣にいるつもりなのか。
今回の事がなければ、教えてくれる気すらなかったのか。
(今回だって、その重大な秘密を死ぬかも知れない時まで隠すくらいだし)
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もし、頼りになるような王族の姫や、真っ当な修道女だったら、リシャールは胸の内を曝け出すのだろうか。
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役立たずは、役立たずなりに出来ることをしよう、と心に決める。
マリーは顔を上げると、追いついてきてきたニコルがにやりと薄気味悪く微笑んでいるのが見えた。
ニコルはゾッとするくらい青白い顔だった。
(ニコル様……? だよね?)
ニコルはリシャールにも増して青白い。
もう生きているのが不思議なくらいの顔色で、ほんとうの死人みたいだった。
リシャールが言っていたニコルは一晩は持たないというのは本当のようだ。
ニコルは肉体も水が抜けたようにカラカラに痩せ、目も死んだ魚のように澱んでいる。
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「さぁ、早く決着をつけてしまいましょう、夜が明けてしまいます」
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ニコルはサラに微笑んだつもりのようだったが、顔面蒼白に加え、顔の輪郭が痩せ細り、かつ下心の見える下劣な表情でひどいものだった。
「わたくしは……!」
「私の言うことを聴きなさい! 貴女を助けてあげると言っているのですよ! 1人じゃ何もできない女のくせに!」
ニコルはこの時初めて声を荒げて怒鳴り、サラが動揺するように目を見開いて、涙を浮かべた。
ニコルは言った後から、はっとしたのか、また変な微笑みを張ってつけたように浮かべ、サラをなだめる様に言った。
「泣かないでください。私は怒ってませんよ。貴女は弱くて、可哀想で、可愛い人ですよ。そんなあなたが好きですよ。私が居ないとダメなところが可愛くて仕方がない。ふふ、これからは私が守ってあげますから、泣く必要はないんですよ。……私たちの部屋には、貴女の好きだと言っていた花も、お菓子も、書籍も、お茶もありますよ。これからは長い時間を二人で静かに過ごしましょう。もうちょっと待ってくださいね」
ニコルから発せられたのは、サラを侮辱する言い方の替えた、反省のない言葉だった。
言うまでもなく、サラは1人では妃殿下でありながら社交の場すら立てない。
おまけに可哀想などと一番言われたくない言葉付きだ。
サラは痛い所をつかれ、また俯いてしまった。
事実、妃殿下でありながらも引きこもりなのがサラだ。
たった独りで中庭で昼間から読書をして、友達もおらず、小説を書いて静かに過ごすのが妃殿下サラの日常。
(そりゃ昼間から怪しげな本を1人で読んでいるからって、いや1人じゃないと読めないんだけど、それだからってなんで可哀想なんて言われなきゃいけないの? ……腹立つ男だわ)
マリーは憤慨していた。
大事な友達が悪く言われているのだ。
社交の場だって、下手に上手く繕って悪口三昧の貴婦人とやらより、正直なサラの方がマリーは好きだった。
嫌みのない、素直なサラが好きだった。
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社交界はいつも無駄話して、噂ばかりで、寝取られ、不倫、ギャンブル、ドロドロな所に馴染む人間の方がどうかしている。
貴婦人どころかサラは妃殿下なのだから、もっと堂々としていればいいだけで、つけあがった周りの貴族や、テオフィルを狙っていた令嬢たちがいい様に身分を忘れて、サラが攻撃しない事をいいことに、サラの居場所を奪った結果なのだ。
異国から1人で嫁いで来た、ちょっと社交が苦手で気弱だっただけなのに、結局ニコルも社交界の奴らと何も変わらないとマリーは思う。
確かにサラはいつもマリーとテオフィルの側でしか立っていられないほど依存してはいたが、最近は彼女なりに頑張っているし、マリーはそんな風に言わないでほしかった。
(社交は無理矢理サラ様と連れてきた腹黒いテオ様1人ですればいいのよ。サラ様は博識だから、そんなくだらない場より、もっと建設的な文官寄りの仕事の方があっているの!)
マリーはここ数週間サラと過ごして思ったことだ。
サラは、優秀な人物だ。
ただ、いろいろ上手くいかなかったのは、自分に自信がなくて、今までに背中を押してくれる人がいなかっただけの事だ。
方面を変えれば、きっと活躍できる、とマリーは確信していた。
ニコルは何もわかっていないのだ。
「あなたはサラ様の事をそんな風に……んぐっ!」
マリーがニコルに文句を言おうと口を開くと後ろからリシャールにまた口を塞がれた。
「貴様は余計な事は言うな」
次にリシャールはマリーから手を離したかと思うと、サラの肩を叩き、
「あんなくだらない男に怯えるな、サラ姫。天地がひっくり返っても、世界にお前と2人だけになっても願い下げだと言ってやれ」
とニコルに聞こえるように言い放った。
「リシャール様……?」
「はっきり言わないで期待させる方が可哀想だ」
リシャールはサラとマリーの前に出て、ニコルに見向きもせずに、ニコルの横を通り過ぎ、死者の群れの中に入って行った。
「殿下……?」
マリーは止めようとしたが、リシャールは早足で死者の群れに躊躇なく入っていくし、サラを一人にもできず追うことができない。
「おや、殿下はどこに行かれるのでしょう? 絶望的な状況で頭がおかしくなったのですかね」
ニコルは血を流しながら、腐った手に捕まれながらも振り払い死者の中に入っていくリシャールを笑い飛ばした。
「……」
リシャールは何も言わず、歩き続けた。
ポタポタと血痕を残しながら、ためらわずに。
何かを探すように視線だけ彷徨わせ、何を思ったのか片隅の壁付近で立ち止まった。
「レイ・ベルナール。没150年。死因は毒殺。ふん、屈強な戦士も毒には勝てなかったのか。まぁ、大層忙しい人生のようだったな。戦う気力は……見る感じはないようだな。こんなふうに身体が溶けているくらいだ。もう生きたくないのだろう。……でも少し私の話を聞いてくれ。困っているんだ。今日はお前と違って、私はまだ戦いたいところだが、この傷だ。お前、どうだ? 横たわって、身体が腐って、不貞腐れて、嘆いて……どうしようもなく、暇なら私と契約しないか?」
リシャールは身体が半分朽ちて原型をとどめていない死体の前で独り言を言った。
その死体はニコルの古代魔法により蘇ったものの不完全すぎて途中で力尽きたのだろう。
状態が悪すぎて、若いのか老いているのか、体格すらわからない死体にふっと微笑んだ。
「悪い話じゃないだろう?」
どこかで聞いた言い方だな、とマリーは思うが思い出せない。
どうやら死体に勧誘しているらしい。
他の死人に捕まれては振り払いながらリシャールは動かない死体にめげずにまた問いかける。
「今一度、助けてくれたらあとは自由に生きていい。望む限り、私が面倒を見てやろう。私は身分がいいから金の心配はしなくていい。お前が生きていたころより、平和な時代だ。ああ、お前のもうひとつの願いも叶えてやるさ」
死体は何も言わなかったし、動きもしなかったが、リシャールはふっと笑い、死体に手を翳した。
すると、その瞬間、辺りに霜が降りる。
死体が氷の大輪の花に包まれたと思うと、花が割れ、中から氷の騎士が出てきた。
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