私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女、姫の護衛をする

彼の秘密①

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 マリーたちは回廊を走り、離宮内の異変に気づいた。
 離宮はサラ夫妻やリシャールなどの王族住居区域だ。
 普段はこの深夜帯は王族の他に側仕えの一部の侍女や使用人、護衛や見張りの門番がいる。
 彼らは王族の身の回りのサポートが仕事であるから、夜だからと言っておちおち寝ていないはずだ。
 しかし、現在、そば付きの待機していた侍女も、護衛も、鍵の管理をする役人も、時が止まったように目を開けて立ったまま寝息をたてている。

(脈拍や体温は正常なのに、なんだろう。死んでるみたいに顔色が悪いわ)

 マリーは眠る人々が心配になって、ニコルから逃げながらも何人かの生命兆候を観察した。
 皆共通して、寝ているにしては不自然だが、息はしているし、外傷も苦悩の表情もないのだが、正気が全くなく顔色も蒼白だった。
 彼らは半分死んでいる人形のように見えてゾッとするような奇妙な現象だった。

 マリーたちはニコルから逃げてきたものの、門は施錠され、鍵管理の役人は寝ているし、マリーの魔法くらいじゃ魔法よけしてある王族の住居扉ひとつ開ける事はできない。
 窓を割って、外に逃げようとしたがやはり離宮の造りは特別製でびくともせず、部屋にも入れず、マリーたちは長い回廊を彷徨っていた。
 ニコルから逃げたあとすぐにマリーは教会関係者に指輪の通信機で連絡を取り、応援を頼んだのだが、一時間ほど経った今でも応援は来ない。
 きっと外からも扉が開かないため、離宮に侵入できないのだろう。
 まさか全員眠らされる事態さえなければすぐに解決できたはずなのに、たったひとりの古代魔法でこうまで追い詰められている。
 マリーは焦っていた。
 どこか安全な部屋を見つけ、すぐにリシャールを休ませたい。

「どこの部屋なら開いているの……!」

 リシャールはしれっとしていて足取りはしっかりしているが、ニコルに打たれた腕や脇腹からぼたぼたと血を流している。
 リシャールは相変わらずの強がりを発揮し、表情には出さないが、きっとつらいはずだ。
 マリーはニコルから逃げて直ぐに、持っていたハンカチでリシャールの傷口を押さえてみたがあまり効果がなく、やはりしっかりとした布や処置ができる環境に移動するのが先決だと悟った。
 毒は塗られていないみたいだし、問題なのは出血量だ。
 すぐに治療できなくても、応急処置と、最悪回復魔法を使い止血さえできれば大事には至らないはずだ。

「確か、私らが普段食事に使う部屋は夜でも開いているはずだ」

 リシャールに言われた通り、王族の食事場らしき豪華なシャンデリアや金の燭台が並ぶそこは開いていた。
 マリーはそこの棚の引き出しにあるリネンを使い、しっかりと止血をする。
 腕の方は効果があったようだが、脇腹の傷は深く、直接圧迫しても血が止まらない。
 マリーが最終手段である回復魔法を使おうと手をかざした時、リシャールにその手を掴まれた。

「殿下……?」
「貴様らにしては、なかなかだったな」

 リシャールが言いたいのは、先程のニコルに掴みかかったサラの勇気ある行動やマリーのニコルの動きを封じた檻の術のことだろう。
 リシャールはこんな時だと言うのに血を流しながら、嬉しそうに笑った。

「私からすれば、貴様らは……怖がりな隣国産輸入高級うさぎに、狩もできないのに脱走犯の愚かな保護猫だからな。まさか主人を助けるとは。そういう恩返しの昔噺があったが、あれは嘘ではなかったのか。生きていると不思議なものだな」
「主人……?」
「……それって、白鳥の恩返し的な事言ってますの?」


 我が国の有名な昔噺に『白鳥の恩返し』というものがある。よくある、心優しき青年が罠にはまっている死にかけの動物を助けたら、動物が命を助けてくれたり、嫁になってくれるやつだ。
 こんな状況に素っ頓狂な、あまりに失礼な例え話だった。

 リシャールの言葉からすれば隣国の姫であるサラは買い取ったうさぎ程度、マリーは可哀想な野良猫ぐらいの存在を意味している。
 サラは正真正銘の姫君だし、マリーだって修道女なのにそれはひどい。
 まず、認識として人間じゃないのが問題だ。
 だいたい、恩返しって、リシャールからすればボランティア感覚でマリーの世話をしている気分なのだろうか。
 拾えば、白鳥みたいに嫁にもらえるとでも本気で思っているんだろうか?

(こんな時に何を言い出すかと思えば……私だって一応人間だし、修道女なのよ? だいたい、殿下に拾われた覚えはないわ)

 リシャールにして見れば、最近拾った『何にもできない愛玩動物のねこちゃん』が猫のくせに命を助けてくれて感動しているってことだろう。
 マリーは修道女として、王族の依頼で仕事で王都に来ているのにとんだ勘違いもここまでくればすごいものがある。

「世話が焼けて心配だったからな。驚いたなぁ。あの場でいざという時は2人を抱えて逃げようと思っていたのに。まさか私が助けられるとは……今日は奇怪な日だ」
「き、奇怪……」

 かなりデスっている。
 そんなにマリーたちに助けられたのがプライドに触ったのだろうか。
 いや、リシャールは嬉しそうだから、彼なりに素直に誉めているのかもしれない。
 サラも口を開けて、ぽかんとしていた。

「……ひどいですわ。貶しているんですの?」
「……いえ、これが通常運転です」
「信じられないですわ。テオと本当に兄弟ですの?」
「いや、まぁ、多分。似ているところもありますよ?」

 非常に嫉妬深いところとか、と言いそうになり、マリーはやめる。これ以上、話をややこしくしてはいけない。
 サラは不愉快そうに眉をひそめたが、リシャールは気にもせず続けた。

「何を言っている。テオとどう見ても兄弟だろう。そっくりじゃないか」
「まぁ、顔は似てますけど……」
「私が言いたいのは、死人見て気絶しなかっただけでも上出来なのに、まさか連携プレーが見れるなんて思わなかったと言う事だ。2人とも息もあっていたし、相性がいいのかな? 1人では不安要素もあるが、2人で居れば今後もなんとかなるかもしれないな」
「殿下、血を流しながらなにをおっしゃっているんですか?」
「……貴様ら、意外にちゃんとしていたんだな。脳味噌スカスカだから空洞に綿詰めろなんて言って悪かったな」
「「……」」

 この場に及んで、言葉はなかった。
 リシャールに言われても仕方がないフシはたくさんあるが、さすがにそれはひどい。
 脳味噌に綿。なんだそりゃ。死後処理じゃあるまいし。

 しかしながら、サラともども動物扱いは失礼だったが今はそれについて話している場合ではない。

 リシャールは口は達者だったが、額に汗が滲んでいた。
 声音はいつも通りで、意地悪な口調も変わらない。
 血だけが床に滲んでいることを除けば、ほんとうにいつもどおりなのだ。

 マリーはなんだかやるせ無い気分だった。
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