私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女、姫の護衛をする

いつもの裏切り③

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 腐敗が進み、不完全な崩れ落ちる肉体を引きずりながら死者たちが床を這って、ゆっくりとマリーたちの元に進んできている。
 部屋の中には血生臭さや腐敗臭が立ち込めていた。
 マリーは、身体の自由がきけば、目を背けたいし、そもそもこんなところからすぐ様逃げ出したい限りだった。
 これが本当の地獄絵図、というやつだろう。
 死者たちの耳に残る悲痛な呻き声が響く中、ニコルはそれを気にする様子もなく、話し始めた。

「私が、最愛なる人を亡くしたはなしです。私は義理の姉がいました」

 以前、ニコルに聞いたことのある初恋の話らしい。
 ニコルはいつかのサロン終わりの昼下がりに、マリーとサラに忘れられない人がいる、と切なげに語っていた事を思い出す。
 確か相手は幼馴染で、兄の婚約者だったために身を引いたという悲恋の話。
 ニコルは今でも容姿端麗で物腰が柔らかくモテるのに、独身を貫いているのは彼女を忘れられないからだろう。

 彼女の代わりはいないから、あの時身を引いたことを深く後悔し、サラとマリーに後悔しないように自分の気持ちに嘘はつかない方がいいと助言してくれたのを覚えている。
 あの時、サラが言ったように、マリーも身を引いたことが悪かったとは思わない。
 思いを押し通すだけが恋愛ではないし、ずっと思えるような人に出会えて、その人を思って身を引く恋愛も、素敵な恋だ。
 苦くて辛くて、時々思い出して後悔するかもしれないけれど、自分より相手を思えるほど好きになったのだから、悪いことだと思わなかった。

「以前、ローゼ様たちにはお話しした初恋のお話です。覚えていますか?」
「……はい」

 銃を片手にマリーの頭に突き付けている男だと思えないような温和な口調で言った。本当にどうかしている。

「彼女は、愚かで傲慢な兄の嫁で私の幼馴染でした。兄は私が言うのもなんですが、兄弟ながらもひどい男でね。浮気、アルコール依存、ギャンブル、麻薬。もう、どうしようもない男で、精神はもろく自分には甘いのに、伯爵家の長男という身分と、女性ウケしそうな派手な整った顔だけが取り柄の能力のない男でした。両親も兄には手を焼いていまして、妾の子である私に領地を譲ろうとしたくらいですからね。でも、最後の賭けだったんでしょう。両親は、しっかり者の幼馴染の彼女をあてがいました。彼女の実家を援助すると言う条件付きで彼女は結婚したのですよ」

 貴族間ではよくある政略結婚だった。
 家のために好きでもない人と結婚することは珍しいことではない。
 親が結婚相手を決める方が多いからだ。

 彼女の場合は不幸にも相手が悪かったのだろう。
 そんなろくでもない男との結婚生活がどんなにつらかったか容易に予想できる。

「彼女は可哀想なひとで、お金がらみ、家がらみで好きでもない男に抱かれ、裏切られ。兄に傷つけられた彼女はいつも私に縋る。『助けて。寂しい。つらい。死にたい』、なんてよく言ってました」

 ニコルは懐かしむような目をしてサラに微笑みかけた。その眼差しは奇妙なほど優しく、あたたかいから、行動と言動が不釣り合いで余計に気味悪い。

「だから、兄を殺そうかと彼女に提案したんです。殺して、家も何もかも捨てて二人で生きようってね。それなのに、彼女はそれ以来私を避けて、早々と兄と子どもまで作ったのです。最後は、『こんな人でもやっぱり好きだから支えたい』とたれ事を言って、挙句の果ては二人で頑張っていく、と言って、私から逃げるように外国に渡りました」

 ニコルは他人事のようにあはは、と笑った。

「私に助けてと言ったのに、なんで避けるんでしょうね。裏切るんでしょうね?」

 マリーはもしかしたら彼女はニコルが怖くなったのかもしれないと思った。気軽に幼馴染に相談しているつもりだったが、ニコルは聞き上手で、彼女はちょっとずるいけど、弱音が吐きたいだけだったのかもしれない。でないと、彼女の「やっぱりこんな人でも好き」なんて言葉は出てこないはずだ。
 彼女はそのどうしようもない男が好きだったんだ。
 でないと、ニコルとともに全てを捨てて生きたはずだから。どんなにつらくても、弱音を吐いても、逃げなかったのだから。
 程度は違えど、恋愛相談の部類が恋愛に発展したのだろう。今回のサラみたいに。

「彼女は弱い人でした。弱くて愛とか恋とか信じている人。可愛い人ですよ。兄と外国に行った彼女は数年後に亡き人になりました。長年の心労だったとか。私のそばにいればよかったのにね。苦労なんてさせずに大事にしてあげたのにねぇ」

 ニコルは残念そうな顔をしてリシャールを見て、言った。

 まるでお前みたいな身勝手な男は誰も幸せにできないと言うように、自分の兄と重ねているかのように。
 リシャールは無表情で黙っていた。
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