私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女、姫の護衛をする

姫の寝室にて

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 サラとテオフィルが仮面夫婦だと告白されて、マリーは思わず黙ってしまった。

「……」

 マリーはどう答えればいいのか、返答に困った。
 本当はすぐにサラを安心させるため、そんなことはない、貴女は愛されている、というべきなんだろう。
 サラは目を伏せていた。長い睫毛が影を落とす。

 彼女は冗談で言っているわけではないと思う。

 確かにサラたちは、新婚にも関わらず、別々の部屋で暮らしているので、夫婦関係は上手くいっていない気はする。
 だからといって、情熱的なハッピーエンドの後に仮面夫婦、は展開的におかしい。
 仮面夫婦とは『政略結婚で仕方なく結婚した』ならわかるが、今回はそうじゃない。
 長年の婚約期間に愛を温めたというもの、のはずだ。

「テオはわたくしの事を妹のように思っております」
「そんなことないと思いますよ……?」
「いいえ。そうです。愛が深いのはわかります。彼は情に厚いところがありますし、わたくしが哀れで、娶ってくれたんでしょう」
「いや、違うと思いますけど、だって……」

 城の警備を潜り抜け、お忍びで訪問した時に、物語のように情熱的に結ばれて、結婚に至ったのだから。
 サラの自国からすれば、国際問題になりかねない行いを、あの外交を重んじるテオフィルがしたのだ。
 サラの話が全く見えない。

「……だって、抱きませんもの」
「はい?」

 今、なんて言ったのだろう。
 サラは全然酔っていないような整った顔で平然と言った。すごく落ち着いた声だった。

「テオと私は義務的に一緒に食事をするだけの夫婦です。一応夫婦、ということで、彼も思うことがあるのでしょう。毎日、寝る前にちょっとだけ現れて、行事のような、礼儀のようなキスを額にして、部屋に戻るんです。『おやすみ。ゆっくり休んでね、僕は仕事するけど』って、にこっと爽やかに笑って。毎日ですよ。代わり映えなく、毎日。子供かよ、って思いません?」
「えーっと……」
「成人男子たるもの、おかしいでしょう? 結婚したら抱き放題なんですよ?」
「だ、だきほ……とにかくテオ様は仕事が忙しいだけでは……?」

 確かにテオフィルはリシャールに負けないくらい、いやそれ以上多忙なのだ。
 執務は多岐に渡り、公務で、外国にいくことも多い。
 庶民のように、新婚に浮かれるほど暇ではない。
 ほんとうに、仕事が忙しくて、疲れているのかもしれないし。
 マリーは男性ではないから、どんな時にしたくなるのか、皆目検討もつかないが、疲れているより、体力がある元気な時のほうがいいのでは? と思う。

「いえ。そんなの理由になりません。彼らは忙しいとか疲れているとか、全く関係のない、動物なのです。むしろ、ちょっとくらい、弱っていた方がしたくなるくらいですよ」
「あ、知りませんでした。なんか複雑なんですね?……勉強不足ですいません」
「いえ。為になってよかったです。ローゼ様。結婚すれば、性癖も、度を越した変態行為も愛のうちなのですよ。多少無理矢理でも問題ないですし、避妊なんて煩わしい手間もいりません。いつでもできます。それが結婚の魅力なのです」

(結婚ってそんなに恐ろしい儀式だったの?!)

 マリーは動揺する。
 マリーはそういうことはムードが大切だと思ってたし、思いやりや節操もある、と信じていた。

 というと、もし仮にマリーがリシャールと結婚したとして、いくら無理矢理されても、変なことされても、諦めろって事?
 王族はそれが普通なのかもしれない。
 なんとしても世継ぎを産まなくてはいけないから、それも妃の仕事なのだろう。癒やして、全てを受け入れる覚悟があるのだ。
 多少、庶民からすれば無理難題を押し付けられてでも部屋に通ってもらえれば良いみたいな感じだろうか。
 マリーは幸先不安になった。
 やはり、感覚が違う。

「何故か私には魅力的に聞こえませんでしたが……」
「彼らにとっては、それがとっても魅力的なはずなのです。新婚なら当然。それなのに……かなりご無沙汰です、いや皆無です」
「えっ……」

 サラの表情に思い詰めたような翳りが見えた。
 皆無なんて、ただ事ではない。王族なのに。

「……それでもしないのは、わたくしに魅力がないからです。同情して結婚したからです。間違いありません」

 こんなに魅力的なサラが?
 マリーはサラの発言が信じられない。
 確かにサラは妖艶というより、正統派な美人だが、宝石妖精と呼ばれるほど、見目麗しい。
 マリーが今まで出会った女性の中では群を抜いて美しいのだ。

 それにテオフィルは同情して、結婚するようなタイプでもないし、見かけは人が良さそうで人の話を聞ける謙虚な人柄と言われているが、本質はどちらかというと欲求に忠実な遠慮のない男なのだ。
 立ち回りが上手く、甘え上手で、悪気ない、要領がいい。自分をどうやってよく見せるかわかっている人物だ。すごく計算高いところもある。

 昨年、サラの自国から彼女の妹がローズライン王国公爵家に嫁いだ。 
 あと何名か、交友の元で政略結婚がなされるらしい。サラの自国は一夫多妻で、姫が20人もいるのだ。 
 別に政略結婚ということに関しては、サラでなくてもよかったらしい。

 テオフィルが愛もなく、社交の苦手な、かつ政略結婚も、もはやあまり意味のない彼女と結婚するだろうか。

「でも、お二人は結ばれて結婚なさったと……」

 王城内の噂で聞いたのだけれど。
 かの有名な既成事実の後に、早々と結婚式を挙げたのは事実だ。
 ほんとうは、早くとも薔薇が綺麗な秋まで待てばよかったのに、とリシャールが溢していたくらいだ。

「あれはですね、盛ったのですよ」
「は?」
「たんまり、と、あり得ない量です」

 盛った、とはなんだ。
 マリーは静止していた。
 サラはまた感情のない瞳でマリーを見た。

「媚薬です。あの日、テオは、強力なものを持参してました。……きっとわたくし相手に欲情できる自信がなかったのでしょう。媚薬は小瓶ではなく、瓶でした。ワインみたいな瓶です。すごい量でしたから、まさか媚薬なんて思いませんよね? そろそろ寝ようかな、と思っていたら、婚約破棄寸前の婚約者がぼろぼろな格好で馬を走らせて単身でやってきて、『こんな時間にごめんね。久しぶりに会いたくなったんだ。少し話があるから、いいかな。いいものがあるから一緒に飲もう? 今日は、きみと飲みたい気分なんだ』と爽やかに誘われて、わたくしも何も知らずにワインだと思い大量に飲まされて、彼も残りの半分飲んでから、……事に及んだのですよ。じゃないと、あんな惨事にはなりません」
「あ……」

(テオ様、それは、アウトなやつだわ)

 好きな子に薬を大量に盛り、押し倒す。
 爽やかな王子のすべきことではない、絶対ない。

(は、犯罪以外の何者でもないわ)

「シーツも酷いことになりましたし、いろいろ腫れましたし、痛くて痛くて……」

 それだけ飲めば、お互い、もう訳の分からない状態だったのだろう。
 マリー的にはもうすこしロマンチックな展開を期待していたのに、夢が壊されたというか……。

「結婚したら、皆無なんて……テオはアレが機能しない病気ですの?」
「いや、それは」
「でも薬のめば、かなり有能だったので、違いますわね。飲まなくても1回くらいできるでしょう? 23で盛りですよ」

 盛りの猫みたいな言い方だなぁ、と思う。
 そういえば、サラとテオフィルとマリーは同い年だった。
 生きてきた年数は同じでも、マリーの経験のない世界に言葉がでない。
 どう話していいか分からない。
 ただ、好きな人に相手にされない惨めさはわかる気がする。

 サラはかなり酔っているのだ。
 落ち着くまで、サラの気がすむまで話を聞くだけだ。
 どんな種類の悩みであれ、話したい時はある。
 解決策の助言はできないけれど。

「余程夜を共にしたくないくらいわたくしに嫌悪感を抱いているしかしら? だから、寝室も別、たまに顔を見るぐらいで、形式的に食事をして、式典に参加して、まぁ……これはもうお飾り妃ですね」

 サラはぐいっと、今度はウィスキーを飲み干す。
 炭酸をかき混ぜて、レモンも絞る。
 ドボドボと酒を混ぜて飲む。

「それでも仕方ないと思うようにしてきたんです。わたくしにはもったいない方で。……彼とは思い出もたくさんあります。彼はいつもわたくしの王子だったのです」

 テオフィルはサラをいつも助けてくれた、と語っていた。孤独や、世間や、彼女を取り巻く全てから。

「結婚してからは……どことなく他人行儀でした。やっちまったと思ったんでしょう、ね。……わたくしはどこを間違えたのでしょう? こんなことなら、わたくしは、わたくしは……」

 ついにサラは平然とした顔が崩れ、泣きだした。

「サラ様」

 マリーは泣きじゃくるサラの背中をさすった。
 他人事には思えない。

「ローゼ様、いえ、マリー様。わたくしを修道院に連れていってください……!」

 再度、マリーは思いっきり抱きつかれた。
 そのまま、長いソファに押し倒される。
 サラのピンクブロンドの髪がマリーの頬にかかる。

「もう、この際、わたくしをめちゃくちゃにして!」

(いやいや、むりでしょ!)

 サラがマリーのガウンに手をかけるが、マリーが脱がされまいと必死に胸元を押さえた。
 マリーは、ある意味、男に押し倒されるより困惑した。
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