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修道女、姫の護衛をする
姫の部屋に招待されてしまった②
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サラは軽い足取りで、マリーを部屋の中に案内した。
護衛のいる広い居間、作り付けのキッチン、クローゼット、個別のバスルーム、最後に寝室を案内し、頑丈な鍵を閉めた。
サラの寝室も一人で使用するには広く、豪華だった。
リネン1つでも繊細な刺繍がされていたし、硝子細工のシャンデリアはキラキラ輝いていたし、絨毯も居間と同じ鮮やかな薔薇模様で、手の込んだお姫様の部屋だった。
寝台は天蓋がついており、ふたりでも余裕で眠れる広さがある。
ドレッサーには所狭しとおしゃれなボトルに入った高級そうな化粧品が並び、部屋には専用の書庫まである。
サラはマリーに「お酒は嗜みますか?」と聞き、マリーが「それなりに飲めます」と伝えると、棚から高価そうなボトルを取り出し、曇りひとつないグラスに注いだ。
「お気持ちは嬉しいのですが、任務中なので……」
マリーは遠慮がちに断るが、度数が低めであるとサラは説明し、
「ぜひ、ローゼ様に味わってほしくて、取り寄せましたの。わたくしの自国のワインですの。甘くて、飲みやすいですし、どうぞ。遠慮なく。わたくしも、これで3本目なのです」
サイドテーブルには空になったボトルが置かれていた。
(酔っていたの? え、でもまだ夜ってわけじゃないよね?)
マリーが訪ねたころにはもう3本飲んでいたらしい。
いつから飲んでいたのかわからないが、妙に上機嫌なのも説明がつく。
サラはいつもどこか遠慮がちな人物だったのに、その面影はない。
にこにこ笑う彼女はすでに出来上がっていた。
酔っていたから様子がおかしかったらしい。
マリーは半ば無理矢理ワインを勧められ、しょうがなく、1口だけ飲む。
「おいしい、です」
甘い、ジュースの様なワインだった。
「ジュースみたいについつい飲みすぎてしまうのです。私の夜のお供です」
「とっても、おいしいのですが、別の機会に……すいません、仕事ですので」
「そうですか……残念です」
サラはかたくなに酒を飲まないマリーにぶどうジュースを用意してくれた。
サラは躊躇なく、どんどんワインを飲み続ける。
話によると酒は強い方で、よくテオフィルをつぶすまで飲むらしいことを陽気に話してくれた。
酒が入るといつものおどおどした感じがなく、明るい。
もう一つの執筆作業用と思われるデスクの上は、チーズやおつまみらしいソーセージ、執筆中の原稿が散乱していた。
もしかしたら、このように早い時間から酒を飲みながら執筆し、一人で過ごす事が多いのかもしれない。
酒に酔った勢いで書いたのが、あの如何わしい小説だったのかもしれない。
マリーは仕事上、サラに修道女である身分を明かした。ちゃんと今回の書状と身分証も見せ、今までの経緯も簡単に説明して。
たぶん、テオフィルもサラにマリーが派遣された修道女である事を伝えていたようで、サラはあまり驚かなかった。
「手紙の件ですね。お世話になります」
手紙の件について、テオフィルからサラに彼女を怖がらせないよう伝えたらしい。
サラの話によると、結婚前もサラはその美しい容姿で姫でもあるため、狙われたことがあったらしい。
そんな時はいつもテオフィルが助けてくれたのだと、サラは嬉しそうに語っていた。
「修道女さんでしたの。でも、なぜリシャール様とご婚約を? あれ、おかしいですわね。そこのところ詳しく聞きたいです」
マリーは、かいつまんで、出会いから語った。
古い教会で身分も知らずに出会った事。
刺客だと間違われて、王子相手にやらかした事。
何故か戸籍を操作されてほんとうに結婚しそうな事。
リシャールに任務をすべて邪魔される事、など。
サラは話の途中で愛しげに、くすくすと笑った。
マリーは、当初リシャールに『絵のモデル目当て』で近づいたため、彼が『氷華殿下』であることは関係なかったと、知らぬ間に話していた。
そして、理由は上手く説明できないけど、たぶん、王子じゃなくても、リシャールを好きになっていたと思う、と。
(むしろ、王子じゃなければ、よかったな)
好きだと自覚しようが、運命は変わらない。
身分差は埋められないし、それを越える能力もない。
ため息混じりにマリーは言った。
「どうせ、私は修道院に帰りますし。今は、人生のほんの一瞬、瞬きするような短い時間なんです。……いつか終わるんです」
終わるというか、マリーは自分で、終わらせなければならないのだ。
「でも、いい経験になりましたから、後悔はありません」
いつのまにかサラは神妙な顔でマリーを見つめていた。
「すいません、自分のことばかり話して……」
「いいえ。いいお話を聞きました。私で良ければなんでも話してください。溜め込むのはよくありません」
「サラ様……」
「ちなみにリシャール様に変な性癖とかないのですの?」
「……えっ?」
さすがサラ。重要なのはそこらしい。
十中八九、ネタにされているのだろう。
まぁ、いいのだけど、今更。
リシャールの名誉のため言いたくないが。
「足とか指を舐めます」
「まあっ、なんと!」
「とっても美味しいらしいです、私」
「え、そうなんですのぉ! 美味しいんですね」
「ええ。どこ食べても美味しいに違いないと申しておりました……ははっ」
つい、口が滑った。つい。
マリーは『殿下、バラしてやっぞ!』なんて思ってはない。たぶん。
ここは、少しの酒で酔ったと言うことにしておこう。
「痕つけまくるくらい束縛強いです。残念ながら、私を人間だと思ってません。ペットを世話している気分でいると思います」
「リシャール様は、ああ見えて、お口は不遜なのに奉仕好きなのですね! いいこと聞きました」
サラは今日一番ハツラツと明るかった。
護衛のいる広い居間、作り付けのキッチン、クローゼット、個別のバスルーム、最後に寝室を案内し、頑丈な鍵を閉めた。
サラの寝室も一人で使用するには広く、豪華だった。
リネン1つでも繊細な刺繍がされていたし、硝子細工のシャンデリアはキラキラ輝いていたし、絨毯も居間と同じ鮮やかな薔薇模様で、手の込んだお姫様の部屋だった。
寝台は天蓋がついており、ふたりでも余裕で眠れる広さがある。
ドレッサーには所狭しとおしゃれなボトルに入った高級そうな化粧品が並び、部屋には専用の書庫まである。
サラはマリーに「お酒は嗜みますか?」と聞き、マリーが「それなりに飲めます」と伝えると、棚から高価そうなボトルを取り出し、曇りひとつないグラスに注いだ。
「お気持ちは嬉しいのですが、任務中なので……」
マリーは遠慮がちに断るが、度数が低めであるとサラは説明し、
「ぜひ、ローゼ様に味わってほしくて、取り寄せましたの。わたくしの自国のワインですの。甘くて、飲みやすいですし、どうぞ。遠慮なく。わたくしも、これで3本目なのです」
サイドテーブルには空になったボトルが置かれていた。
(酔っていたの? え、でもまだ夜ってわけじゃないよね?)
マリーが訪ねたころにはもう3本飲んでいたらしい。
いつから飲んでいたのかわからないが、妙に上機嫌なのも説明がつく。
サラはいつもどこか遠慮がちな人物だったのに、その面影はない。
にこにこ笑う彼女はすでに出来上がっていた。
酔っていたから様子がおかしかったらしい。
マリーは半ば無理矢理ワインを勧められ、しょうがなく、1口だけ飲む。
「おいしい、です」
甘い、ジュースの様なワインだった。
「ジュースみたいについつい飲みすぎてしまうのです。私の夜のお供です」
「とっても、おいしいのですが、別の機会に……すいません、仕事ですので」
「そうですか……残念です」
サラはかたくなに酒を飲まないマリーにぶどうジュースを用意してくれた。
サラは躊躇なく、どんどんワインを飲み続ける。
話によると酒は強い方で、よくテオフィルをつぶすまで飲むらしいことを陽気に話してくれた。
酒が入るといつものおどおどした感じがなく、明るい。
もう一つの執筆作業用と思われるデスクの上は、チーズやおつまみらしいソーセージ、執筆中の原稿が散乱していた。
もしかしたら、このように早い時間から酒を飲みながら執筆し、一人で過ごす事が多いのかもしれない。
酒に酔った勢いで書いたのが、あの如何わしい小説だったのかもしれない。
マリーは仕事上、サラに修道女である身分を明かした。ちゃんと今回の書状と身分証も見せ、今までの経緯も簡単に説明して。
たぶん、テオフィルもサラにマリーが派遣された修道女である事を伝えていたようで、サラはあまり驚かなかった。
「手紙の件ですね。お世話になります」
手紙の件について、テオフィルからサラに彼女を怖がらせないよう伝えたらしい。
サラの話によると、結婚前もサラはその美しい容姿で姫でもあるため、狙われたことがあったらしい。
そんな時はいつもテオフィルが助けてくれたのだと、サラは嬉しそうに語っていた。
「修道女さんでしたの。でも、なぜリシャール様とご婚約を? あれ、おかしいですわね。そこのところ詳しく聞きたいです」
マリーは、かいつまんで、出会いから語った。
古い教会で身分も知らずに出会った事。
刺客だと間違われて、王子相手にやらかした事。
何故か戸籍を操作されてほんとうに結婚しそうな事。
リシャールに任務をすべて邪魔される事、など。
サラは話の途中で愛しげに、くすくすと笑った。
マリーは、当初リシャールに『絵のモデル目当て』で近づいたため、彼が『氷華殿下』であることは関係なかったと、知らぬ間に話していた。
そして、理由は上手く説明できないけど、たぶん、王子じゃなくても、リシャールを好きになっていたと思う、と。
(むしろ、王子じゃなければ、よかったな)
好きだと自覚しようが、運命は変わらない。
身分差は埋められないし、それを越える能力もない。
ため息混じりにマリーは言った。
「どうせ、私は修道院に帰りますし。今は、人生のほんの一瞬、瞬きするような短い時間なんです。……いつか終わるんです」
終わるというか、マリーは自分で、終わらせなければならないのだ。
「でも、いい経験になりましたから、後悔はありません」
いつのまにかサラは神妙な顔でマリーを見つめていた。
「すいません、自分のことばかり話して……」
「いいえ。いいお話を聞きました。私で良ければなんでも話してください。溜め込むのはよくありません」
「サラ様……」
「ちなみにリシャール様に変な性癖とかないのですの?」
「……えっ?」
さすがサラ。重要なのはそこらしい。
十中八九、ネタにされているのだろう。
まぁ、いいのだけど、今更。
リシャールの名誉のため言いたくないが。
「足とか指を舐めます」
「まあっ、なんと!」
「とっても美味しいらしいです、私」
「え、そうなんですのぉ! 美味しいんですね」
「ええ。どこ食べても美味しいに違いないと申しておりました……ははっ」
つい、口が滑った。つい。
マリーは『殿下、バラしてやっぞ!』なんて思ってはない。たぶん。
ここは、少しの酒で酔ったと言うことにしておこう。
「痕つけまくるくらい束縛強いです。残念ながら、私を人間だと思ってません。ペットを世話している気分でいると思います」
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