私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女、平民街で暮らす

私の婚約者は②

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 風が強く吹いて近くにあった花屋のワゴンが傾いた。
 がしゃんと花を入れてあった大き目の花瓶が倒れ、地面に落ちた花の花弁が風に飛ばされる。
 その方角を見ると、やはり先ほどの子供たち程度の女の子が倒れた花瓶と花を直していた。

「大丈夫? 怪我はない?」

 マリーはほぼ反射的に女の子に声を掛け、手伝った。
 彼女は一人で花を売っているようで親の姿は見当たらない。
 エプロンをして土汚れのある服を着た少女はどこか物憂げな青い瞳が印象的で、透き通るような混じりけのない綺麗な金髪だった。

 世の中には確かに貧富の差があり、働かねばならない子どもと、安心して無邪気に遊んでいられる子どもがいるのだ。マリーはあえて少女に何も言わなかった。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 市場にはこんなにも人が居るのに、マリー以外は誰も見て見ぬふりだ。気にすら留めていない。
 運よく花瓶は割れていない様だった。
 ワゴンに隙間なく花が敷き詰められていた。今日はあまり売れていない様だった。どの花もよく手入れのされているのに。
 マリーは財布をカバンから取り出し、微笑んだ。

「綺麗なお花ね。今日はたくさんお花を買おうと思っていたの。だからお花、買ってもいい?」
「うん! ありがとう! 何本欲しい?」
「たくさんほしいの」
「誰にあげる?」

 あげる人は特にいない。ただ、花が買いたくなったのだ。無性に。
 家に飾って、絵でも描くだけだけど。

「あげたい人って、好きな人よね?」

 マリーはきらきら瞳を輝かせる少女の夢を壊したくなかった。むしろこの少女を題材にして描きたいくらいの、無垢であどけない美しさが彼女にはあった。
 真っ直ぐな汚れのない、麗しさを生まれた時から持ち合わせているような、不思議な少女だった。

「え、ええ。そうなの」
「彼はどんな人? 恋人?」
「いや、その」

 頭に描いたのはもちろんあの人だけど、なんといえばいいのだろう。妙に恥ずかしい。

「あ、旦那さんだね! 新婚さんってやつ?」

 婚約者と言えば婚約者なので「そんな感じかな」と言葉を濁した。

「……困ったところもあるけど優しい、人」というと、少女は黄色い薔薇をベースに白と青の小ぶりな薔薇と紫陽花を使って花束を作ってくれた。

「ありがとう」

 お金を払って、マリーは家に帰って花を生けた。

 花は純粋に綺麗だった。
 青はリシャールの瞳、黄色は淡い金髪、白は透き通る肌を思わせた。

 なぜか親近感のある少女だった。
 どこかで会ったことがある気がする。

(聖女様……?)

 確かに声のトーンが似ていた。
 でも、マリーが彼女にあったのはもう14年前だ。
 いつもフードを深く被った長い金髪の美少女。
 生きているなら、年はもう25歳を越えているはずだ。
 聖女様は、マリーの実家の領地に巡回に来ていた教会関係者だ。マリーの実家が家事になった際に、重症火傷の弟の命を救った人物だ。
 彼女に憧れて修道女になったのだが、未だに彼女に会えないでいた。
 当時の関係者に訪ねても、誰も誤魔化したり、知らぬ顔、もしくは忘れなさいというのだ。
 ユートゥルナ様に関してはそんなひとは知らないとまで言う。

 マリーはずっと名前も知らない聖女を慕っている。

 聖女に似た少女の事を思うと、まだ自分にも修道女として出来る事が有るんじゃないかと思った。
 子どもたちが働かずに、学校に行ける機会があったら。家業を気にせず、遊べる時間があったら。

 こんな自分でも、必要とされているなら、一度きりの人生を後悔しないように良いと思える道を行きたい。

(私にもできることがあるはず)

 マリーは今一度自分を奮え立たせた。



 ただ、その日、マリーは少女のワゴンに積まれた花瓶が地面に落ちても割れていなかったことに気づかなかった。
 それがどういう意味か気づかなかったのだ。
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