私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女、平民街で暮らす

修道女と殿下②

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「何か、考え事か?」

 やけに部屋に響く、掠れた低い声だった。
 この情事ですら、キスすらしない人のささやかな独占的行為中に、余計な事を言いまくった挙句、またしても要らぬことを考えていると思っているのか、不服そうに眉根を寄せてマリーをのぞき込んできた。

「いえ、ただ。先日、仕事で殿下の弟の、テオ様に会ったのですが」
「テオ、様?」
「テオ様は確かに殿下と似ていたんですが、兄弟なのにやっぱり違うなって思って」

 人の経歴を年表にする趣味は似ているかもしれないが、本質がまるで違う。優しそうで、思いのままに行動するテオフィル。身勝手そうでどこか優しいリシャール。どっちがいいとかではないけど。そんな気がする。

「やっぱり、私が描きたいのは殿下だけですね。あ、美人は別腹ですよ」

 マリーはそもそもあまり男性が好きではなく、風景として人々を描く事があっても、単体に男性を描く事はあまりなかった。
 しかし、女性は違う。柔和な微笑みも、身体の優美な曲線も、ふとしたしぐさも美しい。神聖だ。
 女神のモデルになる女性は美しいし、みんな違った良さがあるので、描きたい気持ちは常にある。でも、男性でありながらも、こんなにも描きたくて、いつまでも見つめていたいのはリシャールだけだった。

「殿下? 固まってどうしたんです?」

 リシャールに半ば襲われながらも、不思議な事をいうと自分でも思う。リシャールは少し首をかしげていた。

「貴様、テオは名前で呼ぶくせに、私を描きたいとは……意味が全く分からない」
「だって……殿下は殿下でしょう?」
「テオだって、テオフィル殿下で、あいつの嫁のサラ姫もサラ妃殿下じゃないか。みんな殿下に変わりない」
「そうですね。言われてみれば。私としてはこだわりがないと言いますか、特に意味はないですけど」

 リシャールだって『貴様』と呼ぶのが常だ。たまに『ローゼ』というこのマリーの偽名を呼ぶくらい。
 リシャールとっては、マリーは修道女でない『ローゼ』。
 マリーとってリシャールは、いつも『殿下』である、王子様だ。
 リシャールは、マリーの偽名である『ローゼ』という人物を愛しているのだから、彼にとってマリーは最後まで『ローゼ』だ。
 いつか必ずくる別れの時まで。魔法が解けるまで、それでいい。
 甘い時間もやがて、綺麗で鮮やかな思い出になるのだから、今はただ、身を任せて、水面を漂う魚のように静かな時を過ごしていたい。
 マリーはそう思う様になっていた。
 相手の呼び方とか二人の将来とか、細かいことは、現実を共に過ごす相手と話せばいい。

「呼び方ってそんなに大事でしょうか?」
「……」
「殿下は出会ったころから殿下で、私はローゼという令嬢だから、このような場合は今まで通り――」
「もう、いい。黙れ」

 そう言ってまた首元に歯を立てた。
 その日はいつもより、その時間が長かった気がするのは気のせいだろうか。


********



 闇夜に鼻歌を歌う人がいた。鼻歌なのに、ひどく甘い声だ。
 僕はらしくなく、上機嫌で、誰もいない街外れを歩く。
 先ほど飲んだワインで酔ってしまったのかもしれない。
 ワインがつい、彼女の生まれた年に作られたものだったから、嬉しくなって、彼女に口付けるような気分になって、飲みすぎた。
 連れの男は、いささか怪訝そうに彼を見ていた。
 今日の会食はもうお開きで、だいたいの面子との交流がもてたし、今回の仕事も、いつものように成功させるつもりだ。
 素晴らしい作品が揃うだろう、今年も。

「なんでそんなに嬉しそうなんだ。気味悪い」

 そう言いつつも友人は僕を馬車に乗せて、『また明日』とだけ言って去っていった。



 僕は馬車に揺られながら、思う。
 誰もいない部屋で、君の大好きな絵画を沢山飾って飽きるまで語りたい。もちろん、会えない間に積み重ねた、僕のささやかな功績も添えながらね。そして、君の深い色をした瞳を見つめたい。綺麗な爪の形の、長い指に、僕のペンダコが出来た指を絡めて、細い腰に手を回して。
 朝まで彼女の細い体を抱きしめて、夜が明けるまで愛を伝えたい。
 そんなことを考えているうちに、家に着いたようだった。
 馴染みの使用人が玄関で出迎えて愛想らしく微笑んでいた。

「とてもいい事があったようですね」
「うん。とても、いい気分だ」

 クスクス笑う僕は一瞬、自分でも笑えるぐらい、これ程ないくらい妖しく、笑った。
 使用人に、つい、『遠い昔に諦めていた彼女に、また会えるかもしれないから』と言いそうになりつつも、胸の内に言葉をとどめて、自室に入った。
 しかし、やはり我慢できなくなり、熱に浮かれる様に舞い上がり、一人で朝までスッテップを踏んだ。

「ふん、ふーんふー、ふふっ♪」

 狂気的に。
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