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修道女、平民街で暮らす
修道女と殿下①
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リシャールは定期的にマリーの首を噛む。
がぶっと、かじるように、歯並びのいい歯を立てるのだ。
(ん……痛い)
マリーは噛みつかれる瞬間に彼の息がかかると、身体がぞわりと不思議な気持ちになり、顔に熱が昇る。
やはり、簡単に慣れる事はない。
他の人がどうやって、甘い痕を残すのかは知らないが、甘噛みの延長に肌に吸い付き、彼女の白い肌に赤い花を残していくのだ。
リシャールは、いつもマリーなんて気にも留めないように、そっけなくひたすら公務をこなしているのだけれど。
彼は時期を正確に見定めて、そう、ちょうど前につけられた痕が治りかけている頃合いを見て、予告もなく、いきなり傍までやってきて、首元まであるドレスを肌だけさせて、キスを落とすのだ。
こうなったら、止まらない。
唇はまともに触れたことがないのに、おかしな話だ。
マリーも初めは抵抗したが、力でも魔法でも敵うわけでもなく、『貴様は信用に値しない。悪い虫がついてないか確認しているだけだ。ひどくされたくなかったら、動くな』と言いくるまれて、執務室に通うようになって、半ばこの行為が日常になっているのが怖い。
マリーにも非がある。仮にも婚約者である彼に対し、内緒で娼館に潜入捜査したこともあった。きわどいドレスを着て、客引きの真似事をしたこともあった。
自分は他の女性に比べて地味だし、色気もないし、と高を括っていたせいもあった。だって彼女の今までの人生は異性と関わる事があっても、それは友情や知り合い、仕事仲間程度で、恋とか愛とか無縁だったから。でも今は反省している。ものすごく。
(世の中にはいろんな趣味の人がいるんだなぁ。こんな私でも、求めて来る人がいる。初めはこんな綺麗な王子様に……まさか自分なんかが、気にいられているなんて思わなかったけど)
執務室のソファーの上でリシャールはマリーと向き合うような形で彼女を抱きかかえ、首元に顔をうずめていた。
付けた痕にちゅっ、とキスしてから、肩までドレスを下ろし、3つ目の痕をつけ始める。
今はただ、大変迂闊に行動していた過去の自分を諫めたい気持ちでいっぱいだった。
(昼間から、何やってんだろう)
そう。時刻はまだ14時。
窓辺から入って来た日差しが、リシャールの淡い金髪を輝かせている。
いつもは紅茶を嗜んで、くだらない事を話している時間だ。
生憎、今日は誰も執務室を訪ねてこない。こういう日は必ず、誰も来ないのだ。
「……私って、おいしいですか?」
飽きもせずに、耽るリシャールに聞いてみた。特に考えもなく、なんとなく。
リシャールはすこし経ったあと顔を上げて、そっけない声で答えた。
「とても」
短い会話。
馬鹿な会話だ。いつもに増してくだらない。
「そんなに?」
全然美味しいと言っているようには聞こえないけど?
リシャールの澄ました綺麗な顔は崩れていないし、とても落ち着いた表情なのだ。こんなことをしている顔じゃない。
まるで紅茶を啜っている時ぐらい、何ともない顔で身体にキスするところが彼らしい気もする。
「そうだな、どれくらいと言われれば……全身にかぶりつきたいくらい」
でもリシャールの何気なくいう言葉は、物騒だ。
それも彼らしい。いつも通り、言っていることと、やってることと、表情がどこか噛み合わない。
そのどこかに上手く本心を隠しているのだろう。
「痛いのは嫌です」
「手加減している」
「あ、そうですか。ありがとう、ございます……?」
また、沈黙してしまう。
まぁ、べらべら話す場面ではないので、当たり前なのだけど。
マリーはとても落ち着かない。そわそわする。
向き合う形で、座ったまま彼に抱き抱えられているので、必然的にリシャールの肩や首に手を回し、姿勢を支えるしかない。この密着感が慣れない。そして特に意味もなく、口は動く。
「……その、さっき、ちょっと走って、汗をかいたから……私って、やっぱり塩味でしょうか?」
「塩味……まぁ、確かにそう言われてみると」
やっぱり少ししょっぱいらしい。別に自分の塩気を確認したいわけではないけど。
「殿下。……もし、仮にですよ。私の汗で塩を作ったら食べます?」
「……馬鹿か、貴様」
リシャールが夢中にマリーの肌に口付けるから、『もしかして私って彼の好みの味かも?』と思って聞いてみたのが効果があったらしい。
その時だけやけにリシャール呆れた声で、しかも顔を気まずそうに上げたので、『勝った!』とマリーは思った。やっとその澄ました顔から表情を引き出せた、と。勝負していたわけでもないけど。
ちなみに、マリーは、リシャールに抱きしめられるのは嫌いじゃないし、彼と居るのも心地よい。
彼の顔は相変わらず整っていて冷たそうだけど、造形は先日会ったテオフィルにどことなく似ていた。
(性格は全然違ったけど)
テオフィルはなんだかんだで兄想いだった。
兄であるリシャールが今回の事件に関与が疑われており、とても心配していた。兄のために、修道院に依頼するくらいに。
実際、リシャールはひどい嫌われようだ。王族の悪は、すべて彼の仕業だと思い込んでいる民衆もいる。
(ほんとうに……綺麗)
マリーは顔をうずめる彼の淡い髪に触れ、指で梳いた。さらさらで金の糸の様な綺麗な髪だった。
怖い人だと知りながらも、時々愛おしくてたまらず触れてしまう自分が居た。
がぶっと、かじるように、歯並びのいい歯を立てるのだ。
(ん……痛い)
マリーは噛みつかれる瞬間に彼の息がかかると、身体がぞわりと不思議な気持ちになり、顔に熱が昇る。
やはり、簡単に慣れる事はない。
他の人がどうやって、甘い痕を残すのかは知らないが、甘噛みの延長に肌に吸い付き、彼女の白い肌に赤い花を残していくのだ。
リシャールは、いつもマリーなんて気にも留めないように、そっけなくひたすら公務をこなしているのだけれど。
彼は時期を正確に見定めて、そう、ちょうど前につけられた痕が治りかけている頃合いを見て、予告もなく、いきなり傍までやってきて、首元まであるドレスを肌だけさせて、キスを落とすのだ。
こうなったら、止まらない。
唇はまともに触れたことがないのに、おかしな話だ。
マリーも初めは抵抗したが、力でも魔法でも敵うわけでもなく、『貴様は信用に値しない。悪い虫がついてないか確認しているだけだ。ひどくされたくなかったら、動くな』と言いくるまれて、執務室に通うようになって、半ばこの行為が日常になっているのが怖い。
マリーにも非がある。仮にも婚約者である彼に対し、内緒で娼館に潜入捜査したこともあった。きわどいドレスを着て、客引きの真似事をしたこともあった。
自分は他の女性に比べて地味だし、色気もないし、と高を括っていたせいもあった。だって彼女の今までの人生は異性と関わる事があっても、それは友情や知り合い、仕事仲間程度で、恋とか愛とか無縁だったから。でも今は反省している。ものすごく。
(世の中にはいろんな趣味の人がいるんだなぁ。こんな私でも、求めて来る人がいる。初めはこんな綺麗な王子様に……まさか自分なんかが、気にいられているなんて思わなかったけど)
執務室のソファーの上でリシャールはマリーと向き合うような形で彼女を抱きかかえ、首元に顔をうずめていた。
付けた痕にちゅっ、とキスしてから、肩までドレスを下ろし、3つ目の痕をつけ始める。
今はただ、大変迂闊に行動していた過去の自分を諫めたい気持ちでいっぱいだった。
(昼間から、何やってんだろう)
そう。時刻はまだ14時。
窓辺から入って来た日差しが、リシャールの淡い金髪を輝かせている。
いつもは紅茶を嗜んで、くだらない事を話している時間だ。
生憎、今日は誰も執務室を訪ねてこない。こういう日は必ず、誰も来ないのだ。
「……私って、おいしいですか?」
飽きもせずに、耽るリシャールに聞いてみた。特に考えもなく、なんとなく。
リシャールはすこし経ったあと顔を上げて、そっけない声で答えた。
「とても」
短い会話。
馬鹿な会話だ。いつもに増してくだらない。
「そんなに?」
全然美味しいと言っているようには聞こえないけど?
リシャールの澄ました綺麗な顔は崩れていないし、とても落ち着いた表情なのだ。こんなことをしている顔じゃない。
まるで紅茶を啜っている時ぐらい、何ともない顔で身体にキスするところが彼らしい気もする。
「そうだな、どれくらいと言われれば……全身にかぶりつきたいくらい」
でもリシャールの何気なくいう言葉は、物騒だ。
それも彼らしい。いつも通り、言っていることと、やってることと、表情がどこか噛み合わない。
そのどこかに上手く本心を隠しているのだろう。
「痛いのは嫌です」
「手加減している」
「あ、そうですか。ありがとう、ございます……?」
また、沈黙してしまう。
まぁ、べらべら話す場面ではないので、当たり前なのだけど。
マリーはとても落ち着かない。そわそわする。
向き合う形で、座ったまま彼に抱き抱えられているので、必然的にリシャールの肩や首に手を回し、姿勢を支えるしかない。この密着感が慣れない。そして特に意味もなく、口は動く。
「……その、さっき、ちょっと走って、汗をかいたから……私って、やっぱり塩味でしょうか?」
「塩味……まぁ、確かにそう言われてみると」
やっぱり少ししょっぱいらしい。別に自分の塩気を確認したいわけではないけど。
「殿下。……もし、仮にですよ。私の汗で塩を作ったら食べます?」
「……馬鹿か、貴様」
リシャールが夢中にマリーの肌に口付けるから、『もしかして私って彼の好みの味かも?』と思って聞いてみたのが効果があったらしい。
その時だけやけにリシャール呆れた声で、しかも顔を気まずそうに上げたので、『勝った!』とマリーは思った。やっとその澄ました顔から表情を引き出せた、と。勝負していたわけでもないけど。
ちなみに、マリーは、リシャールに抱きしめられるのは嫌いじゃないし、彼と居るのも心地よい。
彼の顔は相変わらず整っていて冷たそうだけど、造形は先日会ったテオフィルにどことなく似ていた。
(性格は全然違ったけど)
テオフィルはなんだかんだで兄想いだった。
兄であるリシャールが今回の事件に関与が疑われており、とても心配していた。兄のために、修道院に依頼するくらいに。
実際、リシャールはひどい嫌われようだ。王族の悪は、すべて彼の仕業だと思い込んでいる民衆もいる。
(ほんとうに……綺麗)
マリーは顔をうずめる彼の淡い髪に触れ、指で梳いた。さらさらで金の糸の様な綺麗な髪だった。
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