私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女、平民街で暮らす

金髪碧眼王子様の依頼は断れない②

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「本物ならダイヤモンドより硬いし、ジャンの槍でも砕けない。氷魔法は特別だからね。これは僕たち王家の品物じゃないけど、素人が見たら本物だって思うからタチが悪い」 

 詳しく氷魔法を知らなければ、間違いなく、王家が事件に加担しているように見える。
 続いて、注射器が入っていたケースをジャンに渡した。ジャンはさっきのように槍でケースを突くが今度は割れなかった。ケースは本物の氷魔法で出来た品らしい。

「しかも、うちには人肉食べると言われている兄さんがいる。絶対犯人だと言われるのがオチだ」

 マリーは、なるほど、と思ってしまう。
 殿下ごめんなさい。
 テオフィルは抑揚のない声で続けた。

「今月で10件。さすがに報道を止めてきたけど、限度がある。しかも被害者は民間人」

 冷酷極悪非道殿下は疑われるに決まっている。
 つまり、彼の兄であるリシャール。マリーの婚約者ほど犯人像にふさわしい人物はいないのだ。

「もう結婚式ネタないしなぁ」

 テオフィルは頭を抱えて机に伏せる。
 するとジャンが腕を組みながら隣で、うんうんうなずいて言った。


「テオ。この際、君の既成事実婚ネタの赤裸々な詳細を出す? 初恋を拗らせて……みたいな純情のすえの行為ではなく、かなりハードな夜だった真実を世間に明かすっていうのはどうかな? 紳士なイメージは崩れるけど、もう結婚したし、意外性があって、いいんじゃない?」
「うーん。自分の事を書かれるのはちょっとなぁ」
「でも、テオ。もう来月解決しなかったら、君のネタしかないよ。もう潔くリシャール君みたいに身売りしなよ。王族だろ」

 王族ってなんなんだ、とマリーは思う。

「兄さんほど開き直るのは至難の業だよ。でも、仕方ないよね、仕方ないよね。僕は王族だし。僕の番が回って来ただけだし。でも流石に真実そのままは困るかな。あの時、僕はどうかしてたんだよ。うん。あれ、……そういや、ジャンも爛れた女性遍歴と婚活について記事、出すんだろ? 確か来週だったっけ」
「そうだよ。来週火曜の朝刊さ。僕はね、もう諦めたんだよ。もう、包み隠さず娼館通いを国民に話すことにしたんだ。リシャールくんのためさ。プライドなんて捨てたら、人生楽だよ、テオ」

 開き直るジャンは頼もしかった。いつになく男らしく見える。
 彼らは公務としてプライベートを切り売りしていた。
 地位のある人はいろいろ大変なんだな、と他人事に思うマリーも、婚約時にあることない事話題にされた口ではあったが。

「まぁ、でも、いつまでもつかね。そろそろ、僕を推している貴族連中も黙ってないだろう。……兄さんは相変わらず犯人に仕立て上げられそうでも、『どうでもいい』ってこの前言ってたよ。はぁ。……こんなことで裁判沙汰になって、今までの戦争を犯罪と言われれば処刑もあるかもしれないし。現に同盟を組む条件に兄さんの首を欲しがる国がいるくらい、脅威だからね」

 テオフィルもジャンもやるせない顔だ。
 フレッドはため息をついている。
 マリーの昇進試験の案件に、リシャールの命運がかかっていたのだ。
 本人は悉くマリーの任務の邪魔をするけど。
 一体、リシャールは何がしたいのかわからない。

「兄さんは別に処刑になってもいいと思っているのかもしれないけど、僕はそんなことはさせないよ」

 マリーは夕焼けに怪しく輝くピアスを思い出す。
 いつだって、リシャールは死ぬ準備ができているのだ。

「僕は玉座に一番近い男と言われている。貴族連中が騒ぎ立ているよ。馬鹿らしいだろう? 兄さんの氷魔法が異常なのも、魔女に産ませた子だとか、呪われているとか、人間じゃないとか。みんな散々言っているよ。戦争には行かせるくせにさ。今まで僕がしてきた政策は、小さい頃から2人で夢見た国の形だ。兄さんがいたから成し得たんだ。僕の名前を使っただけで、功績はあの人のものも多い。……兄さんを葬った後の玉座なんて僕はいらないのにね」
「……テオ様」

 テオフィルは机の上で悔し気に手をきつく握っていた。悔しさと悲しさと、リシャールを解ってくれない世間に対する苛立ちだった。
 それはマリーにも痛いほどわかった。
 普段、リシャールと一緒にいるマリーには、彼がいつも濡れ衣ばかり着せられて、つらい。それなのに、リシャールは有りもしない罪も、戦を通して背負った罪もすべて被って、当然のように自分がした、というのだろう。
 彼はそういう人だった。
 今ならなんとなくわかる。

(殿下はテオ様が好きで、守りたかったのね)

 不器用で、残酷な優しさだってことが。

「兄さんはあんな風にしているけどいつもそんな役回りばかり勝手にするんだよ。困るよねぇ。一人で戦に行っちゃうし、僕はいつも留守番。気づいたときには全て終わらせて、褒められた功績は僕がしたように小細工するんだ。王様になりたいっていいながら、何やっているんだろうね。兄さんは本当に王様なんてなりたいのかな、ローゼちゃんはどう思う?」
「……わかりません」

 本当の気持ちは分からない。
 引きこもりがちなのに、王様になって外交をこなす姿も似合わないし。

「ただ、言えるのは兄さんより確実な血統はいないよ。誰がなんと言おうと、勝手に死んじゃいけない人なんだ」

 辺りが静まり返り暫く沈黙が続いた。
 しばらくして、テオフィルが口を開いた。

「ごめんね。いろいろ話して」
「私なんかに話して頂いて、こちらこそ、ありがとうございます」

 テオフィルは初対面なのにマリーを信用してくれた。
 マリーは一修道女でしかないのに対等に扱ってくれただけでも十分だった。

「いいんだ。僕は君のことは信用している」
「恐れ多いです、私なんて」
「全部調べたから大丈夫だよ」

 そういってテオフィルは懐から黒革の手帳を取り出しマリーに見せてくれた。

(こ、これは……)

 そこには年表形式で、マリーの本名、経歴から生まれた土地、先祖、学校の成績、人物と傾向。生活態度。うんぬんかんぬん。
 乱れない美しい文字で綴られていたのだ。
 ある意味、今回の犯人の抽象的な手紙より丁寧な内容だ。犯人より几帳面?
 うん?


「僕も、用心深いんだ。君の事なら結構知っている。趣味とか好みの食べ物、行動パターン。身長とか、ね。ごめん、気持ち悪いよね」
「いえ……」

 マリーは返す言葉がなかった。
 さすが、兄弟というべきか。
 犯人が可愛く見える。なぜだろう。どうしてだろう。あんなに気持ち悪かったのに。がたがたがた。小刻みに震える身体。

(やっぱ怖い。王子様怖い……!)

 ある意味、金髪碧眼王子様はトラウマになりそうだ。こんな人の依頼は断れるはずもない。
 やるしかない、だ。
 裏切るものなら、兄弟で地獄の果てまで爽やかに追ってきそうな勢いを感じる今日この頃であった。
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