私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女、平民街で暮らす

王子様は修道女を見逃がすつもりはない②

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 その瞬間、またしてもテオフィルはマリーの手をとり、力を込めてぎゅっと握りしめたのだ。

「結婚してくれるんだよね? ありがとう」

 なんで疑問形なんだ。
 それにマリーは修道女。任務で王都に来たのだ。
 王子様と結婚するわけない。どっかの令嬢やサラみたいなお姫様じゃない、神の持ち物修道女なのだ。

「いや、その。それは――」

 丁重にお断りしたいのだけれども。でも。

「あの人も悪い人じゃないんだけど、あの通り人見知りにかつ人相も悪くて、変にお節介で皮肉めいているから。しかも破格のはた迷惑なプライドに、大層偉そうだし……割と正直者で悪気は無いんだけどね、勘違いされやすい人種ってやつかなぁ。年々人間離れした魔法に磨きがかかっているし、世間体も悪いし。さらに変に真面目で仕事馬鹿で、女っ気無いし、清すぎる25歳で心から心配していたんだよ」
「あ、あのですね」

 ひどい言われようだ。さすが弟。的確にリシャールについて述べており、全く容赦ない。
 マリーは何故か『殿下、頑張って!』とエールを送りたくなる。兄の威厳のために。失った信頼のために。
 だか、これはこれ、話は違う。
 心から喜んでいるテオフィルには悪いが、心を鬼にして正直に言わなくてはいけない。
 『あなたの困ったお兄さん結婚できません。ごめんなさい』って。
 じゃないと、このまま勘違いしたまま、結婚詐欺みたいな事態に陥り、詐欺罪で捕まる。
 相手は一国の王子様だ。正直に話せねばと思うのだけれども。

「兄さんはあんな風でも権力と身分、容姿は良かったから、人柄はともかく密かに人気はあったんだ。でも、縁談をすべて跳ね除けてさ」
「ええっと、あ、あの」
「挙句の果てに、結婚しなくても養子迎えて王様になりたいと言った時には僕も困ってさ。せめて、結婚しようよって。人生長いし、パートナーは必要だし、筋としては結婚してから、王位について僕と話し合いだろう?」
「……あのですね」

 テオフィルは全然マリーの話を聞いてくれなかった。マリーはこれ以上王族に対する罪を重ねない様、正直に言おうとは思ったのだが、テオフィルがなかなか言うタイミングをくれない。

(駄目よ、マリー。はっきり言わなきゃ。なんか期待? させて悪かったけど、ここははっきり言わないと後々大変になるわ)

 マリーが決意するとテオフィルは一段とぎゅっと彼女の手を握りしめた。また屈託なく笑うのだ。

「結婚、してくれるよね? ありがとう!」
「いや、私は」

 だからなんでありがとうと言いつつ、疑問形なのだ。疑問形なのに礼を言うんだ。
 さらに彼は心底嬉しそうに話す。

「姉さんって呼んでもいいかな? 義理だけど僕のこと、本当の弟と思ってくれたら嬉しい。君のために力になれることはしていきたいと思っているし、遠慮しないで」

 テオフィルのキラキラ希望に輝く瞳で見つめられると心にクる。すごくクる。
 なんか悪いことをしているの様な謎の罪悪感。
 こっちは無理矢理結婚されそうになっているのだから、マリーに非はないはずなのに。

「君と僕は同志だよね? サラと兄さんを見守る同士。二人は僕より能力的にはすぐれている面、ちょっとサポートも必要なんだ。物心ついてから早15年。長かった。やっと肩の荷が少しでも降りると言うか」

 ひとり感慨に浸るテオフィル。
 不良物件押し付けられている気がするのはなぜか。しかも2件も。

「サラともども見捨てないでね、それは僕も見捨てるということになるんだ。お願いね?」
「うっ……!」

 積年の悩みの種から仲間を得たテオフィルの手を振り払い、マリーは修道院に帰るなど到底言えなかった。
 あの暴走気味のサラとリシャールを手懐けるのは至難の業なのだ。二人は社交界やパーティーすら出ない。人付き合いが苦手。王族にとって違った意味で問題児だ。
 ある意味正直で、愛想とか上手く立ち回るのが苦手だ。しかも輪をかけて個性的。

 ちゃんとした常識的な王族はテオフィルだけな気がする。
 リシャールは最早単独で働く武官のようでさえある。
 そんな2人も国の要人。言って聞かない、聞けない彼らの重要なお守り役に任命されてしまったような心境だ。死ぬまでの期限付きで。
 事実、2人ともマリーが参加するなら社交界パーティーでもどこでもついてきそうな具合に懐かれていた。
 そんな都合いい存在をテオフィルは逃すわけがない。

「同士が現れてよかったな、テオ。おめでとう」

 笑いをこらえたジャンがわざとらしく涙をハンカチで拭く。笑い泣きか。誤魔化しても無駄だ、口元が歪んでいる。

「ありがとう、ジャン。ありがとう、ローゼちゃん」

 テオフィルも少しだけ涙ぐむ。どれほど彼が苦労を重ねていたのかは想像できなくもないが……何かの演説の感動シーンみたいになっている。ジャンがわざとらしく拍手を送り、テオフィルがそれに答えていた。
 マリーが途方も暮れている中、珍しくフレッドがジャンの笑いに参加する事無く、落ち着いた声で言った。

「テオ、ジャン、やめてあげて。君の気持ちもわかるけど、マリーは修道女なんだよ。帰る場所がある」

 一瞬で辺りが静まり返る。
 そう。それがずっと言いたかったのだ。
 フレッドが見かねて代わりに述べてくれてマリーは少し安心する。

「婚約したんじゃないのかな?」

 テオフィルは納得いかなそうな顔で、マリーとフレッドを交互に見た。
 フレッドはやるせない様にぐしゃぐしゃっと銀髪をかいたあと、深いため息をつく。

「手続きは殿下が半ば勝手に。でも婚約や結婚は戸籍云々じゃ無いでしょ。まぁ、どっちに転がってもおれはやばいけどね
「あ、執事くん、リシャールの執事兼、修道士だったね。上司ふたりに挟まれつらい境遇」

 ジャンがフレッドの状況を説明するように言った。
 そういえばフレッドは修道士でありながら、修道士になる前から王都でリシャールの元で働いている。
 だから、今回の潜入捜査において王都のコネでフレッドが長年の友人であるマリーを推薦してくれたのだった。
 そのマリーがリシャールと結婚して修道院に帰らなかった場合、監督不届き、推薦した立場であるフレッドはユートルナ様に合わす顔がない。
 かといって、修道院に帰るとなると、リシャールが彼をただでは済まさないだろう。
 どっちに転んでもつらい境遇なのだ。

「もう、最近仕事やめたいくらいだよ」

 なんだかあの前向きなフレッドがすごく辛そうだった。いつもマリアのお尻を追いかけて綺麗な足に踏まれて喜んで舐めている前向きなフレッドの姿はそこにはない。よほど深刻な状況なんだろう。
 せっかく推薦してくれたのに、なんか悪い。

「君の状況はわかるけどさ、フレッドは兄さんに結婚して欲しくないの? 君だって兄さんにいい人が居たら、って昔から言っていたじゃないか」 
「マリーはどうかしているレベルでお人好しだし信用できるし、結婚したらいいな、とも思うよ。正直なところは。今日の昼間だって、執務室でマリーと殿下がバカップルみたいにいちゃついてるの見たんだよね。あんな殿下見たことなくて涙が出たよ。あ、感動の涙ね。……抱き上げて、離すとか離さないとかどうしょうもない会話してんの。なんなんだよ、君たち。何したいんだよ、昼間から。キスするわけでも情事に発展するわけでもなく十代半ばみたいな初々しさに心打たれたぐらいだよ」

 マリーは何も言えなかった。
 昼間の痴態をフレッドに見られたらしい。死ぬほど恥ずかしい、というか、見ていたなら助けて欲しかった。初々しいってなんだ。私ら、もう遠い昔に成人しているぞ。いろんな意味で恥ずかしい。
 すかさず、ジャンも神妙に話に乗るように続けた。

「うんうん。分かるよ。執事君。僕も神官だし中立な立場なんだけど、身分関係なく、リシャール君には幸せになって欲しいと思うよ。僕も初めはマリーが興味本位で軽い気持ちならあいつに関わるの止めたほうがいいと思ったけど。なんだかんだでお似合いな気がする。リシャール君に次があるかは分からないし、別にマリーも相手いないなら、いいんじゃない?」
「相手はいませんけど、私は仕事で王都に……」
「マリーも頭硬いな。最近はやりの自由恋愛ってやつだよ」

 自由恋愛。確かに巷で騒がれている身分差の結婚の症例はいくつかあるらしいが、どれも平民と下級貴族だったりする。

「マリーはほんとのところ、どうなの?」
「私は……」

 マリーは黙るとテオフィルが事実確認のためジャンの顔を心配そうに見た。

「形だけの婚約なのかい、ジャン」
「マリーがどう思っているか知らないけど、リシャール君は、マリーに頬ずりしたり、体中に痕付けまくるくらい惚れているのは確かだよ」
「あ、そう。じゃあいいじゃないか」

 テオフィルはにっこり笑った。全然よくない、マリーの気持ちは無視だ。この人は何としてもリシャールに結婚して欲しいらしい。
 強引な所はやはり血のつながりを感じる。
 さすがお忍びに部屋に忍び込み有無言わさずサラを襲っただけある。やはり既成事実男、強引さはすごい。

「リシャール君はともかく、ユートゥルナ様はフレッド責めたりしないでしょ。監督責任ってあるの?」

 ジャンが何気なく聞いていた。フレッドの立場上の事の深刻さを確認しているのだろうか。

「さぁ、どうだろうね。でも、今おれの処遇について悩んでも仕方ない事ではあるし、まぁ追い追い今後について考えるよ。マリーが本当に逃げたいようなら手を貸すつもりでいたんだけど」

 そういえば令嬢になってから、リシャールと恋人ごっとを勧めてきたのはフレッドだった。リシャールに何故か気にいられた彼女が無事に修道院に帰れる様に、程よくリシャールの相手をしながら任務を解決し、颯爽と消えるプラン。今はもはやプラン云々より、本気で逃げられない所まで来てしまっている。
 極めつけはリシャールはいつでも戸籍操作可能で、さらにマリーの知らぬ間に勝手に両親に挨拶終え、テオフィルも懇願しに来た。
 仮に修道院に帰っても、立たずな修道女一人いなくなったところで困りはしないだろう、とすら思えていたのはマリーだけじゃない。
 マリーは重要な官位もなかったし、下っ端だった。
 でも、1つ引っかかるのはユートルナが『絶対帰ってきて』と言っていたのだ。『伝えたいこと』と、『私用』があると。

「そろそろ本題を話そうか? みなさん」

 フレッドは半ば諦めた様に促すと、表情を引き締めたテオフィルは懐から取り出した手紙を机の上においた。

「何ですか」

 綺麗な花の模様が印刷された封筒だった。
 宛先はサラだ。
 誰かがサラに宛てた可愛い封筒なのに周りは深刻な雰囲気が流れる。

「ラブレターさ。困るほど、熱烈すぎるやつだよ」

 テオフィルが忌々し気に呟いた言葉が部屋に響いた。
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