私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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修道女、平民街で暮らす

貴女も私も大差ない②

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 マリーは泣き崩れるサラを呆然と眺めた。

(いくらなんでも、これは……。いくら記者に対していろいろ書かれている殿下でも、これはアウトじゃない……?)

 マリーは手渡された本のページをめくり、少し読んでみる。
 美しい文章、表現は教養を感じて、描写は素晴らしい臨場感がある作品だった。
 ただ、文学的には才能を感じるのだが、内容が残念だ。

 マリーが一番初めに思ったのは、サラに対する偏見ではなく、サラの身の安全だった。

 リシャールは冷酷非道、悪魔、化け物、趣味はゾンビ作成、好きなものは人の肉……等と散々新聞に悪者扱いをされている、もはや名悪役だ。
 しかし、散々ある事ない事書かれようが、名誉棄損で弾圧や処罰することはない。
 甘いと言うか、一人で文句は言っているが、基本取り締まらない。
 幼馴染のジャンに対しても、ほぼ毎日挨拶代わりに剣で斬りつけられても謀反で処罰しないし、結構甘いのだ。

 でもしかし。これは。

(あんまりじゃないの、これは)

 まず、内容が破廉恥すぎるに尽きる。
 下半身事情がびっしり丁寧に描かれている。
 大きさとか、どこがイイとか、どんなふうにひとりでしているとか。
 全部サラの妄想なのだが、彼女の文章はあたかも本人の事実と思えるくらい説得力があるのだ。困ったことに。

 リシャールは娼館やふしだらな男女交際は基本毛嫌いしている。
 魅惑的な見かけとは反して、清い生活を送り過ぎて女嫌いと言われていたくらいだ。
 それなのに、自分が題材のこんな立派なえろ本、しかも癖の強い内容の本が出版されていたら?
 5ヶ国語で、世界に広まっていたら?

 もうサラの命の保証はできない。

(もし、何かあったときは……わたしがサラ様を修道院に匿うしかないわ)

 マリーは決意する。
 こんなくだらない事で命を落とすなんて見るに堪えない。

 とりあえず、今はだーだー絶え間なく流れる彼女の涙を止めなくてはいけない。
 泣きたいのはリシャールだと思うが。

「サラ様。人には秘密があるものです」

 マリーはもっともらしく、優しく諭す。

「私も、実は趣味が絵で、それに乗じて最近は挿絵の仕事もしています。サラ様ほど売れていませんが官能の方も少し」
「え……」
「小説で成功されたのは、才能があったからだと思います。内容はまぁさておき……描写、設定、文章構成。それら技術は素晴らしいじゃないですか。何も恥じることではありません」

 サラは驚いた顔をした後、少し俯いて首を振った。
 自身なさげに表情が曇っている。

「でも、わたくし、妃としてはダメなのです。全然ダメ、屑です。……今日だって、サロンにも出席できませんでした。何の役にも持たたないのです」

 誰のとは言わないがきっとテオフィルの事であろう。
 サラは本の内容はともかく、語学は堪能で、王女であり、妃教育も受けている。
 マリーには何故彼女がそこまで自信がないのか分からない。
 挙動不審ではあるが、場数をこなせばなんとかなるかもしれないし、社交界が苦手ならば別の方法でテオフィルを支えることだってできるのではないだろうか。
 それとも気が弱い性格が災いし、社交界の気の強い令嬢たちの言葉で自信喪失しているのかもしれない。
 テオフィルと結婚したがっていたものはたくさんいたから。
 マリーはサラに向き合い、微笑みを浮かべる。
 サラの事がとても人事とは思えない。
 修道院で役立たずと思っていた自分と重なって見えたから。

「サラ様。人には向き不向きがあります。殿下たちだって、それぞれ得意な事をされているでしょう?」

 テオフィルは人付き合いが上手く、それを活かして外交、領地の視察、社交界で活躍している。
 その反面、リシャールは軍、教育、経済を担当している。
 リシャール自身、人づきあいが苦手でどちらかというと執務室に引きこもりがちだが、国の為に役割分担をして貢献している。
 彼の存在自身が氷華殿下として他国にも牽制になっている。
 二人は仲が悪いと噂があるが、しっかり互いの仕事役割分担してこなしているのだと思うと不思議だ。

「サラ様は聡明な方です。役に立たない事なんてないです」
「彼もそういってくれるのですが自身が無くて……」
「……私も、なかなか、得意であって欲しい事が得意ではないのです」
「ローゼ様?」

 マリーは修道女としては何の役にも立たない自覚はある。
 もしかしたら、大道芸人やメイドとか、今思えば伯爵令嬢の方がましだったかもしれない。
 鈍臭い令嬢でも王族でなければ、領地管理の手伝いくらいできるだろう。
 相手がこんな自分でもいいと言ってくれるのなら。 
 色気もなく、地味で、プライドもなく話を合わせる自分なんかで良ければの話。

 修道女として、命を張って国や神に身を捧げるほどの能力はない。
 事実、今回の任務もこなせるか怪しい。
 自信なんてない。
 でも、するしかない。それだけだ。
 今度はマリーが俯きがちになるので、はっとしたサラがマリーの手を取り、握りしめた。

「ローゼ様は社交性があって、素晴らしい方です。わたくしにもお優しくて。だから、そんな風におっしゃらないで」
「ありがとう、ございます。サラ様」

 どことなく、自分と似た所をサラに感じる。

 しばらくの沈黙の後、二人は何故か笑った。
 お互い頑張ろう的な、そんな無言の会話だった。

「本、ありがとうございます。サラ様」

 マリーは、リシャールに絶対見つからないように読もうと思った。
 サラはちょっと暴走気味で、ちょっと変わっているが悪い人ではなさそうだ。 
 サラがもじもじとマリーを見つめた。

「またこんなわたくしとお話してくれますか?」
「はい、もちろん」

 マリーは、なんだかサラといい友達になれそうな気がした。


 マリーは、サラと部屋を出て、司書にお礼を言う。
 司書はにっこり笑った。
 そろそろ帰って寝て、夜に備えなければならない。
 夜は娼館に潜入しなければならないのだ。

 出口に向かって歩くと、見慣れた淡い金髪を靡かせ、豪華な連なるピアスを揺らした男が颯爽と歩いてきた。
 相変わらず、整い過ぎた顔は無表情だ。

(殿下)

 いつもは公務の時間なのに、なぜこんなところにいるのだろう。

(私、殿下の部屋から逃げたし。どういう風に話せばいいんだろう。こういう時は、ごめんなさい? いや、でもあれは監禁だし、怒るべきなんだろうけど)

 マリーがどう声をかけるか迷う中、サラが震える声音で呼び止めた。

「リシャール様、あの」
「……」

 リシャールはサラに声をかけられ、立ち止まる。
 何の感情も灯してない目で彼女を見下ろしている。
 まるで、道端の石でも見ているような、気に留めていない顔だ。

「えっと」

 動揺しながら懸命に声をかけようとするサラ。

「えっと、その、あの、わたくし」

 サラが緊張してなかなか会話ができない。
 でも懸命に苦手なリシャールに話しかけているようだった。
 なかなか話さないので、リシャールは眉を寄せてにらむ、というかいらついているように見える。

(なんかわからないけど、がんばれ、サラ様)

「えっと……こ、こんにちは」
「こんにちは」

 リシャールはそれだけ答えて、過ぎ去ろうとする。

(それだけ? 義理の妹でしょ? もうちょっと、愛想とかないの)

「殿下」

 マリーは思わずリシャールを呼び止めてしまった。
 マリーの声を聞いて、彼は振り返るが、やはり澄ました顔で何の表情もない。
 怒りも、呆れもない。
 サラにはイラついていたが、マリーに対しては興味がなさそうに見るだけだった。

「なんだ、貴様。こんなところで何している?」
「せっかくサラ様が話そうとしているのになんですか、その態度は」
「話しただろう」
「もう少し優しく出来ないのですか。愛想といいますか、そういうのは大切だと思います」

 自分に対するそっけない態度も気になったが、今はサラに対する態度についてだ。
 だいたい、女性をにらむなんて持ってもほかだ。
 せっかく可愛い義理の妹が声をかけてくれたのに。

「……」

 リシャールは怯えるサラを一瞥したのみで立ち去った。
 マリーに対しては、お前には興味がないという感じに言い返すこともなく。

 ああ、そうだ。
 私は彼から何度も逃げたのだから。
 教会で会ってた頃も、昨日も、仲が進展しそうになるといつも逃げた。

 だから、今度こそ、愛想を尽かされたのかもしれない。
 これからのことを向き合いもせず逃げるのは失礼な行為だから。
 今度こそ、リシャールは目が覚めて、修道女と恋愛なんてやめようと思ったのだろう。

 声なんてかけないで、立ち去ればよかったのだろう。
 でも、マリーは彼のサラにする態度はどうしても許せなかったのだ。

 無能と自分も以前言われた事を思い出すから。

「ローゼ様」
「気にしないでください。すこし喧嘩しているんです」

 サラが、リシャールが行った方向を見つめるマリーを心配したように見つめてくる。


「わたしこそ、不釣り合いですよね」

 サラに聞こえないくらい小さな声で呟いた。
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